第5話 はじめてのおつかい

控えていた使用人が離れていってすぐ、別の使用人によって紅茶のような飲み物と焼き菓子が運ばれてきた。


使用人は一瞬戸惑った表情を見せた後、リプスを認識して丁寧に配膳を施す。


そして次にフレムを横目で確認し、残りの1セットを宿の主人の前に配膳しようとしたのだが、そこで主人の怒りに触れた。


「そちらの方も客人だ! 客人を差し置いて私に茶を出すなどどういうことだ!? それになぜ2セットしかない!!! そのような教育をだれに受けた!!!!」


この言葉に使用人は慌ててフレムに謝罪をすると、リプスと同じように丁寧に配膳を施し、そそくさと部屋から退散してしまった。


「客人の本質を見極めることもできない愚か者を遣わした私めを、どうかお許しください」


主人は即座にリプスとフレムに許しを請う。


…………宿の主人も今しがたフレムに対して同じことをしていたとは思うのだが、


主人の中ではそのようなことはすでになかったことになっているのだろう。


「そ、そんなに気を遣わないくても!」


とっさに口を開くフレムをやはりリプスが遮り、


「本質を見抜く……それはとても難しいことです。以後改善されるならば何の問題もありません。よって、先程も者にもどうか寛大な心で許して差し上げてください」


まるで羽毛が空からゆっくりと落ちてくるかのように穏やかな口調でリプスが主人に告げた。


「おお……なんという」


このリプスの反応に主人は驚き目を大きくした。


更には興奮からだろう、頬の血色がよくなっている。



――――落ちたな



どこからともなくそんな声が聞こえてくる気がする。


恐らくここでのリプスの地位は完全に確立された。


その確固たる地位はまさしく難攻不落の要塞に等しいだろう。


階級の低い者たちの権力者に対する接し方と、リプスのレオン達以外に対する扱い方が見事に合致した結果というわけだ。


流石にここまでトントン拍子で事が運んでいくとは、レオンも予想していなかったかもしれない。



そんな主人の様子をしり目に、リプスが優雅に飲み物を二口ほど口に含んだ時、



コンコン――



三度みたび部屋の中にノックの音がこだました。



「来たようですな。 入ってもらえ」


主人が扉に向かってそう告げると、主人の時のようにゆっくりと扉が開き、男が姿を現す。



「どうやら私に御用ということで……」


男は部屋の中の主人に軽く会釈をすると、その後やはりリプスを見て困惑の表情を浮かべた。


男の身長は高め、体格は少し細めではあるが芯は通っている印象を受ける。


姿勢は正しく、整えられたオールバックの頭髪に、整えられたあご鬚。


服装は派手ではないが、素材や仕立てがよく、この服を身に着けるものは、


周囲からワンランク上の人間と認識されるかもしれない。


歳は40半ばといったところだろうか。


いわゆるヤリ手……そんな印象を受ける男だ。



「よく来てくれた」


主人は未だにリプスを見たまま困惑の表情を浮かべるこの男を自身の横へと導き、着席させる。


主人はどこか誇らしげだ。



「こちらがお嬢様からご依頼のあった人物で……」


主人が紹介しようとした矢先、男は困惑の表情を即座に打ち切り、ずいッと前に出た。


「私の名前はミビタ……ミビタ・レブタリアと申します。お嬢様」


男の変化はフレムや主人が驚くほどだったのだが、やはりリプスはそんなことでは驚きはしない。


どうやらこのミビタという男、主人の”お嬢様”という言葉に反応したようだ。



「しまった!」



その時主人が何かを思い出したようで大きな声を上げる。


「し……失礼しました! 何分突然のことで、名乗っておりませんでした……私はウズウェル・ヒンデットと申します!」


「ありがとう。御二方共………覚えておきます」


リプスの返事に頭を下げることもそこそこに、


ウズウェルはミビタを横目でとらえながら、してやられた……そんな表情を浮かべた。


ミビタはそのウズウェルの様子であらかたのことを悟ったようだ。


この”お嬢様”に先に顔合わせをしていたウズウェルよりも自身の方が先に名前を名乗れたことについて、満足しているのだろう。


しかしそんな様子は微かに見せるにとどまり、今は涼しい表情でリプスを見つめている。


それに引き換え、ウズウェルは自身がしでかした根本的ともいえる失態を引きずり、顔が歪んでしまっていた。


よく言えば表裏のない……悪く言えば扱いやすい……そういう人物なのかもしれない。


「よろしければお嬢様のお名前を教えていただけないでしょうか? ウズウェル殿がここまでもてなされるお嬢様だ。よほどの名家とお見受けいたしますが?」


この問いにリプスが口を開く前に、我に返ったウズウェルはミビタへと向き直った。


「そのことについてなのだがね、お嬢様は訳があって名を名乗れないのだよ。そしてその訳のせいで、今はあのような格好をされている」


「それは……なんと言ってよろしいか……」


予想だにしない返答にミビタは再び困惑の表情を浮かべはしたのだが、すぐに切り替える。


「どうやらウズウェル殿とはお話がすんでいるようですね。ここで私が蒸し返しても仕方ありますまい。どうやら訳ありのようですし、内容は後ほどウズウェル殿に確認させていただくとして……私がここに呼ばれた理由をお話ししていただいてもよろしいでしょうか?」


