第2話 千年ジュリエット1
雨が窓に打ちつける。ポツリポツリと。次第にその勢いは増し始め、みるみるうちに土砂降りになった。
「傘持ってくるの忘れてた…」
誰に向けて言ったというわけでもない。そうポツリと溢れていた。帰る頃には止むだろうか。止んで欲しいな。
雨が降り始めると秋の訪れを感じる。台風が多いせいだろう。この雨も接近してくる台風の影響のようだ。
雨は嫌いではないが、傘を忘れた今の心境としてはあまり好ましくない。正直濡れたくない。誰か傘を貸してはくれないだろうか。
そんな思いも虚しく、誰から傘を借りこともできずに雨が止むこともなく、放課後になってしまった。雨の勢いは増すばかりだ。
放課後になったと言っても帰れるわけではない。一週間後に控えた文化祭へ向けてみんなバタバタと用意をしている。僕も例外ではない。クラスの出し物の準備に追われている。
僕のクラスというと喫茶店をやる。喫茶店と言っても所詮高校生が文化祭でやるものだ。大したものは出せない。それだというのに…。
「だからさ、それじゃ意味がないじゃん!」
「どこがどう意味がないんだよ!食品を提供できなかったら元も子もないんだぞ!」
ドウシテコウナッタ。僕は、文化祭の準備をしていたはずだ。そうだそうに違いない。現在の僕の状況を説明すると男女の口論にはさまれている。ただ見たままとしての男女であって、世間が羨むようなものではないということは先に言っておこう。
えーっと…。本当にどうしてこうなったんだっけ。そう考える僕の上では口論が続いている。
確か、最初は教室内の装飾物の準備をしていたはずだ。そこにクラス委員長が来て、頼み事があるとか言って連れてこられて「それじゃ、あとはよろしくね」と言って委員長は、姿を消した。連れてこられた時すでにこんな状況だった。よろしくって言ったってどうすればいいんだよ。
「なぁ、お前はどう思う⁉︎」
「ねぇ、あなたはもう思う⁉︎」
槍の矛先が僕へと向かってきた。
「どう思うもなにもます話が見えていないんだ。とりあえず落ち着いて、一からちゃんと話してくれるか?悠馬、悠希」
椚悠馬、椚悠希。一見双子を連想するような名前であるが、なんの関係もない。血縁関係すら存在しない。びっくりだ。ただでさえ「くぬぎ」なんて苗字珍しいのに名前な一字違いとはね。もはや運命だろ。まあ、そんなことを言うと否定するのが物語の定番なのだが。
そんなことを思いながら二人を見ると、僕が言った言葉で落ち着こうとしたのか二人揃って深呼吸をしていた。
先に口を開いたのは悠馬のほうだった。
「喫茶店で出すメニューについて食事班の数名で考えていたんだよ。でも、料理を出すと言ってもホットプレートしか使えないからクレープとかホットケーキくらいしか出せないんだよ。それを説明したらこの馬鹿女が、騒ぎ始めた」
「誰が馬鹿女よ!」
悠希が、悠馬に飛びかかろうとしたので止めた。
「まあまあ、抑えて抑えて。悠馬も言い過ぎない。それで、悠希は悠馬の考えたメニューに何か不満でも?」
悠馬の家は、洋食屋だ。彼自身も部活動が休みの日など店の手伝いをしている。そんな彼が考えたのだ。なかなか現実的なものなのだろう。ホットプレートの火力というのは料理をする者にとっては微力なものなんだろう。
「いやね、折角喫茶店やるんだよ?衣装班の作った衣装はなかなか手がこんでて装飾班だって少ない予算の中でどれだけ豪華にできるか頑張ってる。それなのに料理班が、妥協しちゃっていいのかなって。ホットプレートでもナポリタンとかケチャップライスのオムライスなら作れるのにって」
「だから、それをやっちまって予算が」
「悠馬は、黙ってくれ。僕は今悠希の言い分を聞いているんだ」
悠希の言葉を遮った悠馬を制止する。
「けして怒ってるわけじゃないよ。ただ、人の話は最後まで聞かないと、論点がわからなくなってさっきまでの二人みたいに水掛け論になっちゃうからね。今は、悠希の番だ。な?」
「……悪かった」
「よろしい。で、悠希続きをどうぞ?」
