第2話 千年ジュリエット4

何かを成す時、人の悪意ばかりがあるわけではない。その行動は、むしろ善意からくる行動なのだ。だから、その善意を利用する僕はさしずめ悪人といったところだろうか。

僕らが到着した時、調理室にはまだ誰もいなかった。他にも飲食系の出し物をするクラスはあるだろうが、朝から試作をしているところはないようだ。

二人を調理台を挟んで僕と反対側に座らせた。

「さて、昨日の問題を早速解決してしまおう」

僕は、二人に切り出した。面倒ごとは先に片付けてしまった方がいい。

「昨日の状況をまず整理しよう。悠希は、いろいろな料理を出したい。軽食喫茶というよりは普通の飲食店のようにしたいと。悠馬は、予算とクオリティの面からそれは承諾できないと。かこの意見の対立で間違えないかな?」

僕が尋ねると二人は、無言で頷いた。

「確かに生徒会から出ている予算は少ない。飲食店系のクラスは多く出されているといっても程度が知れている。悠希の意見を尊重するにはちと足りない。かと言って悠馬の出した意見ではね少し寂しいかなと僕も思ってはいるんだよ」

軽食喫茶、悪くはないと思う。だが、集客が見込めるかというと他の飲食系クラスに流れていってしまう可能性が高いだろう。

「今、巷で話題になっているようなパンケーキを作るにしたって結局予算がかかる。集客が多ければ、それだけね。それならいっその事悠希の意見にしてしまえばいいと思うんだ」

「なんかお前の言っていることおかしくないか?俺の意見にしても悠希の意見にしても予算がかかるって。悠希の意見をとったら俺の意見の倍は予算がかかるぞ?料理の種類数が全然違うんだからさ?」

ごもっともな意見だ。僕は、おかしなことを言っている。どっちにしても予算がかかるならいっそのこと最初から多い方にしてしまえだなんて文化祭でクラスを破産させる気かという話だ。

「まあ、最後まで話を聞けって。そう、予算が多くかかってしまう。なら、いっそのこと多い方にしてしまえ。おかしな話だ。現時点での予算の量は限られているというのに。どうするのか。最初から予算の方も増やせばいいんだよ」

僕が、そう言い切ると二人はぽかんとした顔になった。僕がなにを言ったのか理解できないように。こいつはなにを言っているんだと顔を見合わせている。そんな二人に僕は続けた。

「クラスのみんなにカンパしてもらうんだよ。千円ほどずつ。そうすれば、うちのクラスは40人いるから四万円は、集まる。それだけあれば悠希の意見でもやれるだろう?」

悠馬に問いかける。ようやく頭が追いついたようで、腕を組みながらなにやら思案している。

「出来ないことはない。けど、まずクラスみんなからのカンパなんてできんのかよ?みんなが承諾しないことにはお前の考えは成立しないぞ?」

「わかってる。みんなの説得は僕がしよう。だから、承諾してもらえるかな?」

少しの沈黙が流れた。

「…わかったよ。クオリティの方は任せろ。一週間でなんとかしてみせる」

渋々、けれど何か吹っ切れたように悠馬は頷いた。

「ありがとう!」

ずっと黙っていた悠希は、嬉しそうに悠馬に抱きついた。

「ちょ、おま、くっつくな!」

悠馬は、表向き迷惑そうにしているが、内心嬉しそうだ。

さて、僕はここからが忙しいぞ。二人を残して僕は、教室に向かった。


教室について、委員長に事情を説明した。反対されるかと思ったけど、案外すんなりと受け入れてくれた。

「みんな!少し話を聞いて!」

委員長がそういうとクラスのみんなが動かす手を止めてこちらに注目をしてきた。

委員長から説明をしてもらおうかと思ったが、「篠原くんが考えたんだから篠原くんがやりなさい」と言われてしまった。教壇に立たされて、みんなの注目を浴びる。息を一つついて僕は切り出した。

「えーっと、装飾班の篠原です。みんなに一つ相談があってわざわざ手を止めてもらっています。相談といっても装飾班についてのことじゃありません。文化祭当日で出すメニューについてです」

とりあえず、今日の朝まで僕が抱えていた案件についての説明をした。どうやら、みんな料理班がもめていたのはなんとなくわかっていたようで黙って聞いてくれていた。カンパの話になるとざわめき始めたけど。

