第2話―黒髪の青年は謎だらけ
金髪碧眼の青年は、おそらく一般人を装っているつもりだろうが、その服装には隠しきれない上流階級臭が漂っていた。
そんな人間にいつも通り声を掛ける掲示板の主……サイゾーに対して店内の人間が苦笑した事に、本人は気がつかなかった。
出会い掲示板ファインド・ラブの窓口カウンターに座る二人。
「えっと……どうしてボクが入会するとわかったのですか?」
「え? いや、その……長年の経験……かな」
青年はそう答えたが、この掲示板商売、まだ立ち上げて数ヶ月も経っていなかった。
「そうですか……驚きましたが……その……ここは噂の、出会い掲示板……で合ってますよね?」
「ああそうだぜ。間違いない。んじゃ簡単にシステムを説明するな」
「え? ええ……」
金髪の青年は一度もイエス・ノーを言うタイミングを与えられず、流されるままにそのまま説明を聞かされることになる。
「な、なるほど。大体のシステムはわかりました。しかし妙に細かいルールですが、皆さんちゃんと理解しているのですか?」
「その為に入会時はこうやって丁寧に説明させてもらってるし、入会した後でわからなくなっても説明するぜ」
「なるほど。物の売買をしない商売というのは凄いですねぇ」
「ま、商業ギルドの親方株を買うときの説明には苦労したよ……じゃあ入会の手続きを始めるな」
「え、ええ」
またもやイエス・ノーを言わせてもらえずに、会員規約と入会申込書を突き出された。会員規約を読むとこれまた非常に良く出来た内容だった。商会同士が交わすような契約を一般庶民に強いるのはどうだろうか……などと金髪の青年は思ったが、そこはそういう決まりなのだろうと考えないことにした。
「んじゃ、こっちの用紙に必要事項を記入してくれ」
「必要事項?」
「絶対に必要なのは、名前、種族、性別、年齢、誕生月、職業、区画と住所、ニックネーム、持っているなら通信の魔導具番号だ」
「なんだって? 住所まで書かなければならないのか?!」
「ああ、さっきも説明したとおり、個人情報の取り扱いには最大限考慮しているから安心してくれ。システム的にも絶対に必要だってのは……わかるだろ?」
「いや、それは自宅にメールを届けてもらう場合だろう? 全てここで受け取りにすれば……」
「やましいことがなければ問題無いと思うが……無理なら入会は無しだな」
「う……」
金髪の青年はやましいことと言われて、思わず呻く。法律的なやましさは一切無いが、個人的にやましいことがあるからだ。
「さっきも説明したが、この掲示板はニックネームで使うことが出来る、その辺は信用して欲しいね」
「たしかに……聞く限り、情報に異常なほどこだわっているようだしね」
「ああ、うちの生命線だからな。あんたが上手く使えば、そうそう身バレする事はねえよ。
「な、なるほど。自己責任と言うことか……」
「ああ、それでどうする? 規約が認められないなら入会はお断りしているんだが」
「……いや、入会させてもらいます」
金髪の青年はゆっくりと、几帳面な字で記入した。
スパイク・ボードウェル(21歳・5月・人間・男・9区)
貴族であった。
スパイクが全ての項目を埋めると、その書類を元に、別の用紙に凄まじいスピードで書面を製作していくサイゾー。彼が手にする変わったペンを見て、スパイクが目を丸くした。
「君が今使っているのは万年筆じゃないのか?」
「ん? ああそうだ、よく知ってるな」
サイゾーはさすが貴族、という言葉を飲み込んだ。
「知っているも何も、今きぞ……んんっ! 私たちの間で、争奪戦が起こっているほど人気の品物だからね。最近父がようやく手に入れたと自慢していたから」
「ああ、なかなか数が作れないからな」
「そうらしいね……君、なんでそんな事を知っているんだい?」
「それは俺と冒険者ギルドの共同開発だからなぁ」
「なんだって?」
スパイクは再び目を丸くしてサイゾーの顔をマジマジと見つめた。このどこかとぼけた青年が?
「ま、人生色々あるんだよ……悪いけど万年筆は従業員専用だ。羽ペンで我慢してくれ」
「あ、ああ……」
スパイク・ボードウェル。ボードウェル子爵家の長男は、何やらとんでもないところに入会してしまったのではないかと、急に不安になってきた。
もちろん、全てを記入した後では全てが遅かったわけだが……。
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