第18話 反逆の意志

「ざっと見たところ……1000ってところか?」


「ええ……」

「うんうん」



俺達は村の広場の隅にある大きな木に登って身を隠し、


村の入り口にさしかかろうとしている兵隊達を眺めていた。


兵隊達がこの村に訪れた意図が全く分からない為、


見ただけで異国出身者である俺達がフレムさん達の側にいると、


もしかしたら平穏に終わる訪問だったとしても、


俺達のせいで終わらない気がしたからだ。




村の人達は家の中で息を潜め、


村長の奥さんとフレムさんのみが広場の中心に立ち、


兵隊達の対応をするようだ。


ちなみに、障壁は解いておいた。


理由はやはり、平穏に終わる訪問の可能性もありはするからだ。



そのため兵隊達は難無く村の広場まで進行し、


あっという間に村を包囲してしまった。


そしてそのうちの一人が、広場にいる2人の前へと歩みを進める。


この隊の最高責任者……ではなさそうだ。


兵装が他の者とほぼ同じ、恐らくは伝令係……そんな所だろう。


最高責任者は……あいつか。


俺の目は、隊の後方で見栄えのいい鎧に身を包み、


つまらなそうにだれている男をとらえた。


既にクソな気配がプンプンしてくる……



「貴様等が今のネートル村の代表者でいいのか?」


俺のそんな視線をよそに、伝令係と思われる兵隊が、


村長の奥さんとフレムさんに厳しめの口調で質問を始めた。



「いかにも……本来の村長である私の夫は、以前に貴方達に徴集されましたので、現在は私と……このフレムが代理として、ネートル村の代表となっております」


頭を下げるところ……だとは思うのだが、2人とも一切そんな様子は見せない。


兵隊達……ひいては領主への2人ができる精いっぱいの抗議……


そう言うことなのかもしれない。



「皮肉にも聞こえるが……いいだろう。我らバロック隊はイーベル侯爵こうしゃくの命に従い、領地内の村を周っている。今から伝えることについての拒否権は貴様等には無い。一言一句聞き逃すな!」


張り上げた声が村の家々にぶつかり反響している。


家に中に隠れている者達にも聞こえるように……


そういう意味でのこの声量なんだろう。



「まず1つ! 税の徴収を今年より年1回から年2回に増やす!よって……既定量の作物を即座にバロック隊に差し出せ!」


「なんじゃと!?」

「そんな!!」


「口を挟むな!! 次はないぞ……一言一句聞き逃すな」


殺気を含んだ兵士の口調に2人は縮みあがっているようだ。



ギリッ……


俺の奥歯が少し鳴る。


俺のこの変化に2人も気が付いたようで、


2人の兵隊達を見つめる眼も細まった。


「2つ! 以前徴集した男共だけでは人手が足りなくなった。そのため今回は前回徴集しなかった子供を含めて連れていく。イーベル侯爵の御側で働けるまたとない機会だ。ありがたいと思え!」