「流石ミビタ殿は話が早い」


「資産は無限に増やせても、時間は増やすことはできませんから。省けるものは省く主義です」


「いやはや……恐れ入りますな」



――――ミビタ・レブタリア


資産の話が出たが、この男は商人である。


テネウロの町を活動拠点としているのだが、その資金力はグレオルグ王国でも10本の指に入るという莫大なものだ。


この成りあがる事がほぼ不可能に近いグレオルグ王国にもかかわらず、わずか一代、さらにはこの若さでここまで上り詰めた人物である。


他の商人達がお互いの利権の為に先代から扱っている商品以上の物には手を広げないのに対して、ミビタはお構いなしに手広く商売をしている。


その為、権力を持つ商人からはかなり良く思われていないが、莫大な税を王国に収めているために、


王国、更には貴族連中からは評判がよく、権力を持つ商人達は指をくわえて見ることしかできないのが現状である。



「ではお嬢様……」


ウズウェルはリプスに本題に入るように促す。


「ありがとう。では……」


リプスはカップを優雅に机の上に置くと、その美しい瞳でミビタをとらえた。


「おお……なんという……」


思わずミビタの口からそんな声が漏れたが、すぐに気を取り直す。


「単刀直入に言います……この町で買付けを行いたいのです」


「まぁ……そうでしょうな」


ミビタは完全に商売モードに切り替わったようだ。


前のめりになり、自身の膝の上に肘をつき、指を組む。


「それで? どういったものをご所望でしょうか?」


「食料、衣服、農具に工具、苗や種……」


「ほお……?」


どうやらリプスの口から出てきた言葉が意外だったようでミビタは少し驚いている。


「そして……薬類といったところでしょうか。どれも他の商品よりも高品質の物を望みます」


「ふむ……」


ミビタは少し考えるそぶりを見せた後、鞄から手帳を取り出すと中身に目を通しだした。


「私はてっきり高額な美術品や名だたる巨匠が作った調度品……そう言った物が欲しいとおっしゃられるのかと思っていたのですが……もしくは表立って取引できないような物……など」


ミビタの視線が手帳から外れリプスを見る。


「そう言った類のものは見飽きてますし、特に興味もありませんから必要はありませんね」


ミビタの探りと思われるこの質問を、リプスは素で返す。



自身程に特別な物などイヴぐらいしかいないだろし、


その存在は長年リリスの店で自身の正面に飾られていたのだ……


そりゃ興味もなければ見飽きもするだろう……



「見飽きたと来ましたか……ハハハ恐れ入りました」


ミビタは想像していなかった切り返しに思わず笑いだした。


「しかもどうやら本心のようだ。いやぁ本当に恐れ入る……仕入れた物は領地民に販売でもされるおつもりですか?」


「そうですね……そのようなところです。


最近生産性が落ちていますので、父上から改善せよとの御達しをあわせて頂いております」


「なるほど……わかりました。お嬢様がご所望の品、集められるように努力しましょう。私のような者に声をかけられたのです。”普通”に高品質の物を揃えたいわけではないのでしょう? それでいいのならば市場に行けば揃いますからね」


「そうですね。勿論、優れた”効果”が付与されている物を望んでいます。


数は……そうですね、農具に関して言えば最低でも100は欲しいです」


「100……ですか。なるほど……私が呼ばれるわけだ」


この100と言う数字にミビタは渋い表情になった。




――――――効果


リプスの言う効果とは”付与効果”のことである。


あの女性騎士達が装備していたネックレスに精神強化の補助魔法が付与されていたように、


ルクスでは様々な物に補助魔法が付与されている。


勿論何でもかんでも付与できるということではなく、物によって付与出来る魔法も違えば、


付与できる数なども違ってくる。


そして、付与できる数、付与できる魔法のレベルなどはその付与される物の質で決まる。


大鍛冶師グランドスミスなどが製作した物などであれば、


かなりの魔法に耐えることができるであろう。



レオンはこの事を村の人達から聞いていた。


そしてその話の中で、農具にも付与されている物が存在しているということも。


農具に付与されている物で最も有効なのはやはり、


疲労軽減や耐久性向上などの魔法を付与された物である。


更には使用者の筋力向上などの魔法を付与されている物まで存在する。


これらを使用することが出来れば、ネートル村の復興速度は数段上がると考えたのだ。



しかし、勿論そんな物が世間に溢れかえっているわけはなく、


そう言った道具は貴重であり、一部の権力を持ったもの向けにしか流通はしていない。


つまり、普通に店に行っただけでは買えないのだ。


そこで………どうやってそう言った物を取り扱っている者と近づくか……


人や情報が集まる場所は何処か?


