第13話―はじめての運命
次の日の勤務は少しイレギュラーな事が起きた。
「隣接区画のパトロールだって?」
そんなのは地理を覚えるための新人の仕事だろうと文句を言いたかったが、どうやら若手が揃って出掛けた飯屋で集団食中毒が起きたらしい。
幸い死者は出ず、全員回復傾向らしい。不幸中の幸いだ。食中毒の中には、区画中に猛威を振るうような種類もある。
マッシュはため息を吐いて、隣接区画の一つ91区画をパトロールし始めた。
本来は2人から3人一緒に行動するのが基本なのだが、とにかく今は手が足りない。しかたなくベテランは一人でパトロールする事になった。
久々に回る地区は所々店代わりしていた。もともと密集建築の多い都市なので、建物が入れ替わっていることは無かったが、道に面した数々の店は、昔よりもさらに活気を溢れさせていた。
元気な人々を見ると、元気になるのがマッシュという男の良い所だ。沈んでいた気分を持ち直して、持ち前の正義感で道行くトラブルを解決していく。
ようやく普段のペースを取り戻したマッシュにはいつもの笑顔が戻っていた。
「仕事は……良いもんだな」
ちょっと夕焼けを見たい気分になった。たしかこの先に古い教会があったはずだ。
ズキン。
心に痛みと共に、彼女の書き込みの一文が過ぎった。
『えりかは教会の治療院でお手伝いをしています』
まさか……な。
そう思いつつもマッシュの足は教会に向いていた。
ごちゃごちゃと建物が密集する中に、唐突に開けた場所が現れる。そこだけこんもりと丘になっていて、てっぺんに小さな教会がちょこんと乗っていた。古いが由緒があるらしく、区画開発の難を逃れた、都心のオアシスのような場所だった。
今も子供たちが走り回っている。
「おーい。そろそろ暗くなる! 家に帰れよ!」
マッシュが笑顔で声を掛けると、じゃリン子どもがそれぞれの反応を見せた。
「えー! もうちょっとだけ!」
「あ! 兵士さんだ! ちょっとその槍貸してくれよ!」
「もう帰ろうよぅー」
子供はどこでも変わらんな。
「ダメだダメだ。夜になると街中にも魔物が紛れ込んだりするんだぞ。そしたらお前たち、頭から食べられちゃうぞ?」
「ええ?! そんなの俺たちを大人しくさせるための嘘さ!」
「ボクは怖いよ! 帰ろうよ!」
「槍! 槍!」
マッシュは苦笑して、子供たちの頭に手を置いた。
「魔物の話は本当だ。大げさに言う奴もいるが、何度か死体を見たこともある」
そこで子供たちはピタリと動きを止める。
「ま……マジかよ」
「ああ。なに、昼間に王都に潜り込んでくる奴はいないから安心しろ。そしてすぐにお家に帰るんだ」
子供たちはお互いの顔を見合わせると、頷いて一斉に駆け出した。どうやら教会の敷地内にある小屋に向かっているらしい。
そう言えば孤児院があった気がするが……。
マッシュはゆっくりとそちらに歩きながら昔を思い出す。たしか老夫婦が私財を投げ打って経営していたはずだが、いつも資金繰りに苦労していたはずだ。人格者だった老夫婦の顔を思い出す。
挨拶くらいしていこうと、玄関前に立った。
マッシュが扉にノックをしようと手を伸ばした時、予想外に扉が強く開け放たれて、慌ててマッシュは手を引っ込めた。
「コラ! リューロ! またおかずをつまみ食……い」
出てきたのはぼろぼろのエプロンを掛けた、若い女性だった。
俺と彼女は呆然とお互いを見やるしかなった。
「え、えりか……さん」
「マ……マッシュさん?」
細い腕に細い腰つき。幼い表情だが、あの日よりも生気に満ちているように見えた。
これが運命の出会いで無かったら、何を運命と呼ぶのであろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます