第6話 目利き

朝靄が徐々に晴れていくにしたがって、肌寒さを少し感じていた気温も徐々に穏やかなものへと変化していく。


そんな朝特有の雰囲気がテネウロの町を満たしていく中で……


ただ一か所、まるでここだけ時間軸が違うのではないかと錯覚させるほどの人の往来と、


様々な場所からその人の往来に向かって大声が投げかけられている場所があった。


そう、テネウロの町の大通り沿いに軒を連ねる、朝市の露店の主人たちの掛け声と、


その朝市目当てにやってきた人の活気である。



「ついさっきまで生きてたレッドアイプラネスだ! 煮てよし! 焼いてよし!! どんな調理法にもピッタリ合うよ!!! 今日は豊猟だ! 安くしとくよ、ぜひ覗いて行っとくれ!!」

「乾物に干物は必要ないかい? 長期保存にうってつけだけじゃ~ない! うちのは味もいいよ!! お? どうだい! そこの旦那!! 一つ、つまんでみな」

「丈夫な革製品をご所望なら是非うちに! ここにない物でもご要望をいただければ最短納期でおつくりしますよ~~!!!」


様々な商品の名前があちらこちらから聞こえてくる。

テネウロの朝市は食品に限らず、ありとあらゆる商人が集まるのでこのような状態になっている。


”ここに来れば大抵の物は揃う”


グレオルグ王国において、ここテネウロはそういう場所なのだ。



しかし、そんな活気あふれるこの場所で異質な声が朝市の入り口付近から上がり始めた。


一瞬悲鳴かと思われもしたが、どうやら違うようだ。


これは所謂


”黄色い悲鳴”


そう呼ばれる部類の物に思われる。


それと同時にため息にも似たうっとりとした声もあちこちから聞こえ始めた。



そんな異質な声を生み出している発生源は……やはりリプスであった。


その姿はあの黒髪の状態ではあるのだが、今日は服装が違った。


ウズウェルが手配した服を着ている為、誰がどう見ても間違いなく一般人ではない。



一般的に、洋服が着ている人を引き立てる……そんな言葉を聞いたことがあるかもしれないが、


今回の場合は完全に真逆で、リプスによって着ている服が何倍にも引き立てられている……


服自体は一般的な貴族が好んでよく着るデザインで、装飾品なども一般的な部類になる物なはずなのだが、


この服を着ているリプスから受ける印象は、完全に”一国の姫君”だ……



そのせいでリプスが通った後には、黄色い悲鳴やため息にも似たうっとりとした声が朝市を包んでいくのである……





「一般的な貴族の物にすると言っていましたのに……この周囲の騒ぎよう……

ウズウェルと言いましたね? 仕立て屋に伝え間違えているのではないでしょうか? これでは買い付けに影響が出かねません……」


どうやらリプスは少々ご立腹のようだ。


それはそうだろう。レオンから任された大事なおつかいが失敗に終わることは、


リプスにとって、この世に【アポカリプス】として生を受けて以来の大問題となるはずだから。



「その服や装飾品は確かに一般的な物だと思いますよ……私が昔買い付けの時などで見かけた貴族の服装と同等な印象は受けますから……」


リプスの隣を歩いているフレムが声をかける。


そんなフレムの服装も、使用人用と思われる服装に代わっていた。


しかし、仕立ては悪くないようで、位の高い者につく使用人用の服装であることは明白だ。


「そうなのですか? ではなんでこんなにも注目を浴びるのでしょうか??」


リプスは左手の薬指を唇に当てながら小首をかしげている。


「本当にわからないのですか……?」


そんなリプスにフレムは問いかける。


「理由がお分かりになるの? ハッ!? もしかして変身が完璧ではないのですか!!??」


リプスは慌てて自身の耳に触れてみたり、長い髪を目に前に持ってきて色を確認したりと慌ただしく動き始める。


「…………本当にわかってないのですね……なんと言っていいか……」


フレムはリプスを見ながら、諦めともとれる笑みを浮かべるのだった。


「もう……意外と意地悪なんですね! わかっているなら素直に教えてくださればいいのに……いえ! やっぱりいいです!! こんなことに気が付けないようでは私の成長ぶりをご報告できません。自分で気が付いて見せます!!」