酒場?


酒場と言う問題もよく起こりそうな場所に、リプスとフレムを行かせるのはどうか……


宿?


しかし、普通の宿では客なども普通の者達だろう。


では、どう言った宿ならば、そう言った者達と知り合えるだろうか?



――――――貴族用か



と、レオンが考えての今回のこの行動である。





「どうですか? 可能ですか?」


リプスは未だに眉間にシワを寄せているミビタに返答を促す。


しかし、ミビタはすぐには答えない。なかなかに難題なのだろう。


「…………それをいつまでにご所望でしょうか?」


「そうですね……長くても2日です」


「…………やはり御急ぎですな」


ミビタはこの返答は予測していたようだ。


リプスは少し小首をかしげて、更に返答を促す。



「わかりました……当てがないわけではありません。何とか致します」


そして遂にミビタの首が縦に振れた。


「よい返答が貰えて非常に満足いたしました」


リプスはミビタの返答に満足そうに頷き、再び飲み物に手を伸ばす。



「失礼ですが、中々に値は張りますが……大丈夫でしょうか?」


「そうですね。貴方からすれば一番大事なことですね」


その言葉を受けリプスは鞄から袋を取り出す。



ドサッ! ドサッ!!



そんな音を立てて机の上に置かれた袋のせいで、飲み物がカップの中で暴れる。


「勿論価格交渉は致しますが、問題ない量があると思いますが?」



それまで黙って聞いていたウズウェルの目はこの袋に夢中だ。


「中身を拝見させていただいても?」


しかし、それと対照的にミビタは冷静である。


「かまいません」


「では……」


リプスの了承を得て袋の開き、金貨を数枚取り出すと、ルーペなどを使って確認し始める。


そして、ひとしきり確認を終えると丁寧に袋に戻し、リプスに向き直った。



「確認させていただきました。


このミビタの名におきまして、期限内にお嬢様のご所望の品……必ずや揃えてみせます」



どうやらミビタの決心は固まったようだ。


「期待しています」


その決意を受け、リプスは堂々たる態度のままミビタとの契約をここに結んだのだった――――






「失礼いたします」


部屋の外から使用人の声をかけ、


「どうした?」


ウズウェルはその声に答える。


「仕立て屋が下に見えております」


「おお! そうか!!」


ウズウェルは立ち上がるとミビタを外に促す。


「どうされたのですか?」


「お嬢様に着替えをして頂くのですよ。あのような恰好ではあんまりでしょう? ですので私が呼んだのです。さぁ私達は退散いたしましょう」


「なるほど……それは確かに。あの美貌があのままでは台無しですからな」


ミビタも立ち上がり丁寧にリプスに向けてお辞儀をする。


「次にお会いする際のお嬢様のお姿、楽しみにしております。 では……」


そう言うとミビタは部屋から去っていった。


「では私も……服装の内容は伝えておきますので」


続いてウズウェルも部屋から去っていき、部屋の扉がゆっくりと閉じられ、足音が遠ざかっていく。






「…………生きた心地がしませんでした」


もうソファが汚れるかもなどと考える余裕はないようで、フレムはソファに突っ伏した。


「大丈夫ですか? 堂々としてれば問題ありませんよ」


「その……堂々ができないのですよ……」


ソファに顔をうずめたまましゃべったのでフレムの声はくぐもっている。


そんなフレムを見てリプスは肩をすくめてみせた。



「ああ……レオン様……リプスは頑張ってます! まずはうまくいきました!!


全てが成功した暁には沢山褒めてくださいね……キャーー」



リプスはどんな想像をしたのだろうか……


フレムと同じようにソファに突っ伏したのだが、


死人のように動かないフレムとは正反対にクッションを胸に抱きながらキャーキャーと悶えている。




リプスも言っているが……


テネウロの町へのはじめてのおつかいは……とりあえず順調そうである。



――――――――――――――

あとがき


お待たせしました。

最新話掲載できました。執筆速度はもうしばらくこんな感じだと思います……


そして、

現在開催されております、【第3回カクヨムWeb小説コンテスト】にて、

ルクスが最終選考に残りました!


応援してくださった読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございました。


応募総数3015作品中最終選考に残ったのは211作品でした。

この狭き門に残れて本当にうれしいです。


この後、各レーベルの編集の方々によって通過作品が読み込まれ、最終結果となるようです。


発表は5月ということで、読者の皆様にいい報告ができるといいなと願いつつ、


ソワソワしながら過ごします。

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