「ありがとう。えーっと、そう!折角来てくれたお客さんには楽しんでもらいたい。それなのにホットケーキだとかクレープだとか正直食べた気がしないようなものしかなかったらがっかりすると思うんだよね。だから、少し予算がかかっちゃってもナポリタンとかのメニューも足した方がいいと思ったの。それに…」
「それに?」
「料理を食べてもらいたい人がいる人も料理班の中にはいるから……」
そういうと悠希は、頬を染めた。
…なるほどね。確かにそれなら誰が作っても似たようなホットケーキとかよりも思いの伝わりやすいナポリタンとかオムライスとかがいいというわけか。というかそちらが、本当の理由だろう。
息を一つ吐く。
「それで、それに対する悠馬の反論が予算オーバーして食材がなくなって料理を提供できなくなったらどうするんだということでいいのかな?」
「ああ、料理を出すなら手を抜きたくはない。でも、予算は少ない。なら、その中でどれだけ質の高いものを出せるかだろう?だったらメニューを絞っていった方がいいというわけさ」
確かに筋の通った意見ではある。でも、悠馬の本音はここにはないだろう。あえて言わないが。悠希の想い人が誰だかは知らないが、悠馬はそれを快く思っていないというわけか。難儀だねぇ高校生というのも。
それにしても難しいな。どちらの言い分も間違ってはいない。だから、どちらを切り捨てるということもできない。ならどうするか。こうする。
「この問題僕に一旦預からせてくれないかな?」
「はぁ?あと一週間しか準備期間ないんだぞ?早く試作とかもしたいし悠長にしてられねーんだ。さっさと答えを出してくれよ」
「まあまあ、一晩だけ。騙されたと思って、な?」
「俺は別に構わねーけどよ。悠希はどうなんだよ?」
「私は全然構わないよ!辰也のことだからなにか考えがあるんでしょ?」
「まあ、ないこともないかな?」
こうして僕は、この事件というのも大げさなものでもないが、そんなものを預かった。そして、遅ればせながら僕の名前は、辰也。篠原辰也という。
料理のことを考えながら装飾の準備を手伝っていると続きは明日ということになって解散した。
「まだ、いるかな」
僕は、そう思い図書室へと足を伸ばした。特別棟の階段を上がって3階。図書室の灯りはまだついていた。扉を開けて中へ入ると本棚を眺めみている先輩がいた。僕は、荷物をいつもの場所へ置いて、先輩の隣へと行く。
「まだ、いらしたんですね」
声をかけてようやくこちらに気がついたようだ。
「やあ!後輩くん!今日は来ないと思っていたよ」
「その口ぶりだと放課後ずっといたんですか?」
「そうだよ。後輩くんは、クラスの準備が忙しいようだね」
「まあ、忙しいですよ。今日もこんなことがありまして」
僕は、ことの話を先輩にした。
「ふふふ」
話し終わると先輩が、不意に笑い始めた。
「どうしたんですか?」
「いやぁ、後輩くんがちゃんと信頼を得ているんだなって思ってね」
「はい?」
「相談を受けたり、迷惑ごとの解決を頼まれたりするということは信頼をされているということだよ。自信をもちなさい」
そういうと先輩は、微笑む。優しい顔で。
「……先輩は、クラスの準備を手伝わなくてもいいんですか?」
恥ずかしくなったので話を変えた。
「……よくない」
「ならどうして図書室にずっといるんですか」
呆れてしまった。
「いや、我が文芸部もなにか出し物をしようかなって思ってね!」
「それじゃ、ついに部誌を出すんですか⁉︎」
「いや、それには少し考えつくのが遅かったと思ってね。だから、部誌は出さないよ」
僕は、がっくりと肩を落とした。ようやく先輩の書く物語が見れると思ったのに。
「それで、何をするんですか?」
「そうそう、それを考えていたら本棚の前で呆けてしまっていたのだよ。でも、そのおかげでヒントはもらったよ。この本からね」
先輩は、一冊の本を僕に見せてくれた。これはきっとおきまりのパターンのやつだな。
「どんな物語なんですか?この本は」
「よくぞ聞いてくれたよ後輩くん!」
そう言うと先輩は、嬉々として語り始めた。
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