第15話―はじめての麗しき女神亭
女性専門酒場「麗しき女神亭」は大変混雑していた。
エリーゼは中に入ったのは初めてだったのだが、女性専用でこんなにもお客が集まるものなのだろうかと疑問に思った。
酒場に来て何も頼まなければ追い出されるのが普通だというのに、ふらりと座ってしばらく経っても、注文を取りにも来なければ、追い出されもしなかった。
理由はすぐにわかった。客の大部分はなぜか壁の前に集まっていて、その一角から矢継ぎ早に注文が殺到しているからだ。
それ以外の場所の人間は走り回る店員を無理矢理捕まえて注文するような有様だったのだ。
無一文のエリーゼにはありがたく、ぼんやりと騒ぎの中心を眺めた、ふと人の波に隙間が出来て、その向こう側が見えた。
壁一面に、随分と豪華な掲示板が飾ってあるようだった。豪華すぎて、たまに貴族が庶民に見せびらかす名画の額縁かと思ったほどだ。
その掲示板の近くには、なぜか小さなカウンターが設置されていた。酒場のカウンターとは違う物らしい。
そのカウンターに入れ違いに女性たちが殺到している。人気スイーツ店でもここまで盛況ではない気がする。
「あんた、掲示板に興味があるのかい?」
「え?!」
突然声をかけられ、エリーゼは飛び上がりそうになった。
「す! すみません! お金は無いんです! すぐ出て行きますから……!」
慌てて立ち上がろうとするエリーゼを、優しく押し戻す女。20代後半か30代前半といった所か。
「ああ、いいんだよ。今この酒場は儲かりに儲かってるからね、一人くらい飲んでないやつがいたって誰も気にしないさ……気になるなら奢ってやるよ。おい! エール二つ! 速攻で!」
「ふえええええ!」
店員が転けた。
「相変わらずドジだね。すぐだよ! すぐ!」
「わかりましたぁあぁ〜」
抜けた声で答えると給仕の女の子はぱたぱたと厨房に引っ込むと、中から激しく物が散乱する音が響いた。
すぐに別の給仕がエールを二つを持って来て、テーブルに叩きつけるように置くと、女性とは思えない機敏さで厨房に戻っていった。「いい加減に仕事を覚えろー!」女性の声が響き渡った。
「あの……」
「気にしないで飲みな。そして落ち着いたら事情を話してみな、力になれるかもしれないよ」
エリーゼはアルコールの力も借りて、ポツポツと事情を話し始めた。
「なるほどね……あんた、身体を売る覚悟は出来てるのかい?」
エリーゼはぐっと顎をひいたあと、絞り出すように答えた。
「はい」
「処女かい?」
「い、いいえ」
この質問の意図はわからなかったが、あの黒服の男たちの反応を見るに、きっと処女だと困ることがあるのだろう。だからエリーゼはここでも嘘を吐いた。
「そうか……わかった。じゃあおいで」
「え?」
「あんたの新しい職場に向かうんだよ」
彼女に引きずられて向かったのは74区画の逆側にある宿屋だった。たしかここも1階が酒場になっているタイプだったはずだとエリーゼは身を固めた。
聞いたことがある。1階の酒場で客を取って、そのまま2階に連れ込むのだ。たしかそのような宿を連れ込み宿と言うらしい。
だが、女が向かったのは裏口で馬と馬の間をくぐり抜けていくのだ。
「あの……?」
「いいからいいから」
馬屋を抜けた扉に無造作にノックすると、黒髪黒目の異国人が姿を現した。
「ん? 新人?」
「ああ、上玉だろ?」
「うん。いいね。処女?」
まただ!
エリーゼはいい加減うんざりしたが、エリーゼが答えるより先に女が答えてくれた。
「んにゃ、経験済みだって」
「それならまぁ問題ないか。そんじゃ登録しちまおう」
男に案内されて中に入ると、そこは紙で溢れかえっていた。そしてまるで戦争の様に慌ただしく、従業員と思われる少年少女たちが室内を駆け巡っていた。
「おい! コニー! お前は何度言ったら棚の場所を覚えるんだ! 赤のファイルは向こう! 色の区別はついてんだろうが!」
「ひぇえ! すいません親方ぁ!」
「誰が親方だ! まったく……、おっとすまんすまん、そこに座ってくれ」
小型のテーブルと椅子のセットが隅に設置されていた。エリーゼと女が座って待つと、黒髪の青年がお茶を入れて持ってきた。
「安物ですまんが」
「なに、泥水じゃ無きゃ上等だよ」
「汲んでくるのが面倒じゃねーか」
「そりゃそうだ!」
女と男が声を揃えて笑う。なにが楽しいのやら。
「あの……私……」
「ああ、悪い悪い。それで希望は?」
「え?」
「うちの専属になってくれるなら上がりの2割でいいぜ、斡旋だけなら3割だ」
「え、え?」
「なんだいあんた、相場も知らないのかい?
「闇ギルド……それって黒い服の……」
「はあーん、なるほどね、あんたスカウトされたのか。奴らは弱い奴を見つける天才だからねぇ」
「闇ギルドか、そりゃあちょうど良いな、冒険者ギルドが潰したがってる、情報があるなら買うぜ?」
「今のところないねぇ……奴らは用心深いから」
「ま、そうだろうな、むしろウチの護衛でたまに末端が引っかかるから、ギルドのクソ親父が喜んでたくらいだ」
「犬猿の仲だからねぇ」
「ああ……っと、またまた放置しちまった、悪い悪い。んでどうする? 専属なら色々融通するぜ?」
「……せ、専属でお願いします」
「了解だ」
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