第4話―獣人


「俺の名前はモイミールだ。仕事は……まぁ色々だ」


 怪しいことこの上ない挨拶をするモイミール。それを気に様子も無くスパイクは手を取った。


「私は……バイエル・ハーパネン……ハーパネン商会の跡取りだ」


 暗めの声で自己紹介したのはかなりお腹に肉が付いた男性だった。一般的な美的感覚からならブサイクと呼ばれる造形の顔をしていたが、やはり気にせずにスパイクは笑顔で手を取った。


「自分はディック・ボスフェルトです。……えっと……すみません」


 何に対して謝ってるのかは不明だったが、自信の無さそうな顔つきと態度は、そのまま性格を表しているらしい。これまたスパイクは笑顔のままディックの手を取った。


「私は……スパイクです。よろしくお願いします」


 家名は名乗らずに自己紹介するスパイク。彼は自分が貴族であることを隠そうとしているのだが、もちろんすでにバレバレである。


「んで、色男さんは何をしにこんな場末の酒場に来たんだ?」


 近くを通りがかったアホウドリ亭の亭主が「場末の酒場で悪かったな」と悪態をついたが、モイミールは軽く流した。


「何って……もちろん出会いを探しにですよ。何やら良縁が結べると噂になっていますから」


「良縁ねぇ……」


 モイミールは睨め上げるようにサイゾーの方を見た。黒髪の青年はスッと視線をそらせた。聞こえていたらしい。むしろこの状況で聞き耳を立てていないわけも無いが。


「まぁそういう奴も何組かはいるな。結婚までいった奴は、その結婚報告掲示板に貼り付けてあるぜ」


「へえ……結構いますね」


「運が良かったんだろうな。どうして俺は素人と上手くいかないんだ……」


「何か言いましたか?」


「いや、なんでも。そんで? あんたはどんな相手を探してるんだ? 結婚相手か?」


「まぁ……そんなところですが……とにかく今は色んな人と会ってみたいですね」


「はん、さすが貴族様だな」


「え? なんですって?」


「何も言ってねぇよ?」


「そうですか? それなら良いのですが……、それで掲示板を見ていたのですが、どれを選べば良いのかさっぱりわからなくて……もし良ければご助力などいただけないでしょうか?」


 そこでモイミールは考える。服装から一般常識にはちと欠けるところがあるが、イケメンで貴族で当然金持ち。ただでさえ素人喰いの吟遊詩人がいるのだ、これ以上荒らされるのは溜まらない。


 モイミールは残りの二人に視線をやると、その意図は正確に伝わったらしい。ダメンズ同調以心伝心能力である。無駄能力も甚だしい。


「そ……それなら……おすすめは……22番だな」


 ぼそっと呟いたのはデブのバイエルである。


「22番ですか。ちょっと確認してみますね」


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タイトル「健全に遊ぶにゃ!」

ニックネーム「青いどら猫」

10代中・4月・ミャウ種族・女・74区

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 スパイクは三度読み直してからテーブルに戻った。


「あの、ミャウ種族のようですが……?」


「ああそうだな。何か問題でもあるのか?」


 モイミールとバイエルが下卑た笑みを浮かべた。


「い……いえ、ただ人間以外の方が利用しているとは思いませんでしたので」


「あんた、さっき言ってたろ? 今は色んな人と会ってみたいって」


「それは……そうですが」


「見識を広げてこいよ」


 スパイクはしばらく腕を組んで黙考する。


「そうですね。もう獣人に偏見を持つ時代も終わりましたからね。お目にかかってみる事にします」


「それがいい」


 どういうわけか、三人は不思議な笑みを浮かべていたが、スパイクは余り気にしなかった。


「君、これに返信を書きたいのだが……」


 スパイクはカウンターの黒髪の青年、サイゾーに声を掛けた。

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