1話 都会のトム&ソーヤ(前半)
西日の傾きが大きくなった。図書室に差し込む光は、暖かさを内包していて僕の世界をオレンジに染めていった。
図書室とは、元来本を読む場所だ。図書室に限らず、図書館でも同じような状況だ。そのせいもあって基本的に静かな場所である。静かであることが普通の光景である。
しかし足音を立てて歩くことすら息をすることすら気を使うような静けさが、この部屋には漂っていた。唯一あるのは扇風機の回転する音のみ。
人がいないわけではない。寧ろ僕の他にいる唯一の人が、そうさせていた。
「目を見張るほどの黒髪。それが、すっと肩より少し下のあたりで切りそろえられている。メガネの奥から覗く細められ、真っ直ぐ手元の本へと注がれる視線に引き寄せられる。本を支える細く長い指は、台所仕事などしたことがなさそうだ。」
「人の心の中を勝手に捏造しないでください」
図書室に広がっていた沈黙は、その人自身の手によって破られた。
僕は、止めていた足を動かし、彼女の隣へと向かった。
「君がそんな入り口で呆けた様子で立っているから君の心を代弁してあげたんじゃないか。後輩君?」
「いや、一ミリたりとも先輩のおっしゃったようなことをは思っていないのでその辺のご理解をよろしくお願いします」
「つれないなー」
彼女は、むすっと顔をしかめる。
「仕方ないですよ。事実なんですから」
「傷つくなー」
「どこか棒読みな感じがするのですけれど?」
僕が、そう返すと彼女は誤魔化すように笑い始めた。
「一応図書室なので静かにお願いします」
「いやぁ、手厳しいな後輩くんは。どうせ誰も入って来やしないさ。少しくらい騒いだってかまやしないよ。どうせ図書室を利用しているのは我々くらいなもんだ。深刻な活字離れが叫ばれる昨今、わざわざ図書室まで本を借りに来る生徒がいるかい?答えは否だ。勉強するにしてもみんなクーラーのかかった自習室へと行ってしまう」
「この部屋、扇風機しかないですもんね。クーラーくらいつければいいのに」
まだ夏の暑さの拭えない9月の初め。現代人は未だに涼しさを求める時期だ。扇風機では物足りないだろう。
「別に我らが文芸部の部費で買えないこともないけれど、買うなら私が卒業した後にしてね。私、クーラー苦手だから」
クーラーは、涼しく過ごしやすい環境を作り出してくれる分にはいい。だが、丁度いいを作り出すのは難しく、季節感が違う状況を作り出してしまうことも多々ある。大人数の中で使用しているときなんて特にだ。暑がりの人がいて寒がりの人がいる。協調しあえなければ、不満が出て当たり前の状況ができる。やれやれ難しいものだ。
「クーラー買う部費があるのなら他のことに使いましょうよ。有効的に」
「それじゃあ、新しい本でも買うかい?」
「確かに有効的で魅力的ですけれど、もっと文芸部らしいことをしましょうよ!小説を書いたり!文集を出したり!」
「本を読んで知識を得ることも立派な文学だと思うけれど?書くことばかりにとらわれてはいけないさ」
「それはそうですけど…。先輩はそれでいいんですか?」
「別に構わないよ。君とこうして楽しくお話しする時間ができるのなら」
そう言い、こちらを向いて微笑みかけてきた。ずるいなと思う。そんな顔をされたら閉口するしかなくなってしまう。最初に言っていたように先輩は、自他共に認められるいわゆる美人と呼ばれる人種なのだから。
「そ、それより、先輩は何の本を読んでいたんですか?」
話を変えようと先輩の手の中にある本を利用した。他愛もない話にするつもりが、僕はすっかり忘れていた。本、というか物語の話になると先輩は止まらなくなるということを。案の定目を輝かせて身を乗り出してきた。
「よくぞ聞いてくれたよ後輩くん!」
机を挟んで身を乗り出すのならともかく隣の席に座っているのだ。鼻先がふれあいそうな、と言ってしまうと過度の表現だろう。でも、それほどの近くに顔が近づいた。思わずのけぞってしまうほどに。
僕の気持ちなんていざ知らず、先輩は、軽快に話し始めた
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