第4話 意馬心猿

細部まで作りこまれた扉がゆっくりと開く。


そこから顔を出したのは宿の主人だった。


そして主人は部屋の中央のソファに佇むリプスを見て何やら納得したようにうなずきながら、


「なるほど……そのような服装をされていても滲み出る風格といいましょうか、そういった物は隠せませんな。まるでそのソファはお嬢様のために用意していたと思わせる程です」


主人はリプスの向かいのソファへと腰掛ける。


「信じていただけましたか?」


リプスは対面に座った主人に少し微笑みながら問いかけた。


「ええ。正直に申し上げまして今のお嬢様を見るまでは半信半疑でして。場合によってはつまみ出すことも考えてはいたのですが、そんな私の考えは消し飛びましたよ」


「それはよかったです」


どうやら主人はリプスのことを貴族の娘であると認識したようである。


文字通り人知を超えたリプスから放たれる


”絶対者”


そのような雰囲気を感じ取ってしまえば、そう認識すること以外不可能なのは言うまでもない。


「そちらの御つきの方は……」


主人はリプスから目を外すと、同じようにソファに座っているフレムに対し、


リプスの時とは違う明らかに蔑んだ目を向ける。


どうやらソファに座るな……そういいたいようだ。


視線に気が付き立ち上がろうとするフレムをスッとリプスの手が遮る。


「彼女は私の古くからの世話係です。少し身体を悪くした時期があります……ですのでそのような目を彼女に向けないでいただけるとありがたいのですが?」


緩やかな言葉だ……しかしやはりこの言葉の後ろにも言い表すことのできない凄味が見え隠れする。


「そ……そうでしたか……それは失礼いたしました」


主人は無意識に額から滲み出た脂汗をハンカチで拭う。


謝罪を受け、どうやらリプスは満足したようで、その凄味は嘘のように消え失せてしまった。



この変化を不思議に思いながらも主人はリプスに向き直り話しかける。


「しかし、何故お嬢様はそのような……その……」


主人の視線はリプスの豊かな胸や完璧なスタイル……


ではなく、ボロと表現する以外不可能とも思える服をとらえていた。


リプスはその視線を追い、何を言いたいか理解してようで、


「ああ……この服装ですね? これは父上にこうせよと命じられましたので」


「お父上にですか?」


「ええ……このような恰好からでも人脈を作り出し、無事指定の品の買い付けを行ってみせよ……父上はそのように申されておりましたので」


「面白いお父上ですな……つまりお嬢様が一から人脈を作る力を見たいと?」


「そういうことなのだろうと私も認識しております」


「なるほど……」


主人はもう一度リプスを眺める。


「やはりよほど素晴らしい家のお嬢様とお見受けします。何でしょう……私のようなものはお嬢様に御力を貸すのが当たり前……いや……まるでそうすることが喜びだと思ってしまうような……なんなのでしょうな。うまく表現できませんが」



神を信仰する人にとって、神に対する奉仕とは喜びにあたる――――



レオンの力の影響で神と呼ばれる存在に踏み込んでいるリプスに対して、


この主人が感じた感覚はあながち大げさではないように思える。


「ですがあまりにも危険ではないでしょうか? お嬢様達2人で……さらにはそのような大金まで持ち歩くというのは……」


主人はリプスが見せた宿泊費を思い出しているようだ。


「それには心配は及びません。私がどういった過程を経て、この父上からの課題をこなすのかを見定めるのと同時に、私共を護衛する者が数人常に潜んでいると伝えられています」


「なんですと!? では……今も?」


「ええ。どこかでここの様子を探っていると思います」


「いやはや驚いた……」


主人はソファから立ちあがり窓の外を眺めてみるがそのような人影は見えない。


それはそうだろう。リプスが護衛でフレムが護衛対象なのだから。


しかしそんなことを知らない主人はこの人影がないということを、腕の立つ者たちが控えていると誤認したようだ。


「ひょんな出会いではありましたが、私は驚くような方のご息女とこうしてお話ししているのかもしれませんな? このような奇抜な課題をご息女に出される方……ウィンドルフ公爵……いや、まさかレーフメル大公なんてことも!? いや……国外もありうるか……」


