第13話―新しき登録者


 夕方の麗しき女神亭には険吞な空気が漂っていた。


「はあ……釘様素敵でした……私、いつもみたいに、男性と一緒だと緊張して全然喋れなかったんですけど、釘様は、ゆっくりと話しかけて、私が言葉に出来るまで我慢強く待っててくれて……」


 地味子と呼ばれている女の子がうっとりとしたため息とともに、彼女の友人たちに感想を漏らす。彼女たちの間で「いいなー」とか「羨ましいー!」といった感嘆がこぼれた。


「……ちょっと、あんた地味子のくせに生意気よ」


「え?」


「どうして私たちがまだ釘様に会えないのにあんたが会ってんのよ」


「え……それは……私の書き込みに……」


「そんな事聞いてんじゃないわよ! どうして私と変わらなかったのかって言ってんの!」


 ヒステリックに叫ぶ女性と、さらに地味子を囲んで睨んでくる彼女の取り巻きたち。


「え……その、そんな事は出来ない……です」


 地味子は震えながらも反論した。いつも流されてしまう彼女に取っては決死の覚悟であった。


「何よ……地味子のくせに生意気じゃないの……」


 ヒステリックなケバい女性が地味子の胸ぐらを掴んだ。


「そこまでだよ」


 場にそぐわぬ可愛らしい声で割って入ったのは、麗しき女神亭の女将ヘルディナだった。


「それ以上騒ぎを起こすなら、出禁にするよ?」


「う……」


 ケバい方の女がしぶしぶと手を離す。地味子は地面に座り込むとけほけほと咳をした。


「はぁまったく……ほら水だよ、金は……あっちの女につけておくさ」


 ケバ女がそれを聞いて一瞬地味子を睨んだが、ヘルディナが睨み返すと、そそくさと自分たちのテーブルへと戻っていった。


「これは……本当にまずいね」


 ヘルディナは地味子を立ち上がらせながら呟いた。


 ■


 ヘルディナはしばらく悩んだ後、掲示板の窓口前に立つと、ミナーナにこう言った。


「ミナーナ、私も掲示板に登録させてもらうよ。悪いけど、大至急だ」


 あまりにも唐突なことに。ミナーナは目を丸くして驚いた。


「え? ヘルディナさんがかウニャ?」


「そうだよ、文句があるかい?」


 ヘルディナは腕を組んでミナーナを見下ろした。ミナーナは眉をしかめる。


「ウニャ……登録してよいかわからないウニャ。本部に連絡するから一時間くらい待ってて欲しいウニャ」


「わかったよ。変なところで融通が利かないよね」


「わからないことを自己判断するとメチャクチャ怒られるウニャ」


「サイゾーらしいねぇ」


「ヘルディナさんが関係者になるのかちょっとわからないウニャ」


「ああ、関係者は使えないんだっけ。サイゾーはその辺徹底してるよねぇ」


「そうウニャ。仕事は大変ウニャが、頑張ると給金上げてくれるウニャ」


「相変わらず人を使うのが上手い子だこと……」


 それから一時間と少し仕事に没頭していると、ミナーナがヘルディナを呼んだ。


「返事は来たかい?」


「それが……会長が近くに来てるウニャ。話がしたいって言ってるウニャ」


「ああ、構わないよ」


 ヘルディナは従業員に仕事を任せると店の裏に出た。


 そこには、汗を流して立つサイゾーの姿があった。


「なんだい、大した距離じゃないのにそんな大汗かいて、運動不足なんじゃないのかい」


「この世界の奴らが体力がありすぎるんだよ」


「そんなもんかい?」


 サイゾーは肩をすくめるだけで壁に寄りかかった。


「なんでもヘルディナさんがうちの掲示板に登録したいって話じゃないか、急なことだったんでちょっと話を聞きたくてな」


「別に? ちょっと私もお相手を見てたくなってね」


「ふうん?」


 サイゾーは目を細めてヘルディナを見た。ヘルディナから見てサイゾーの胸の内はわからない。


 サイゾーは無言でところから一枚の書類を取り出した。


「念のため作っておいた関係者用の特別な書類だ。これに記載して提出してくれ。利用規約は窓口の人間に聞いてくれ。一応アンタにはお世話になってるから、融通は聞かせるつもりだ。年齢や住所なんかは変えなくても大丈夫か?」


「ごまかすこと何もないから相丈夫さ。みんなと同じように平等に扱っておくれ」


「わかった」


 サイゾーは書類の角に万年筆で、みんなと同じように取り扱う事、と記載した。


「相変わらずマメなことで」


「それが俺の唯一の武器だからな」


「ま、体力はもう少しつけたほうがいいと思うよ」


「それを言われると弱いぜ。書き方でわからないことがあったらそれも窓口の人間に聞いてくれ。それじゃ良い出会いを」


 サイゾーはそれだけ言うと、片手を上げてその場を去っていった。


 サイゾーは角を曲がって、ヘルディナから見えなくなったところで、小さく呟いた。


「さて……彼女は普通に使うつもりか、それとも……」


 彼は早足でアホウドリ亭に戻っていった。

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