第2話 遠ざかる叫び声

「ち……違う! 知らない!! 俺はこの荷物を運ぶように頼まれただけで!!」


「そんな言い訳が通るか! 構わん連れていけ!!」


「本当だ! 頼む……話を!! ガッ!!!」


「黙れ!」


叫んでいた男は兵士の一人に後頭部を殴られ静かになった。


そして、そのまま門の側にある鉄格子でできた扉の向こうへと、


両脇を左右から兵士に抱えられた状態でずるずると引きずられながら消えていった。



どうやらテネウロの町の検問は厳しい部類に入るようだ。


門の前には数多くの兵士達が配置されており、


問題無しとして町に入る許可を出されるまでに数多くの兵士達により、


二重、三重のチェックが行われている。


そして、連れていかれた男は


二重チェックの際に馬車の座席部分の下にある空洞を見破られ、


中から小包のような物が姿を現した。


当初涼しい表情を浮かべていた男だったが、その表情がどんどんと曇り、


小包が開封され始めた途端、先ほどのように叫び始めた……というわけだ。



「またか……」


「最近さらに多くなってきたな」


「あの男は何か知っていると思うか?」


「恐らくハズレだろう。今までの奴と同じで金で雇われた運び屋さ」


「そうだろうな」


「それにしても今回のは更にお粗末だったな。あそこに使われたいる釘だけ新品だとは」


「確かにな」



兵士達は小包の中身を確認しながら煮え切らない表情をお互いに向け合った。


中身はどうやら丸薬のようだ。


禁止薬物――


大方そんな所なのだろう。



「処理班に回しておけ。 いつも通り処理が終わるまで個数なども厳重に管理しろ」


「ああ。わかってる」


そう言うと兵士は鍵付きの箱にその丸薬をしまい込んだ後、


数人の兵士を引き連れて町の中へと消えていった。


「よし……次!!」


兵士の号令で何事もなかったかのように検問が再開され、


それに伴ってテネウロの町の前に出来た人の列は徐々に少なくなっていく。



「次!」


そして、女性達の順番が回ってきたようだ。


2人は兵士達にわからないように秘かにアイコンタクトをとると、


ゆっくりと荷馬車を前に進めた。



兵士の一人が2人のもとに歩み寄り、数人が荷馬車のチェックを開始する。


「女2人だけか?」


「ええ……」


痩せた女性が兵士の問いに答えた。


「荷馬車は空です!」


後方の兵士の1人はそう叫ぶと次は細部のチェックへと移行したようだ。


「積荷は無し……と。テネウロには何をしに来た?」


「村で必要な食料や衣服、薬草などを購入するためです」


「なるほど」


兵士は話を聞きながらチェックリストのようなものに記入を行っている。


「大きい部類の荷馬車だが、それほど買い込むつもりで来たのか?」


「いえ……村で使用できる荷馬車が今はこれだけしかありませんでしたので」


「ふむ……」


兵士は2人の女性を交互に見つめる。


「確かに……これいっぱいに買い込むつもりで来たならば、女2人だけではアレだな」


どうやら兵士は納得したようだ。


確この荷馬車をいっぱいにするつもりならば、女性2人だけというのは、力不足だ。


積み込む際にしても……勿論、自衛という面でも……



「しかし、それにしてもこのサイズの荷馬車を、馬1匹で引かせるというのは言うのは少々無茶が……」


そう言いながら兵士が馬に触れようとした時、



「馬には御手を触れませんよう……」



黒髪の女性が初めて口を開いた。


透き通るようなその声に、兵士の手は惰性で馬に触ってしまうこともなく、


その場でピタリと停止する。


「な、なぜだ?」


兵士は自分が即座に停止したことにいささか驚いているようだ。



「見た目は大人しそうに見えるかもしれませんが……気性が荒い子でして。むやみに触れて、御怪我をさせてしまっては大変です……」


「そ……そうなのか……」


兵士は馬に伸びた手をそっと下げた。


黒髪の女性が放った言葉は、口調などから柔らかな印象は受けるのだが、


その背後に……


”抗うことが一切許されない”


