第2話 千年ジュリエット3

一晩かけて『千年ジュリエット』を、このシリーズを読んだ。読みたいという衝動にかられ、読み終えたときには朝日が差し込んでいた。

結局、悠希と悠馬の間の問題の答えは出なかったが、なんとかなるだろう。不思議とそんな気持ちにさせられた。

時計は5時45分を指していた。スマートフォンに来ていたメールを見ると、早朝から文化祭の準備をする旨の連絡が届いていた。どうやら、寝ている暇はないようだ。寝ていないことで逆に目が覚めている。授業は撃沈するだろうが、まあ大丈夫だろう。

すぐさま制服に着替え、自室から居間へと向かう。まだ5時台だ。家族も起きてはいない。昨日の夕飯の残りを食べ、書き置きを残して家を出た。

学校までは、歩いて10分ほど。少しゆっくりしていても良かったのかもしれない。朝日に反射してでたようなあくびをかみ殺しながら歩く。

「あ、おはよう篠原くん」

学校に到着し、校舎が開くのを待っていると後ろから声をかけられた。

「ああ、委員長。おはよう」

我らがクラスの委員長、藤原朝日がそこには立っていた。

「一番乗りだと思ったんだけどな。篠原くん朝早いんだね?」

「朝が早いというよりは、寝てないというかなんというか…」

「えっ!寝てないの⁉︎」

朝からの大きな声は頭に響く。意識的には起きていると言っても体は寝ているような状況の僕にとってはなおさらだ。

「本を読んでいて、読み終わって気づいたら朝でした」

「全くダメだよ!夜はちゃんと寝ないと次の日に差し支えるじゃない!」

心配してくれる人がいるというのはありがたいことだ。あの本を読んだせいかいつも以上に委員長の優しさが身にしみる。と言っても、悠希悠馬の面倒ごとを押し付けた張本人であるわけだが。

「篠原くんは、うちのクラスの重要戦力なんだから体調には気をつけてね!」

いったいどう意味だ。思わずツッコミそうになった。まあ、大体意味は察しているのだが。

「大丈夫だよ。今世紀最大って感じ」

冗談交じりに答える。本当は少し眠いけど、余計な心配をかけるわけにはいかない。ただでさえ委員長はクラスの運営で忙しいのだ。それこそ、僕に頼みごとをするくらいに。

「それならいいけど…。読書好きなお姉ちゃんに無理して付き合わなくてもいいんだからね?」

「いや、別に無理してるわけじゃないから…って、え?」

「どうかした?」

委員長が不思議そうに首を傾げている。僕もそれにつられて首を傾げる。

「今、なんて言った?」

「無理して付き合わなくてもいいんだからねって」

「違う、その前だよ。お姉ちゃん?」

「そう」

頭が追いつかない。いや、なんとなく理解はした気がする。よくよく考えたら苗字も同じだ。

「お姉ちゃんいつも楽しそうに篠原くんのこと話すんだよ。食事の時なんかその話で持ちきりなんだから」

「それは、喜んで良いのやら悪いのやら。それで、今、初めて知ったんだけど、先輩は委員長のお姉さん。ということでいいのかな?」

まあ、確認するまでもないことだろう。ここまできたら。

「そうだけど…聞いてなかった?」

「はい」

眠りかけていた頭が完全に覚めた。今日この日にこれ以上の衝撃はないだろう。学校が開くまでの15分ほどだが、一番濃い時間だった。

それにしても、先輩と委員長が姉妹だったなんてね。悪い言い方をするとあんな猪突猛進な姉だからこんなに出来た妹が育ったのか。

昇降口の扉が開き、中に入ろうとする頃には何人かのうちのクラスの生徒が到着していた。他のクラスの生徒もちらほらと。

その中には悠馬もいた。軽く挨拶をして、悠馬を連れ出した。連れ出したと言っても少し遠回りしながら教室に向かうだけだ。

「なぁ、悠馬は悠希のことが好きなの?」

僕は、単刀直入に聞いた。

「おま、何を…!」

顔を真っ赤に染めてあからさまな態度を取られた。あからさますぎて逆に尊敬できる。

僕が呆れているのをよそに悠馬は軽く息をついて話し始めた。

「いや、別に好きってわけじゃねーよ。ただ、少し気になるというかなんというか、あいつが先輩の話をしてるとイライラするというかなんというか」

要するにそれが好きなんだってことだぞと言ってやりたいが、それを僕が言うのは野暮というものだ。

「まあ、はい。悠馬がどんな感情を抱いているのかはわかったよ」

確認しただけだ。前からどんな感情を抱いているのかは大体察しがついていた。これは、悠馬だけに関わらず、みんな結構わかりやすかったりするわけだが。

最初に教室に向かった連中より少し遅れて悠馬と教室に着くと委員長がみんなに気合を入れていた。

「みんな、朝早いのに集まってくれてありがとう!文化祭本番までは時間がないけど、しっかりと準備をして楽しい文化祭にしよう!」

おー!っとみんなの声がするまだ眠いのか気の抜けたような声が幾つかあった。それでも、クラス全員がきちんと時間通りに揃っているのだから素晴らしいものだ。みんな文化祭を成功させたいのだろう。

僕はというと、さっさと問題を片付けてしまおうと悠馬と悠希を調理室に呼び出した。

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