第1話 都会のトム&ソーヤ(後半)

「この本は、『都会のトム&ソーヤ』と言ってね、小学校高学年から中学生向けのいわゆる児童文学と呼ばれる分野の本だよ。あ、今絶対高校三年生になってまでどんな小説を読んでいるのだと馬鹿にしたね?絶対にした」

「してないですよ別に。でも、高校生にまでなって読むものですか?」

「いやはや、そう馬鹿にできないものなんだよこれが。作者は、児童文学界でも名うてのはやみねかおる先生。『夢水清志郎事件ノート』シリーズや『怪盗クイーン』シリーズなど、どちらも児童文学界で幅をきかせる『青い鳥文庫』の作品だ。君も読んだことくらいあるだろう?」

「ええ、まあ。その二つなら読みましたよ。他にも何個かシリーズを書いてますよね?」

「ああ、近年だと青い鳥文庫から大中小探偵クラブシリーズや銀の匙文庫からのモナミシリーズなど児童文学にとどまらない活躍をしている。あの背の高いローマ人を思わせる顔立ちの俳優と髪の長い綺麗な女性の出る映画化もされた有名ドラマのノベライズ版も書いていたりするんだよ」

「本当に多岐にわたって活躍している先生なんですね。それでこの『都会のトムソーヤ』とはどんな話なんですか?」

説明に熱の入り始めた先輩を止めることはできない。乗り掛かった船だ。乗ってしまえ。

「主人公の名前は内藤内人。内なる人と書いて『ないと』と読む。どこにでもいる中学二年生を自称する最強のサバイバーだよ。そして、その相棒となるのが竜王創也。こちらも同じく中学二年生なのだが、この小説の中で大きな財閥を元とする竜王グループという大企業の御曹司だ。容姿端麗博学明晰どこの世界の住人だというくらいの彼だが、運動神経が悪く目標に向かっては猪突猛進して周りが見えなくなるという欠点を持ち合わせている。どこにも完璧な人間はいないといういい例だ」

「すみません。ツッコミどころが満載なので一度いいですか?」

少しずつ切って話してもらわなくては、頭が追いつかない。

「いいだろう。話してみたまえ」

「まず、タイトルから舞台が都会であるんだろうと予測はつくんですけど、主人公の名前がトムじゃないんですね。相棒がソーヤに当てはまるというのに」

「それには面白い話があってね!」

また目が輝きだした。聞いてもらうのを待っていたかのように。

「『内人』→『ナイト』→『無いと』→『とが無い』→『と無』→『トム』ということなんだよ!しかもこれに気がついたのは読者で読者からのお便りで気がつかれ、作者もそれでなるほどと納得しているという面白い話があるんだよ。しかもそれを小説の冒頭部分で主人公たちに説明をさせるというどこまでも読者を飽きさせない工夫もしている」

作家のユーモアっぷりに思わず笑ってしまった。そして、他者の意見を素直に受け入れる姿勢に感銘も受けた。まあ、素直であったかどうかなんて僕にはわからないのだけれど。

「では、次に主人公の自称普通のサバイバーというところの説明をお願いします」

「そうだね。まず主人公は、成績は中の下、運動神経もそこまで良く無い。塾通いに追われているような中学生だ。これだけならどこにでもいそうな中学生の図だろう。けれど、創也の猪突猛進な性格のせいで何度も危機に陥る。いわゆる物語でいう巻き込まれ体質というやつだ。誰もが諦めてしまうようなピンチに陥っても内人君は、おばあちゃんから授かったサバイバル能力を駆使してそれを打開する普通の中学生らしからぬ一面を持っているんだよ。だから、サバイバーという説明が加わるんだ」

「確かにそれを除けば普通の中学生で主人公としての魅力なんてありませんしね。それで、具体的には何をする物語なんですか?」

キャラがとても魅力的なのは、先輩の説明でよくわかった。こうなってくると内容だ。魅力的なキャラを描いても話が面白くなければ何の意味も無い。宝の持ち腐れというやつだ。

「話はいたって簡単。2人が究極のゲームを作る話だよ」

「究極のゲーム?」

「そう」

先輩がそれがいかにも面白いと言わんばかりの笑顔で微笑む。

「ゲームといっても普通のゲームでは無い。リアルロールプレイングゲーム。まあ、リアル脱出ゲームのようなものだと思ってくれていい」

脱出ゲームか。昨今いろいろなものが出てきている。アニメとコラボしたようなものだったり東京ドームを貸しきったりするようなものも。画面にとらわれるゲームも面白いが、体を動かすことを主流として成長してきた身としては、とても魅力的だ。