主人は妄想が膨らむようで、それにつられて鼻息が荒くなる。


「どうか……ご詮索はそのくらいに……」


「おお……そうでしたな……つい……失礼しました」


主人はリプスの穏やかな声に、膨らむ妄想に終止符をうったようだ。


「では……改めまして、お嬢様」


主人は気を取り直し、リプスを正面に捉え跪く。


「微力ではございますが、私共がご滞在中のお世話をさせていただきます。不便に思うことなどありましたら何なりと申し付け下さい」


主人はリプスを名立たる貴族の令嬢だと完全に認めたようだ。


「無理な押しかけにもこのように答えていただき、私は感銘を受けました。貴方に感謝を」


さすがリプスというところだろう。創造主より与えられた知識により、


”上に立つ者とはこうあるべき”


そんなお手本のような態度で主人に接するので、敬意を現した主人も自身の扱われ方に満足そうである。



しかし……その隅でフレムは嘘がばれやしないかと冷や汗をかいていたのだが、


リプスの圧倒的ともいえる存在感の前ではそのような些細なことなど、主人は気にも留めなかった。



「すこし前置きが長くなってしまいましたな……オイ!」


主人が扉に向かって叫ぶ。


「はい」


扉の外から女性の声がする。おそらく使用人が控えていたのだろう。


「下で待たせている者をこの部屋におつれしろ。それと……」


主人は扉からリプス達へと視線を戻す。


「なにか?」


リプスは主人に問いかけるが主人はリプスをあえて無視し、


「それと、仕立て屋を大至急呼びこの部屋に通してくれ」


「かしこまりました」


主人からの命令を受け、扉の外の足音は遠ざかっていった。


「流石にお父上もこの状況になればそのような服……を着ている意味はないと思ってくださるでしょう? すぐに手配しますので、ぜひ相応の物へお着替えください」


この提案にリプスとフレムは見つめ合う。


そしてリプスが口を開いた。


「あまり目立つ格好をすると買い付けに影響が出るのではないかと……」


しかし主人はこの答えを予想していたようで、


「大丈夫です。よくいる貴族程度には抑えるように伝えるつもりです。それに、そのような格好ではまともに買い付けを行うことなどできますまい。行く先々の店の主人ともこのやり取りを繰り返すのですかな? ある程度の恰好をしていないと相手にもされないでしょう。本来は……うちもそうなのですがね」


主人はうれしそうに笑う。


これはおそらくだが、金の卵リプスが自分の下に最初に舞い込んできたという幸運を噛み締めての笑いだろう。


主人の言っていることももっともだが、みすぼらしい恰好をしていた者を権力者と見抜いて恩を売った場合と、


元々権力者だとわかっている状態から売った恩ではやはり印象が大きく違う。


ここでリプスを貴族のご息女まで外見を持ち上げておけば、


リプスの中で、この後に遭遇する人物の印象はすべて薄まるだろうとの算段だ。


中々に考えが回る主人のようだが、金の卵リプスではない……


そこを見抜くということなど不可能だが、この主人には宿泊費以上のリターンは見込めないので、


この笑いの後ろに膨らんでいる妄想は……妄想のまま……


「では……お言葉に甘えましょうか……ね?」


「え……!? 私もでしょうか?」


リプスにふられ、フレムは取り乱す。


「勿論、世話役のあなただってそんな恰好のまま仕事をしてはお嬢様に失礼でしょう」


「服の件、2人分お任せします」


リプスは主人の提案に乗るようだ。


「確かに承りました! お任せください!!」


いくらご息女付とは言え使用人に対してまでもこの振る舞い……


主人の妄想はいったいどこまで飛躍していったのだろうか?


その答えを知っているのは、必死に隠そうとしている笑みが抑えられず、


ひどい顔を2人に晒している、この主人ただ一人である――――――



――――――――――

あとがき


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