第24話 聞いてみよう

 気になった用件を処理した後、普通に倉庫街を通り抜けては、先日訪れた事務所に到着すると、先日とは打って変わり中へと案内され、案内された先の席には、の親方とその助手と思われる方が対面に位置する場所に座っていた。


「おはようございます。アーネストさん。昨晩はごちそうさまでした」

「来たか、嬢ちゃん」


 挨拶もそこそこに、その親方は腕を組みながら相変わらずの不愛想な表情をしており、助手の方はといえばチラリと親方の方を見たかと思えば「申し訳ございません」という風に愛想笑いを浮かべながら頭を下げていた。


「早速ですが、仕事に関してのお話の前に、確認したい事があります」

「はぁ」

「答えにくければ、何もおっしゃられなくて構いませんが…」

「嬢ちゃん、海人か?」

「はい?」

「親方、いきなり本題で聞かれなくても…」


 汗をかきながら、まるで中間管理職のような焦りを醸し出している助手の人とは全く異なり、質問を投げかけた方の親方といえば、視線は真剣その物であり、こちらを茶化すとかそういう代物でもなく、真を問うという風な、そんな視線をこちらに向けていた。


「違い‥ます…‥」


 そう言葉を告げたのだが、それでもこちらに対して視線を外さずに向けていた親方がむけるその視線からは、こちらも外してはいけないという気にさせてくれていた。が、しばらく見つめ合う格好になった後、親方はふと目をつむっては何かを考えるかの姿勢になりながら


「そうか…わかった…」


 と、ボソリとつぶやくように発していた。

 隣では「本当にすいません」という助手の人の謝罪をうけはしたが、親方の方は何かつっかえたものが取れたかの様なホッしたという印象で、その組んだ腕の中に顔を沈めていた。

 そうして、張り詰めた空気が緩んだ時、何故"海人"であるのかどうかを聞いてくるのか?という事が気にかかった。


「その、"海人"と問われるという事は、何かあるんでしょうか?」


 親方と助手の二人は、お互いが視線を投げかけていたが、親方が黙ったまま首肯し「かまわん」という態度を示した後、助手の方から説明がされ始めた。


「保護人種、というのをご存知でしょうか?」

「…言葉から察するに、保護されるべき人種、という事で?」

「はい、それであっています。海人族はその対象になっています」


「えーっと・・それはなぜに?」

「そうですね……数少ない海中において活動が行えれるという種族という点というのと、その・・・見た目からという事で狙われたりという事件が無いわけでもなく……それが過去にありまして、種族としての数というのも少なくなっているというのがありまして……」


「あぁ……人攫いとか人身売買的な?」

「ぶっちゃければそういうのもあります。ですが、我々の業種の立場として本音を言えば、作業内容が内容の為に実際には雇い入れたいという本心もあったりするのですが…、まぁ、そこはそれとして置いておきまして、それを表立って集める事が出来ない"理由"もあります。まぁ、その為、例えば"潜水作業者"と誤魔化して募集したりする格好になっていたりしています」

「ああ、それであの募集要項の追記事項なのですか」


「ええ」

「そこは、わかりました。で、その理由とは?」

「ここからは、少々こちらの落ち度的な話になりますが……」



 前置きが終わり、本題へと入ろうとした際、親方が「ゴホン…」と一つ咳払いをししては、「そろそろ、あいつ等の監督に行ってくる。見てなければ何をしでかすか分らんからな…」と、何かバツが悪そうに席を離れていった。

 助手の人は、苦笑しながらも「わかりました。説明が終わりましたら、そちらに案内します」「そうしてくれ」と、親方が出ていく姿を目で追っていた。



「えーっとですね、まぁ、親方はここにいるのにバツが悪くなっただけでしょう」

「はぁ」


「話を続けますと、アーネストさんが、その、見た目が海人の女性の特徴によく似ていた、というのもあるのですが、判断が付きにくいというのもあったのです。そんな折に「オカの奴らならアレで十分だ」と、確かめつつも断る理由づくりの為に、先日の様な手段を、親方が取った次第で‥‥アハハ」

「確かに、あの方法なら潜水が得意でない人では難しいですからね」


「ええ、まぁ。ところが、アーネストさんはあきらめるかと思えば、真っ先に海へと飛び込みますし、そうなってくると、海人の可能性が・・・と。そして、そうこうしていたら"ガーランに襲われている"と遠見の者から連絡を受けたりし、正直、"これは大変不味い"訳でして……。一応、この作業場の管理責任者という立場である親方が取った確認方法が、港湾内における魔物襲撃事故へ巻き込んだ。という。それも、もしかしたら”保護しなければならなかった海人に対して"……と」

