第20話 青年
隊の最後方、
バロック卿は相変わらずだるそうにあくびを噛み殺しながら目に涙をためていた。
バロック卿と呼ばれたこの男。
年は30半ばから後半……そんなところだろうか。
イーベル侯爵の命を受け、1000を超える兵を連れてはいるが、
正直上に立つような者から出るオーラのようなものは皆無な人物である。
容姿が端麗なわけでもなく……
知性にあふれるわけでも、剣術や魔術に天賦の才があったわけでも……
それを補うために血の滲む様な努力をしたわけでもない……
日がな一日、自室で女と酒をあおる毎日……
いうなれば穀潰し……
「やっと始まったか。取り掛かるのが遅いんだよ……」
先程まで静かだったこの一帯が悲鳴に包まれ、
それどころか、激しい爆発音やそれに伴う振動までバロック卿の元にも届きだす。
「
バロック卿は再び興味なさそうに、今度は噛み殺そうとはせずに、
大口を開けてあくびをした。
「ねぇ……」
「ああ……」
そんなバロック卿をよそに、
側に控えている騎士のような格好をした2人が何やら相談を始める。
一人は長く伸びた美しい金髪……
そして、もう一人は肩に髪がつくくらいの青い髪……
胸部に大きな曲線を描く、作りの良さそうな鎧を2人共装備している。
そう……女性騎士のようだ。
バロック隊とは別に、バロック卿に直接ついている護衛とおもわれる。
恐らくバロック卿の趣味……
守るべき場所はおおわれているが、露出は多めである。
しかし、この2人からはバロック卿とは違い、
強者に近しいオーラの様な物が見て取れた。
護衛という役職に恥じない実力者であるのは明白だ。
こんな2人をはじめ、バロック隊と言われる者達が、
この穀潰しにこうも従っているのは、
バロック卿の父……イーベル侯爵の兄にあたる人物の影響だろう。
イーベル侯爵と同じく侯爵の地位についており、
その昔、グレオルグ王国史上類を見ない大規模な戦争があったのだが、
その最中に大きな手柄を立てた人物である。
戦争自体の結果は敗戦……とはなっているが、
この功績のお陰で今でも王族に顔が利く。
この国では産声を上げた瞬間、その者が残りの人生どう生きるかがほぼ決まる。
成り上がることなど不可能と言っていい。
そんな中で、少しでも己の地位を上げるためには、
王族や貴族……そんな地位の者にすり寄り、他者を蹴落として生きる必要がある。
バロック卿に従うのは、その父が持つ力の恩恵を受けたいがため。
バロック卿に気に入られさえすれば、他の者などどうでもいい……
そんな思考でこの隊は成り立っているのである。
しかし、これはこのバロック隊に限ったことではない。
グレオルグ王国――
この国が現在抱えている闇である……
「どうした?」
バロック卿は面白くなさそうにひそひそと話を続ける2人に声をかける。
「今聞こえている悲鳴のことで、少し……」
バロック卿の問いかけに、青い髪の女性騎士が答える。
「なんだ? 皆殺しを命じてあるんだから悲鳴が聞こえてきて当然だろう?」
「それはそうなのですが……」
「なんだ? はっきり言え」
青い髪の女性騎士は金髪の女性騎士ともう一度向き合い、
意見を確認しあうと口を開く。
「聞こえてくる悲鳴がえらく野太いと思いませんか?」
「なに?」
バロック卿はいまだ聞こえてくる悲鳴に耳を傾ける。
「確かに……」
「あの村にはもう男共はいないはずです……この悲鳴……まさかとは思いますが」
バロック卿はここで初めて
自分の思惑とは違うことが起こっているかもしれないと気が付いたようだ。
「おい! 村の様子を確認してこい!!!」
バロック卿が自分を含めて待機していた隊の前方へと怒号を投げかけるのと同時に、
2、30人ほどの兵隊が、
とてつもない力に弾かれながら吹き飛んで行くのが見えた。
どうやら吹き飛ばされただけではなく、
装備している鎧ごと剣で何等分にも切裂かれているようで、
吹き飛びながら兵隊達の身体はバラバラとあたりに散らばっていった。
「ひッ! ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
前方で大勢の悲鳴が上がる。
それもそうだろう。
先程まで自分と同じく待機しながら、さっさと終わればいいのに……
そんなことを思いながら帰ったら何をするか相談していた仲間が、
突然肉塊へと姿を変えたのだから……
「バロック卿! 私共の後ろへ!!」
「防衛陣形!!!」
突然の出来事にうろたえ、
指示を出すことができないバロック卿に変わって女性騎士が声を張り上げる。
しかし、そんな声も虚しく後方で待機していた200の兵は、
初撃を含めた、たった3回の衝撃で消え失せてしまった……
「あ……あ……」
「…………ッ!!」
女性騎士達は震えている。
”
女性騎士の胸元で輝くネックレスの名称だ。
精神強化の補助魔法が付与されたアイテムで、
恐怖などを打ち消し、常に冷静でいることができるアイテムとして知られている……
しかし、そんなアイテムを装備している二人が震えているのだ。
目の前で起こったことを冷静に理解しようとすればするほど、
ありえないことが起こっており、そのことを結局理解できないため、
補助魔法でも恐怖という感情を抑えきれなくなっている……そういうことだ。
その後ろでバロック卿はひっくり返り、
お粗末にも股間のあたりが水浸しになっていた。
衝撃の影響で辺りに立ち込めていた砂埃がゆっくりと消える。
その中から、3人の目の前に姿を現したのは一人の青年……
右手には細剣を持ち……
左手には銃……
黒いロングコートに身を包み、美しい白髪に青い瞳……
少し幼さの残る顔立ちから覗くその表情は、ひどく冷めきっている。
周りに他の者の気配はない。
まさかこの青年が一人で??
3人の頭にそんな考えがよぎり、背筋に冷たい物が奔る――
ギロリ……
青年の視線がそんな3人をとらえるのと同時に、
3人はまるで誰かに首を全力で締め上げられたような息苦しさを覚えるのだった。
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