第三章【イケメン掲示板放浪記】

第1話―金髪碧眼の男


 それは客入りが一番少ない昼前の時間帯だった。


 妙にそわそわとした態度で、海が恋しいアホウドリ亭に入店してくる人間は珍しくない。特に最近は多いとも言える。


 だからそれだけでは広い店内から注目を集める理由にはならなかったのだが、その男の場合は違った。


 まず服装が場違いだった。


 まず羽織っているローブなのだが、王都民が良く羽織るすり切れた中古のくすんだ物とは違い、絹か何かで作られた防寒、防雨効果のまるで無さそうな高級な素材を、わざわざ茶色く染めているのだが、絶妙に金糸銀糸が織り込まれていた。


 その高そうなローブを身から外すと、金髪碧眼の、なかなかのイケメン青年が顔を覗かせた。


 その青年が着ている服装なのだが、おそらく可能な限り一般人を意識しているであろう一般的なデザインの服……ではあるのだが、意匠が違った。これまた金糸銀糸を贅沢に織り込まれた立派な服であった。


 ズボンに至っては宝石のはめ込まれたバックルに、裾に土ぼこり一つ付いていない有様である。これで自らの身分を誤魔化せていると思うのであれば、相当の馬鹿か世間知らずである。


 今日は珍しく店に人が少なかった。店の客たちは珍しい闖入者をしばらく横目で見ていたが、プライベートには出来るだけ干渉しないのがここの暗黙のルールである。彼らは次第に興味を無くしたように、視線を掲示板に戻していった。


 もっとも意識は完全に金髪の青年に向いていたのだが……。


「入会かな? イケメンのお兄さん」


「うわっ?!」


 金髪青年の死角から、黒髪黒目の青年が声を掛けた。店内の何人かがその様子を見て苦笑した。彼らは冒険者だというのに死角から声を掛けられ思わず悲鳴を上げてしまった人間たちだった。どうやら殺気や悪意の一切無い彼の気配に、なかなか気づけないらしい。


「急に背後から声を掛けるとは失礼でしょう?! 少しは考えてください!」


「あー、悪い悪い。お詫びに一杯奢ろう。こっちに来てくれ」


 黒髪の青年は金髪の青年の返事を待たずに、奥のカウンターへと引っ込んでいく。


「おい君……」


 金髪青年は困ったようにカウンターに腰を下ろした。彼は周辺を見回した。


 酒場と宿屋が一緒になった王都で最近流行のタイプの店舗だ。宿屋ギルドと飲食ギルドの両方へ加盟しなければならないので、初期費用と維持費がかかるが、軌道に乗ると固定客を掴める大変に考えられた仕組みである。


 このアホウドリ亭はそんな宿屋兼酒場の中でもかなりの面積を持っている。きっと元は商会か何かの建物だったのだろう、やたらと無駄なカウンターがあるのがその証拠だ。


 青年は首をさらに回す。カウンターのすぐ横の壁一面に飾られた巨大な掲示板。噂話から、もっとこう、暗いイメージを持っていたのだが、立派な拵えの掲示板で、隠すことは何も無いとうたっているような作りだった。


 その掲示板のてっぺんには見事は彫りに金文字でこう書かれていた。


 出会い掲示板【ファインド・ラブ】


 どうやら目的の場所は間違っていないらしい。金髪の青年は頷いた。


「お待たせ、ワインでいいか? ……安物だけどな」


 黒髪の青年が戻ってくると、金髪の青年の前にカップを置いた。さすがにグラスとはいかないらしい。


「いや、かまわないけれど、君は飲まないのかい?」


「仕事中は飲まないことにしているんだ。お構いなく」


 そう言って黒髪青年は湯気の立ったお茶を横に置いた。


「んで……入会だよな?」


「え?」


 金髪の青年は愕然と黒髪を見た。


「な……なんでわかったんです?!」


 店内中の人間が苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る