「あぁ‥そうなると管理責任者としての落ち度という格好には、なりますね…」


「えぇ、結果的には、アーネストさんがガーランを仕留められた形になったので、一応は事なきを得てはいる恰好にはなっているのですが…‥もし、それで亡くなられてしまったら、それはもう……という事もあるのでしょう。それで、迷惑料・・・込みでの仕事の採用を行おうという話にはなったんです」



 そういう助手の方は、親方は基本的には良い人なのですが、たまにああいう暴走をする事はあり、その事についても親方自身も大変申し訳ないというお詫びの念を強めてしまったのと、元来の性格からかバツが悪いという心境になった為に、席を外されたのでしょうと、助手の方は頭を下げて説明をしていた。


 確かに、不手際が生じたことを公にしてしまえば、大きな問題にもなりかねないのは事実ではある。その黙殺の手段の一つとして手の内に取り入れておこうとしてる算段でもあるのかと推測はできるし、迷惑料は、いわゆる口止料といった所だろうか。


 こちらとしては特に困る様な事も無かったわけではあるし、逆にプラスの収益が入り込む結果に繋がったと、ポジティブな認識になっていた。やるとするなら、ちょっと釘を深めに差し込んでおくことかね



「そうですね、此方としては採用されつつも、給与が上がる・・・・・・理由には繋がったと思いますし、逆に有難かったかもしれませんね」

「……そ、そうですね。そう思って頂けるなら、こちらとしても助かります」


 とりあえずの話は理解し、少し流された状態ではあるものの当面の食い扶持は確保できそうだなと、ホッとしていたのだが、何かこう胸につかえるモノが……ん?アレ?いやまて、何かうまい事はぐらかされている様な……あ、そうだ



「そういえば、海人の人たちが何故保護対象になっているんですか?」


 そう聞いたとたん、険しい視線をこちらに向けてきており、言うべきか言わざるべきかというしかめた顔をしたと思えば、伝えるべきだろうと口を開いてくれた。



「海人の方は、その……狙われやすいというか…」

「狙われる…?人さらいか何かで?」

「とても言いにくい事なのですが、人攫い"だけ"ならまだマシですね」

「ん?人攫い以上の事が…?」


 何かすごく気まずいという雰囲気の中、助手の方はさらに言葉を続けてきた


「美薬として、収集されている人たちがいます」

「美薬…?」

「えぇ、ちょっとした昔からの根の葉もない伝承、迷信みたいなもので、その…海人の女性の肝を食した者は、若返るとか不老になるとか…‥」

「あぁ‥そういった…‥」


 その話の内容から察するに、まさかの人魚伝説的な物がここで出てくるとは思いもよらなかった。が、そうなる物があるとするなば、確かに保護されるとかいうのもわかる話ではある。


「ええ、その様な事は無いと迷信であるというのが通説になっているのですが、そういった物を追及する人という者が未だにおりまして‥‥‥その…薬を作るために……そういった裏話的な内容を広めないという意味もありまして……」

「あぁ‥‥いや、もう大体解りました。それ以上は結構です」



 静寂がその場を支配する。

 すごく重たい話になってしまい、空気が異様に冷たく感じてくる。



「ま、まぁ、このことはご内密に‥というか、表立って話すには、今の様な雰囲気になってしまいますし、逆にそうやって集めている場所に、そういう人たちが潜伏しているケースが過去にはありましたので……」


 助手の人はアハハハと乾いた笑いでこの場を何とかしようとしてくれている。


「そ、そうですね、肝に銘じておきます」

「あぁ、そうそう。私たちがそういった保護活動もしているのは、一応は公な部類の組織でもあります。その点に関してはご協力をお願います。また、そういった関係の事がありましたら連絡を頂ければ報奨金も出る事もあると思いますので」

「わ、わかりました。出来る範囲で協力はさせていただきます」



 報奨金を頂くために協力は惜しまない方が良いだろう、これで儲けが多くなれば御の字である。



「では、そろそろ行きましょうか、親方がしびれをきらして怒鳴り込んで来る前に」

「わかりました」



 そうお互いが告げた後、席を立っては事務所を後にした。



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