「…………頑張ってくださいね」


フレムは目をつぶりヤレヤレと首を振るしかないようだ。




「なんの騒ぎかと思いましたが……なるほど……人が騒ぐわけだ……」


そんな二人に声をかける人物が現れた。


「確か……ミビタ殿……でしたね」


声を掛けられたほうに顔を向けたリプスが、その人物の名前を呼ぶ。


「覚えていただけて光栄です。お嬢様……後、ミビタで結構です」


「そうですか? では以後そうします」


「昨晩のその……あのような姿でも大変お美しいとは思いましたが、いやはや……」


ミビタはリプスの全身を眺めて唸る。


「やはりどこかおかしいのでしょうか?」


ミビタにまでその様な事を言われ、リプスは再び体をひねりながら自身を見渡す。


「おかしいなどと……よくお似合い……は、お嬢様の場合失礼に当たりますかな? そのような一般的な貴族の衣服が似合うというのは誉め言葉にはなりますまい」


ミビタは少し考え、


「お嬢様は何をお召しになられましても、輝きを放たれていますよ」


そういいながらニヒルな笑みをリプスに向ける。


「うひぃ……」


そんなやり取りを見ていたフレムは思わずそんな声を出しながら、ミビタにわからないように顔を引きつらせる。


おそらくこの歯が浮くような台詞は、田舎育ちのフレムには刺激が強すぎるのだろう……


しかし、貴族などの令嬢に対しての場合、こう言った台詞は非常に有効だ。


実際ミビタも貴族の令嬢や婦人相手に似たような台詞をはいてご機嫌取りに成功し、


様々な商談を有利に進めている。


「そうですか。それなら安心しました」


だが、リプスには全く効果はない。


レベルを下げたこの姿を褒められても特にうれしくもないうえに、


史上最高にて最強……絶対的! 不変的!!……所有者あいするひと――――


リプスにとってそんな存在であるレオン以外にその様な台詞をはかれても、


他の”物”の立っている位置が違いすぎて、気持ち悪いといった感情すら現れないのだ。



「え? え……ええ……」


ミビタは自身の予想した反応のどれにも当たらなかったのだろう……戸惑いを隠せないでいる。


「ミビタ……はこちらに何をしに?」


そんな様子も興味のないリプスはミビタに声をかける。


「も、勿論買い付けですよ。 昨日まであった露店が商品を売り切り、商売を終え、新しい露店が店をだす。ここは日々商品が入れ替わりますからね。毎日見ておかないと値打ち品などを買い逃す恐れがあるのです。お嬢様こそこちらには何をしに? 買い付けならば私にお任せしていただいて構いませんが?」


「私達も勿論買い付けです。依頼するまでもない所謂普通の商品を仕入れたくて。それに、すべて人任せにしては父上に顔向けできませんので」


「そういうことですか……なるほど。ではご所望の品を教えていただければ、いい店の場所を教えましょう。その後の買い付けには一切口を挟みませんので。どうです?」


リプスは少し考えると、


「そうですね……見たい商品も多いですし、時間は有効に使うべきです。ではお願いします。今探していたのは収穫物を入れる為の籠です」


提案に乗ることに決めたようだ。


「籠……ですか。となると……こちらに腕のいい者がいます。ご案内しましょう」


ミビタに先導されリプスとフレムは朝市の奥へと歩みを進めていく。




「流石ミビタだ……やはり今の令嬢にも顔を通しているらしい」

「あれはどこぞやの姫君なのか?」

「勿論そうだろう……あんな雰囲気をその辺の貴族に出されてたまるものか……」

「あの男はいったいどこまで行けば気が済むのか……」

「…………まったくだ」


三人が見えなくなるとそんな声がチラチラ混ざりながら、朝市の入り口付近はいつもの活気を取り戻していった。






「こちらです」


勝手に開けていく人込みをしばらく歩いていくと、一軒の籠屋についた。


ここがミビタのおすすめの店のようだ。


「使用している材質、技術共に申し分ないかと」


そういうとミビタは籠を一つ手に取り、リプスに渡す。


「……………………」


リプスは無言で籠を見つめ続けるのだが、その無言の時間が思いのほか長い。


「………………い、いかがですか?」


このリプスの変化にミビタは勿論のこと、ミビタと顔馴染みなのだろう。


店の主人もミビタを見て笑みをこぼしていたのだが、その表情から徐々に笑顔が消えていく。



「これがミビタのおすすめなのですか?」


リプスの表情はどこか冷たい。


「そ……そうなりますが」


「そうですか……残念です。この籠……そこまでいい素材でもなければ、技術も疎かです。そのせいで耐久度もいいほうではありませんね」


リプスはつまらなそうに籠を元の場所に戻した。


この様子にミビタは取り乱し、籠を手に取ると、胸元からルーペを取りだし籠を確認する。


よく見ればルーペには魔法陣が刻まれていた。


恐らくは何かしらの効果が付与されたアイテムなのだろう。


「…………た、確かに、お嬢様のおっしゃる通りだ……どういうことだ主人!?」


ミビタは自身の目利きに泥を塗るこの事態に怒りを隠そうともしない。


「ひぃ!? そ……それが……実は半月ほど前から職人が逃げてしまって……素材の仕入れ先も技術も職人任せだったもので……それ以降は……ごまかして」


この返答にミビタの怒りは頂点に達したようだ。


「貴様……二度とこの界隈で商売ができないと思え」


低く唸るようなこの声に、籠屋の主人は縮み上がってしまった。



「お嬢様……大変申し訳ありま……お嬢様?」


ミビタが振り向くとそこにリプスの姿はない。


「いったいどこに?」


ミビタがあたりを見渡すと、どちらかというとみすぼらしい店の前でリプスが籠を眺めていた。


「お嬢様……こちらでしたか……」


リプスのもとにミビタが駆け寄るが、リプスは気にも留めない。



「素材……技術……耐久度……申し分ありませんね。 ご主人、この籠をあるだけ買います。後ほどで構いません、この宿に届けてくださいますか?」


「へ!? うちの籠でいいんですか!!??」


「ええ、立派な籠だと思います。是非買わせてください」


「ああ! ありがとうございます!!!」


主人は商品が完売するなど思ってもなかったようで、喜びを隠そうともしない。


「し……失礼!!」


ミビタはたまらずこの店の籠をとると、やはりルーペでくまなく確認する。


「これは……確かに……」


ミビタはあっけにとられた表情でリプスを見る。



「お……お嬢様……まさかとは思いますが……鑑定の魔法が使えるのですか?」


「ええ。この街に入ってから常に使っておりますが?」


「つ、常に!?」


ミビタの顔がまるで、頭をハンマーで殴られたような表情に変わる。


「なんという才能……いえ……だからこそ父上がお嬢様に買い付けを任されたのか……」


ミビタの中で何やら勝手に線がつながっていっているのだろう。




「次はあちらの店を見てみましょうか? 行きましょう」


「はい」


リプスの後をフレムが追う。


しかしミビタはもうリプスの後を追うことはしなかった。



「………………な」



低い声で呟くその声は、誰の耳にも届きはしない……

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