第14話―はじめての絶望


「……えりかさん」


「マッシュさん……」


 マッシュとえりか・・・は滑稽なほど間抜けな顔でお互いを見つめ合っていた。


「ど……どうしてここが……まさかサイゾーさんが?!」


 覿面てきめんに狼狽えるえりか。


「サイゾー?」


「え? あの、黒髪黒目のちょっと目つきの怖い……」


「ああ、あいつか……擁護するわけじゃ無いが、俺が問い詰めてもあんたの名前一つ言わなかった」


「それじゃあどうして……」


 マッシュは夕日をバックにした教会を見上げた。


「神の……お導きかな」


「そんな……だとしたら神さまは残酷です……」


「……頼む、本当の事を……教えてくれないか? 俺はずっと……」


 そこでマッシュは言葉を飲み込んだ。彼女の悲しそうな表情を見てしまったから。


「……そう、ですね。今更ですね。全てを……お話しします」


 ■


 エリーゼ・パーセル17歳は今日も孤児院で一人奮闘していた。


 料理洗濯をこなしつつ、空いた時間でアルバイト。働ける時間の短いエリーゼを使ってくれる所は、いくらこの職に溢れた王都とは言え少ない。


 結果的に安い給料、きつい仕事内容、孤児に問題が起きれば飛んで戻る事から他の従業員からも嫌われる。


 そんな悪循環が続いていた。


 経営者が亡くなってだいぶ経つが、資金繰りは悪化する一方。手伝ってくれる人も援助してくれる人もおらず、エリーゼは心身を削って孤児院を切り盛りしていた。


 幸い土地代は教会の好意で免除してもらっている。

 だがそれ故に、教会が忙しければ、バイトを休んででも手伝わなければならない。気がつけばバイトを首になっていた。


 まるでその事を知っているタイミングで、黒服の男が孤児院を訪ねてきた。きっちり子供たちが外に遊びに出ている時間に。


 内容は単純なものだった。


 彼らのギルドの保護を受けて、仕事をしないか。なに、ちょっと身体を売る・・・・・だけでかまわないと。


 エリーゼは愕然とした。そんな事は今まで一度も考えた事が無かった。


 彼は言った。


 身体を売って金を得ることは、何一つ王国法に違反していない。と。


 エリーゼは震えた。


 なに、客はこちらで用意してやろう、とびっきりの上客をな。ただちょいと紹介料をいただくだけさ。


 悪魔が囁く。


 どうせ……処女じゃないんだろ?


 エリーゼは震える唇で「はい」と言った。


 もちろん嘘だ。幼い頃から孤児院で育った彼女にそんな相手はいなかった。


 一部の孤児院では経営者に手を出されるという話も聞くが、彼女の両親・・は老夫婦であり、健全に、明るく育ててもらったのだ。


 だが彼女は気づいていた。もうこの孤児院が限界であることに。


 身体を売る。そんな選択肢を考えた事など一度も無かった。


 だが、それで子供たちが救われるのなら……。


 黒服の男たちは、エリーゼの予定を聞いた上で、待ち合わせ場所を指定した。


「それではお待ちしております。何、一日でたっぷり稼げますよ……ふふふ」


 黒服の男は帰りがけにそう言い残して去って行った。


 ざあ、と音が鳴っていた。


 気がついたらずぶ濡れだった。


 季節外れの豪雨だった。


 ■


 後日、約束の日。子供たちを神父様に預けると、無意識に指定された場所に歩き始めていた。


 今からする事を考えると、見送ってくれた子供たちの笑顔が痛い。いつもの買い出しだが遅くなるかもしれないと伝えてあった。


 苦しい。


 もうすぐ、約束の場所が見える。


 このまま進んだら、私は……。


 エリーゼの足が止まった。


 だが止まってどうするというのだ。所持金は0。子供たちは無邪気にご飯を待っている。


 エリーゼは歩き出した。だがその方向は待ち合わせ場所とは違う場所だった。


 彼女が無意識にやって来たのは、最近出来たという女性専門酒場「麗しき女神亭」だった。


 彼女自身どうしてここにやって来たのか良くわかっていない。ただの現実逃避だったのか、無意識に男から逃げてきたのか、それは永遠の謎である。

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