「ただ、チェックポイントをクリアするようなものではなく、話の内容にもこだわったりするような読んでいるので側としても是非ともプレイしてみたいようなゲームが幾つか登場する。それを超えるようなゲームを作るのを目標として主人公たちは奔走する。そんな物語だよ。これでいいかな?」

話の大切な部分は教えてもらった。あとは、先輩の講評だけだ。いつも通りの。

「ありがとうございます。では、最後にどう魅力的なのかお教え願えますか?」

「よろしい!説明しよう!」

待っていましたと言わんばかりだ。

「魅力的なのはキャラクター、そして登場する内人君のサバイバル技術と創也の無駄な知識。魅力的なキャラクターという点では最初に言った通り主人公たちの2人は、もちろんの事ライバルとなるゲームクリエーター集団や2人のことを抹殺しようとする謎の組織などなど一癖も二癖もあるキャラクターが控えている。あえてこのキャラたちは説明をしないよ?君自身に読んで知ってもらいたいからね」

これは、説明が終わった後に全巻借りさせられるパターンだ。まあ、僕も文芸部に所属している以上読書が嫌いなわけでは無い。むしろ好きである。新しい物語を知るのは楽しいから構わない。

「次に内人君のサバイバル技術と創也の無駄な知識についてだ。サバイバル技術としては、わかりやすいのだと…簡単な車の壊し方かな」

「ちょっと待ってください」

思わず話を切ってしまった。

「ないだい後輩くん。ようやく面白くなってきたところだというのに」

「いや、簡単な車の壊し方ってどういうことですか?」

物理的に壊すのはだいぶ難しい。少なくとも鈍器がないと難しいだろう。それを簡単にってどういうことだ。話を切って当然だ。疑問を持って当然だ!

「確かに壊すのは難しいが、走らなくするだけなら簡単だ。ガソリンを入れる穴にスティックシュガーを入れるだけだよ」

「それで壊れるとは到底思えないんですけど…」

「なに簡単だよ。ガソリンは、モーターへと送られる。そして熱を持つよね。そこに砂糖が注がれれば熱を持って飴状になる。そして、飴がモーターにからまって焼き切れて動かなくなってしまうということだよ」

理論上は可能なのだろう。でも、使う場面なんて一生こなさそうだ。

「本当に物語の中でないと使う場面なんてこなさそうだよ。その点でいうと創也の知識もそうかな。後輩くん、瓶ジュースについてる王冠のあのギザギザの名前を知っているかい?」

「いや、知らないです。というか名前あったんですね」

「スカートという名前だそうだ。そして、数は21個と決まっているそうだ。確かにスカートのように見えないこともない」

これまたいつ使うかわからない知識だ。思わず顔をしかめてしまう。

「君がその顔をする理由はわかるよ」

そういうと先輩は笑い出した。

「話の流れ自体は、普通の子供が好むようなものなんだけど、キャラとこの知識たちが、彩りを加えていて計13巻も続いている。文庫本版も出ていて遂には漫画の連載も始まった。もはや、ただの児童文学ではなくなってきている。さぁどうだい?後輩くん。読む気にはなったかな?」

また目を輝かせてこちらを覗き込んでくる。どうせ、読む気がないといったところで押し付けてくるのは目に見えている話だ。先輩はそういう人だ。なら、断るのをやめたほうが身のためだ。

「わかりました。読みますよ」

「なんだいそんな嫌そうに」

「別にそんなんじゃないですよ。ちょうど読む本もなくなって図書館か本屋さんに行こうと思っていたところなので全然嫌じゃないですよ〜」

「本当かな〜」

先輩の悪い癖だ。人の顔を覗き込むのは。これでどきりとしない男がいるとでも思っているのだろうか。いや、基本的に本とかそういう類の物のことしか考えてない人だ。単に癖なのだろう。やれやれ困ったものだ。

外を見るともう日も暮れている。夏真っ盛りの頃と比べると全然日が短くなった。暦の上ではもう秋だ。年がら年中読書をしているのだけど、今年はまた違う読書の秋となりそうだ。

「さ、帰りましょうか先輩」

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