第3話 訳ありの権力者

周囲を包み込むさわやかな香り――


香りの出どころは部屋に置かれた細かな細工が施された香炉から立ち上る煙のおかげだ。


部屋にはこの香炉をはじめ、数多くの調度品があるのだが、


どれも煌びやかで、丁寧な細工が施されていることを見ても、


高級品の部類なのは言うまでもない。


部屋の広さは中々の物で、


これならば所謂貴族階級の人間からも合格点をもらえるのかもしれない。


そして家具などの配置から見て、どうやらここは宿のようだ。



そんな高級な雰囲気の部屋の中に似つかわしくない風貌の者が2人……


そう、”あの”女性2人である。


痩せた女性が落ち着きなくオドオドしながら、


部屋の中に視線を巡らせているのに対して、


黒髪の女性は部屋の中央に配置されていた立派なソファに行儀よく鎮座していた。


服装は相変わらずなのだが、なぜかこの黒髪の女性からは、痩せた女性とは違って、


ここに座ることが当然であり、この部屋の主人だと思えるのだから、


ひどく滑稽である。



「疲れたでしょう? 座って少し休みましょう?」


黒髪の女性は痩せた女性に声をかける。


「い……いえ……なんというか、こんな立派な物に……こんな服装で座ってしまって万が一汚してしまったらと思うと恐ろしくて……」


痩せた女性は全力で首を左右に振る。


「そんなこと気にしなくても大丈夫ですよ。それに仮にそうなってしまっても文句など言わせませんし、必要であれば金銭を渡せば済むでしょう?」


黒髪の女性の態度は明らかにさびれた村の娘……そうではないのは明白である。


「で……ですけど……」


「つべこべ言わず、さあ」


黒髪の女性は立ち上がると痩せた女性の後ろに回り込み、やさしく背中を押すと、


痩せた女性をそのまま反対側のソファへと促し、座らせた。


「まぁ……なんて座り心地のいい……」


座ることを拒絶していた痩せた女性もひとたび腰を下ろしてしまうとやはり疲れていたようで、


座り心地のいいソファの誘惑には勝てずに体を預け、うっとりと目を閉じる。


この様子に黒髪の女性は満足したようで、自分が元いた場所に腰掛ける直前に



パチンッ―――――――



と指をならした。


すると黒髪の女性の頭上に全身がすっぽり収まるほどの魔法陣が展開し、


頭上から足先を目掛けゆっくりと降りていく。


黒髪の女性がソファに腰掛けるのと同時に足先へと到達した魔法陣は、


そのまま静かに消滅した。



「ん~~!」



黒髪の女性が両手を大きく上げ、ゆっくりと伸びを……


いや、その姿は黒髪ではなかった……


「長い付き合いというわけではないけど、やっぱり見慣れている分そちらの方がいいわね」


痩せた女性が少し微笑む。


頭巾を外し、フルフルと首を振りながら揺れるその美しい白い髪は、


毛先に行くにつれてほんのりと赤く染まりとても幻想的で、


「そうですか?」


フフッっと微笑む女性が髪をかきあげると、長く尖った耳の全体がみえた。


「うちの村に男性がいなかったからそこまで騒がれていないけど、リプスさんもイヴさんもものすごく美人さんだから、今の姿を見たら村の男性はさぞ騒いだでしょうね。でも、さっきまでの黒髪の姿もよっぽどだからもう少し手加減してもよかったんじゃないかしら? 兵士さんも騒いでたでしょう?」


「私としてはかなり抑えたつもりなんですが……アレ以下となると私は耐えられないと思います……レオン様の所有物として失礼に当たると思いますので」


そう……黒髪の女性は魔法によって姿を変えたリプスだった。


どうやら”人間種至高主義”のこの国で騒ぎにならないように姿を変えていたようだ。


そして、もう1人の女性はフレムである。


「フフッ。あんな美人さんに変身しても”アレ”呼ばわりなんて、言う人が違えば苛立ちもするでしょけど、リプスさんが言うとそう聞こえないんだから面白いわね」


フレムはリプスをみて笑っている。


「本当ですよ? レオン様の所有物として常に美しくありたいと思っているんです」


リプスは少し頬を膨らませてフレムに告げる。


しかし、本気で怒っているわけではないというのは誰の目からも明らかで、


あの洞窟での惨状を目にしても何も思わなかったリプスが、


レオン以外にこのような表情を見せるということは、凄まじい変化だ。


これが3人で抱擁したことで起きた変化だということは間違いない。


「ごめんなさい。リプスさんが冗談で言っているなんて思ってないのよ?」


そんなリプスをみてフレムもやはり柔らかく微笑む。


「3人ともすごく仲がよさそうだけれど、知り合って長いの?」


フレムのこの問いかけにリプスは少し寂しそうな顔をする。


「いいえ。私とイヴはレオン様のことをずっと見ていたのですけど、レオン様が私たち2人を認識してくださったのはごく最近のことなんです」


「まぁ!?」


リプスの言葉にフレムはひどく驚く。


「こんな美人さんを認識しないなんて……レオンさんは罪な人ね。まぁレオンさんもかなりだから周囲の女性がほっとかなかったのかしら?」


「フフッ……そうかもしれませんね」


リプスはフレムにそう切り返す。


レオンの想いをくみ取っているのだろう。


「そうなの……でもよかったわ。2人がレオンさんの側にいてくれるようになって……」


フレムはほっと胸を撫で下ろすのだが、


その意外な反応にリプスはフレムに問いかけた。


「なぜそう思われるんです?」


「レオンさんね……


時折ものすごく……なんていうか……虚無……そんな表情をしてる時があるでしょ? まるで心の中に埋まることのない大穴を抱えてるみたいに……」


リプスの表情がすっと真剣なものに切り替わった。


「一緒にしたら怒られるかもしれないけど、預かってる子供達もそんな表情を見せる時があるから……どうしても気になってしまって。でもね……そんなレオンさんも2人が側にいるときはすごく楽しそうに……まるでその大穴が埋まったみたいに笑うから」


