第6話―釘様


 レイナ・ミャウ・セガワ19歳は、出会い掲示板ファインド・ラブの受付嬢である。担当は女性専用酒場の「麗しき女神亭」だ。


 ニックネーム「青いどら猫」のミナーナとは同じミャウ種族の事もあり仲が良い。


「聞いて欲しいにゃ!」


 お昼過ぎ、名物のランチタイムが終わったあたりで、どら猫ことミナーナが鼻息も荒く酒場に入ってきて、真っ先にレイナの所へやって来た。


「相談ウニャ?」


「違うにゃ、雑談にゃ!」


「仕事中なんですウニャ……」


「客の話を聞くのも仕事にゃ!」


 ミナーナはそう言って、レイナをずりずりと窓口から引っぺがす。それを見ていた別のファインド・ラブ従業員が苦笑しながら窓口に向かった。


「なんですかウニャ」


「聞いて欲しいにゃ! 昨日会った『尖った釘』さん最高だったにゃ!」


「それは良かったウニャね」


「そうにゃ! 話はウィットに富んで紳士でイケメンだったにゃ! 身体目当ての馬鹿どもとも全然違ったにゃ!」


「それは良かったウニャね」


「しかもにゃ! 実は貴族だったにゃ! 食事とか最高だったにゃ! 楽しかったにゃ! また遊んでくれるって約束したにゃ!」


「それは良かったウニャね」


 先ほどからレイナはまったく同じ返事しかしていないのだが、ミナーナにはどうでも良いらしい。


「はあー……次の休みが楽しみにゃ……」


「今日は良いんですウニャ?」


「このあと仕事にゃ……」


「冒険者の仕事ですウニャ?」


「そうにゃ。部屋の掃除にゃ」


「……E級は大変ですウニャ……頑張ってくださいウニャ」


「そうするにゃ!」


 大声で飛び出すミナーナにため息交じりで窓口に戻るレイナだったが、小さなカウンター前に、目をギラギラと輝かせた女性たちが亡霊のように立ち並んだ。


「う、ウニャ?!」


「レイナさん……その……『尖った釘』さんの書き込みって……ないんですか?」


 亡霊たちは暗い期待を持って返事を待った。


「い、今のところ無いウニャ」


 亡霊たちは明らかに落胆した。


 ■


「なあ、最近掲示板に書き込みしても返信少なくねぇか?」


 ニックネーム『もっくん』ことモイミールがつまらなそうに、炒った豆を1つ摘まんだ。


「わ……私は元々……少ないから……」


「そういえば自分も減ってます」


「おかしいな……、素人はともかく、商売女からのメールも来ないってどういうことだ?」


 モイミールは出会い掲示板を、安全で格安の娼館として利用している一人だった。娼館と違って顔を確認出来ないが、そもそも格安の娼館だと相手を選ばせてもらえない所も多い。


 その点、ときどき素人が紛れ込むこの掲示板はなかなか美味しいのである。運が良ければ、普通にロハ・・で食えることもあるのだ。娼館に行くのが馬鹿らしくなる。


 当たり外れが激しいのが、かえって掲示板の面白いところだ。


 モイミールの掲示板書き込みは、最初からお相手・・・を募集しているのが見え見えの書き込みなので、基本には商売女からしか返事が無い。逆を言えばそういうお相手からの返事に困ったことは無かった。


 ところが今日は……。


「せっかくの給料日だってのに、なんだこれは……」


 一通のメールすらモイミールに届かなかった。


 ■


「……返信メールがきたウニャ。ブースへどうぞウニャ」


 レイナが届いたメールを酒場の女性たちに配っていく。彼女らはブースへ行くのももどかしく、その場で封筒からわら半紙を引っこ抜くと、相手の名前を見て落胆する。


「はあ……また外れ……よりにもよって『大地を這いつくばる豚顔のオーク』じゃないの」


「うわぁ……ご愁傷様。あの豚、はやく辞めてくれないかなぁ……」


「なにがペガサスだか……女神亭のメンバーならみんな知ってるっつーの」


「ポスト使ってる人とか結構多いらしいから、まだ豚の被害にあっちゃう人は多いみたいねー」


「ふあっ! ふあっ!」


 某大空が大好きなペガサス豚の話題で盛り下がっている女子グループとは別のグループから嬌声が上がる。


「あー! 釘様からの返事だ! そんな! 嘘でしょ?! ずるいー!」


「ふわっ! ふわっ!」


「ちょっ! なんで地味子のあんたなんかに……っく! 私と変わりなさいよ!」


「だ、ダメですよ! えっと……ブース借ります!」


 地味子と言われた女性はメールを胸に抱きしめてブースに駆け込んでいく。恋する乙女の表情だった。

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