「なぁ、辰也。カンパするのはいいけどよ、売れなかったらただの無駄遣いになっちまうじゃねえかよ?それだったら元のメニューのまんまの方がいいんじゃねーの?」

クラスのどこかから声が上がった。他にも「そうだねー」とかそういう類の声が聞こえてくる。こうなるのは目に見えていた。しかし、真っ向から意見を否定されるというのは心にくるな。

また、息を一つついて僕は口を開く。

「確かに売れなかったらただの無駄遣いになってしまうね。ならそうならないようにすればいい。売ればいい。それだけのことじゃないかな?料理を担当するのは街で人気の椚食堂の跡取り息子だ。料理のクオリティは保証される。店内の装飾や給仕係の衣装も悪くはないと思う。文化祭前夜祭のPRコーナーの紹介の仕方次第じゃ、生徒会に返却する予算プラス売り上げの2割を除いても僕らの手元に帰ってくる金額はカンパした分を取り戻せるだけの売り上げは見込めると思う!あとは、みんながどれだけ力を貸してくれるかなんだ。よろしく頼む!」

僕は、頭を下げた。

「私からもお願いします!」

委員長も隣で頭を下げてくれた。なんていい人なんだ。先輩とは正反対な気がする。

みんなは、沈黙している。どうしたらいいのかわからないのだろう。はっきり言ってこれは賭けだ。PRがうまくいったとしても成功するかは、みんなの当日の頑張り次第なのだ。

「仕方ないな。ほらよ」

一人の男子生徒が、立ち上がり千円札を差し出した。

「文化祭だ。やるなら本気でやろうぜ!そんで他のクラスの度肝を抜いてやろうぜ!」

彼がそういうとみんなも立て続けにお金を出してくれた。

「ありがとう!」

僕は再び頭を下げて、調理室で待つ二人の元へと向かおうとした。

「ああ、そうだ辰也!」

と思ったら彼に引き止められた。

「言い出しっぺなんだからお前がPR考えろよ?」

「へ?いや、僕は装飾班なんだけど?」

「いやいや、あんな言い方をしたんだから何か策があるんだろ?」

他にもみんなから「そうだね」とか「篠原くんよろしく!」という声が上がってきた。みんなが協力してくれるところまでは予想通りだったが、これは一つ誤算だ。まあ、みんなの善意を利用したんだ。これくらいは当然の報いか。


「と、いうことになってしまったんですよ…」

放課後、クラス準備が終わって図書室に向かうと案の定先輩がいた。その先輩に今朝の経緯を話した。

「いやあ、大変なんだねぇ後輩くんのクラスは」

「完全に他人事ですね…」

大体どんな反応をするのかは察していたが、それ通りだと事実を突きつけられている気がして今日の疲れがどっとくるのが感じられる。

「でも、後輩くんまでもがPR担当となると私とは勝負だね」

「…勝負?」

「そう、勝負。私もPR担当なんだ。うちのクラスの」

僕は、言葉を失った。というよりは空いた口が塞がらなかった。頭がまだ麻痺しているのかもしれない。

「PR大賞は渡さないぞ!」

先輩は、ウインクとともに笑いかけてきた。

うちの高校の文化祭にはPR合戦の大賞。クラスの出し物のアトラクション部門賞、飲食店部門賞。そして、文化祭大賞の四つの表彰が閉幕式で行われる。そのうちの一つをよりによって先輩とやることになるとは…。

「先輩のクラスは何をするんですか?」

「私のクラスはね、お化け屋敷だよ!私もお化け役をやるからね!是非来てくれ給え!」

…お化け屋敷?OBAKEYASHIKI?

僕の思考は停止した。完全に。

僕が、止まっているのを見て先輩が声をかけてきた。

「もしかして、後輩くんはお化けが苦手なのかな?」

声をかけられて現実に帰ってきた。

「そそそ、そんなことより文芸部は何をするんですか?」

「急に話を変えてきたね。まあ、いいさ」

先輩は、ふふふと笑いながら言葉を繋げた。

「私たち文芸部は、『お悩み相談室!本であなたの悩みを解決します!』を開くよ」

なんなんだその人がこなさそうな出し物は。

「といっても二人ともシフトがあるだろうから3時から5時までの2時間だけの開催だけどね。だから、その時間だけは開けておいてね」

「わかりました」

この日は、こうして終わった。というかそこまでで僕は、先に帰宅をした。今日起こったことを整理したかったし、何より寝不足だったからだ。

果たして文化祭はどうなることやら。そして、残り一週間は息つく暇もないほど忙しくなるだろうというのが目に見えてきた。

…先輩のお化け姿は、少し見たいかもな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る