フレムはリプスを見据える。


「2人がレオンさんの側にいてくれるようになったんだとしたら、レオンさん……きっと大丈夫だろうって思えたから」


フレムは満面の笑顔をリプスに向けた。


その笑顔はとても暖かく、深い慈愛に満ち溢れている。


リプスの胸に、どうやらこのフレムの笑顔は届いたようだ。


「レオン様のこと……こんなにも思ってくださるのですね。深くお礼申し上げます」


リプスはすっと頭を下げる。


「そんな! お礼を言うのはこっちの方よ。こんなにもよくしてもらって……ありがとう」


フレムはリプスの側により両手をぎゅっと握り、


それを受けたリプスも微笑みを返しながら握り返した。




やっとこの部屋にも慣れ落ち着きを取り戻してきたフレムがリプスに問いかける。


「こんないい部屋に泊まってしまってよかったのかしら? 宿泊費……かかると思うのだけど」


「大丈夫ですよ。出発前にレオン様にこうするようにと指示を頂いておりますし、滞在費も村にお渡しした分とは別に頂いておりますので」


「そんなことが……じゃあこんな身なりでこの部屋に泊まれるように考えてくれたのも?」


「ええ、レオン様が大体こうすれば行けるだろうと考えてくださっていたので、私はそれにそって行動したまでです。勿論このような部屋に宿泊する意味もレオン様より説明を受けています」


「レオンさん頭がすごく切れる方なのね」


フレムはいたく感心している。


「はい! 私達の自慢の所有者様ですから」


満面の笑みで答えるリプスはフレムの言葉にご満悦のようだ。




なぜ2人はこんな格好だったのか?


それは勿論必要以上に目立つことを避けたためだ。


町への道中にしても町の中でもリプスのあの装備のままでは目を引きすぎる。


フレムも連れているため、


できることならば何事もなくテネウロへとたどり着きたかったからだ。



そしてこの宿だが、やはりこの町にやってきた貴族用の宿である。


リプスはまずこの町で一番いい宿を町の住人に聞き、この宿の前までやってきた。


勿論こんな服装なので、


表に立っていた警備と思われる人物に門前払いをされかけた。


そこでリプスはすかさず頭巾を取り”責任者にお会いしたい”そう切り出したのだ。


くたびれた服装から突如現れる姫とも思える容姿の女性。


この思いもよらないギャップに警備も度肝を抜かれ、


思わず”そこで待て”と宿内へと姿を消した。


レオンの入れ知恵ではここが成功すれば、


全体の60%程は成功したと言えるだろうとみていた。


そして姿を現した責任者は少し小太りの男だった。


リプスの黒髪での容姿をみて、


とりあえず中へと促され裏口へと通されたリプスはこの男に


”家の名は明かせないのですが、この町での買い付けを言い渡されました。無事に勤め上げ、家に戻りましたら父上にこの宿のことをしっかりと売り込みますから力を御貸しください”


この言葉と同時にすかさずレオンから預かった滞在費の一部を見せると、


男はすぐに2人をこの部屋へと通したのである。


この国では、


権力を持つ者を匂わせるとそれに飛びつく輩が多いのだろうということを、


レオンはあのバロック卿とその側にいた女性騎士や兵士達をみて感じたらしい。


そこで



”訳ありの権力者”



この恩を売り、後に成り上がるためにはうってつけの餌に、


ここの宿の主人はまんまとのってきたのである。


レオンの読みは正しかったというわけだ。


もともと切れ者ではあったレオンだが、


日々進歩し、現実を思わせもするゲームを”あの”性格でこなしていった恩恵はあるようだ。


こんな部屋に2人を宿泊させた意味。


リプスがいるので問題ないとレオンは考えてはいただろうが、1つは勿論防犯面。


フレムも側にいる以上、道中でもそうだったように、できる限り無用な危険から遠ざけたいのだろう。


それにリプスの外見は本来エルフである。


完全個室のような空間を必要とする場合もあるだろうと考えてのことだ。



リプスのいいようでは、レオンはまだ何か考えているそうなのだが……




コンコン――



「失礼いたします。ご依頼いただいておりました人物を連れてきました。入ってもよろしいでしょうか?」


2人の部屋に響くノックと共にそんな声が聞こえてくる。


「少しお待ちを……」


リプスが魔法を詠唱すると、あの魔法陣が頭上に現れ、リプスは再びあの黒髪の姿へと変わった。


フレムと目を合わせうなずき合うと


「どうぞ」


リプスは扉に向かって声をかけるのだった。





―――――――――――――――

あとがき

【第3回カクヨムWeb小説コンテスト】

読者選考期間に応援してくださいました読者の皆様。

本当にありがとうございました。

期間中に異世界ファンタジー部門の週間ランキングにて10位に入るという大変うれしいことがありました。

そのおかげでカクヨム運営様のTwitterにてルクスを記載したtweetを見ることができました。

読者の皆様の応援のおかげです。

もう一度、本当にありがとうございました。

最終選考に残れるかはわかりませんが、読者の皆様から応援してもらえたことを胸にこれからも執筆をつづけていきます。


中々多忙で更新速度が落ちている現状ですが、何卒ご容赦ください。

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