そんな絶対的な物を感じてしまうのはなぜだろうか……



しかしそんな印象も、黒髪の女性が兵士から視線を逸らすと、


嘘のように消え失せた。


兵士は自身に起こる心境の極端な変化に戸惑いを隠せないようではあるのだが、


その原因が何なのかを特定できないようで、気を取り直し検問を継続する。


そして、今度は黒髪の女性が身に着けている頭巾が気になったようだ。



「そちらの女、頭巾を外し素顔を確認させてもらいたい」


「素顔ですか……?」


「ああ……手配中の者などもいるのでな。全ての者の顔は確認させてもらっている」


「そうですか……それならば致し方ありませんね」


黒髪の女性はそう呟くと渋々と頭巾に手をかけ、その素顔を晒す。



「なッ!」



その言葉を最後に兵士の時が停止した。


夜の香りを含みながら、丘の上から吹き下ろしてきた風は、


頭巾という抑えを失った女性の艶やかで美しい黒髪をやさしくなびかせる。


そして、風は夜の香りを捨て、美しい黒髪から香り立つ、


花や甘い蜜を思わせるような、


豊かな香りをその身にまとい周囲に吹き抜けていった。



兵士達を含む周囲の人間が、この豊かな香りに興味を持ち始めたころ、


「もうよろしいでしょうか?」


黒髪の女性は固まった兵士へとやさしく語り掛ける。


「え? ……あ……ああ……いいぞ」


もぬけの殻のようになってしまった兵士がその問いかけに何とか返事をすると、


それを確認した黒髪の女性は先程と同じように頭巾をかぶりなおした。


そのせいで周囲の人間はこの香りの出どころには気が付けなかったようだ。



「嫁入り前の娘ですので……顔を隠すことをご容赦ください」


痩せた女性が未だにうつろな兵士にそう問いかけた途端、兵士は意識を取り戻した。


「嫁入り前といったか!?」


「え……ええ」


痩せた女性は突然の兵士の変化に驚いている。



「俺は見ての通り兵士をしている。一応出世街道にはのっている! 順調にいけばある程度の地位ならば狙えるはずだ!!」



何を思ったのだろうか? 兵士は突然自分のことを大声でアピールしだした。



「そのような恰好をしているということは、村はいい状態ではないのだろう!? 俺と一緒になれば村とは比べ物にならない生活を保障してやれる!!」



そういうと兵士は突然走り出し、荷馬車の反対側に回り込むと、


黒髪の女性側で跪き片腕を伸ばした。



「俺と結婚してくれ!!!」



この突然の出来事に、


チェックをしていた兵士達や検問を持っているほかの人間も何事かと視線を向ける。


黒髪の女性は荷馬車の上から兵士を見下ろすと、やさしく微笑む。


それを見た兵士が喜びの表情に変わりかけたその時、



「お断りします」



兵士は大人数の前できっぱりとフラれた。


黒髪の女性は兵士から視線を逸らすと、


まるで兵士の存在を忘れてしまったかのように正面を見据えてしまった。


取り付く島は微塵もないように感じられる。



「そんな!? なぜだ!! 俺のどこが気に入らない!!?? 言ってくれれば必ず直す!! 頼む!!!」


しかし兵士はあきらめない。


まるで駄々をこねる子供のように荷馬車にすり寄るのだが、


黒髪の女性の視線は微動だにしない。



そんな様子に検問待ちをしている人間は勿論のこと、


町の中の住人なども集まりだし、


「なんだいあれは?」

「なんか突然あの兵士が女性に求婚してフラれたらしいよ……」

「なんというか、みじめだねぇ……」


ヒソヒソと話し始めた。


これにはたまらず他の兵士がその兵士へと歩み寄り、


「おい! いい加減にしないか。職務の最中だぞ!!」


止めに入りはするのだが、


「今を逃すとチャンスはきっとない! 頼むから邪魔をしないでくれ!!」


兵士はよほど黒髪の女性を気に入ったのだろう……全く聞く耳を持たない。


兵士達は仕方なくこの兵士を詰め所へと引きずりながら連れていったのだが、


その最中も大きな声で”また会いたい”と叫び続ける程だった。



「私達はもう町に入ってもいいのでしょうか?」


あたりがやっとのことで静けさを取り戻したとき、


黒髪の女性が残っていた兵士に問いかける。


「ん? ああ……騒がしくなってすまなかったな。荷馬車の方も問題なかったから町に入ってもらって大丈夫だ」


「そうですか。でわ……」



それを聞き荷馬車はゆっくりと町の中へと進んでいく。


「ヤレヤレ……こんな騒動がルーウィン隊の耳に入るとどやされるんだろうな……」


町に入ることを許可した兵士が、2人から視線をそらしながらぼやいた。



「ルーウィン……」



黒髪の女性の耳に、どうやらこのぼやきは届いたようだ――――

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