「…………子供達まで」

「…………」


2人は放心状態に近い。


「以上だ。先程も言ったが拒否権はない。即座に準備に取り掛かれ」


そう告げると伝令係の兵士はきびすを返し、隊の列に戻ろうとする。


「ま……待ってください!!」


しかし、それを鬼気迫った表情のフレムさんが呼び止めた。


「なんだ?」


「まず1つ目の税の徴収ですが……そのように急な申し出をされましても、とても用意できる状況ではありません!」


「なぜだ? 今は2度目の収穫期だろう。御託はいいからさっさと準備に取り掛かれ」


「そ、それが! この村は近頃モンスターの襲撃を受けておりまして、作物をすべて食い荒らされてしまいました……税などお渡しできる状況では……」


「モンスターの襲撃だと?」


「はい……」


「貴様等の自衛手段が疎かだっただけだろう。関係ないな。」


「そ、それは村の男衆が不在の状況で……」


「我らのせいだと言いたいのか?」


「…………ああ」


兵士の圧力にフレムさんは再び小さくなる。



「何をやっているんだ? さっさと作業に取り掛からせろ。そんなこともできないのか? お前は無能か?」


先程の最高責任者と思われる男がだるそうにやってきて、


伝令係に後ろから声をかける。


「バロックきょう……申し訳ありません、それが……モンスター達に襲撃を受けていて、税を収められないと言い出しまして」


バロック卿と呼ばれた男の表情がよりダルそうな物へと変化した。


「はぁ~……さっさと出せばさっさと終わるのに……貴様等」


「は、はい……」


「本当に作物がないのか?」


バロック卿からの問いかけに、フレムさんは少しばかり期待がよぎったのだろう。


「は! はい!!」


口調が少し明るくなっているのがわかる。


「そうか……ならば今回に限って税は徴収しない」


「そ、そのようにしてしまっていいのですか!?」


フレムさんは話が分かる人が現れたと、どうやら完全に思ってしまったようだ。


先程までの不安の顔がどんどんと緩んでいくのがこちらからも見て取れる。



だが……あの隊の後ろにいた感じを見るに……


そのフレムさんの考えは、残念ながら外れていそうだ。



「僕がいいと言ってるんだからいいんだよ。伯父上には僕が言っとくから……今から村中引っ掻き回して作物探す方がめんどくさい。だいたいなんで僕がこんなことをやらなくちゃいけないのか……」


「は……はぁ……」


上がいいと言っている以上、伝令係が踏みとどまる理由もなく、


税に関してはすんなりおさまったようだ。



「その代わり、予定していた3倍の人間を連れていけ……動けそうなやつはみんなだ」


相変わらずダルそうなまま兵士達にそう告げた。


「そ……そんな!?」


フレムさんは本当に人がいいな……


この短時間で希望と絶望の狭間を、


ものすごいスピードで行ったり来たりを繰り返しているに違いない。


「こ……子供達は……子供達だけは!!」


フレムさんの悲痛な叫びが村にこだまする。


「めんどくさい奴だな? 税もダメ? 更には労働力もダメ?? じゃあ貴様等は何を差し出せるのか??? 僕を納得させてみろ」


まるで虫けらでも見るような目でフレムさんに問いかける。



「あ………ああ…………なんでこんな……こんなことに……私達はただ、平和に暮らしたいだけなのに……」


とうとうフレムさんは力尽き、その場にへたり込んでしまった。



「なぜ……なぜそんなにも労働力が必要なんじゃ?」


村長の奥さんがバロック卿に問いかける。


「貴様等はボクに質問できる立場ではない」


しかし、バッサリと切り捨てられてしまった。




俺の左右から”どうしますか?”そんな視線を感じはするのだが、


俺は動かない……


兵隊達の訪問理由はやはり……だった。


だが、まだ動かない。



泣き崩れるフレムさんを村長の奥さんが肩に手をまわし、


何とか落ち着かせようとしている。


バロック卿と伝令係が待機している兵隊達に声をかけようとしたその時、



ガンッッ!!



金属に固い物がぶつかるような音が辺りにこだました。


「グッ!!」


それと同時にバロック卿が少しふらつく。


どうやら兜の部分に石が命中したようだ。


「バロック卿!?」


兵隊達が慌てて駆け寄る。


石はそれほど大きいわけではなかったが、鉄製の兜が音を反響させたのだろう。


衝撃よりも耳鳴りにふらついた……そんな所か。


バロック卿は兵士達を振り払うと、怒りをあらわにし、


「誰だ!!?? 僕にこんな物を投げつけた愚か者は!!!!」


血眼になって石を投げた人物を探し始める。


しかし、周囲にいたのは村長の奥さんに、フレムさん、そして伝令係のみ……


どれも違う……



「ママを泣かせないで!!!!」



声のする方に目を向けると、エマが見張り台から身を乗り出していた。


石を投げたのはエマだろう。


頭を狙ったのか、たまたまそこに当たったのかは不明だが、


俺は思わずよくやったと心の中でエマを褒めた。



「このクソガキ! ボクに対してのこの行い……」




「お父さんやお兄ちゃん……村の皆を返して!! お前等なんて嫌いだ!!! 村から出て行って!!!!!!」




バロック卿の言葉を遮り、エマの悲痛な叫びが、


先程の伝令係や、フレムさんの叫びなど比べ物にならないほどに響き渡った。



そして、エマのその言葉が村の皆にも届いたのだろう……


隠れていた人達が家の扉を開け、


ゾロゾロと村長の奥さんとフレムさんの側までやってきた。



「もう我慢の限界だよ……誰があんた達のいいなりなんてなるもんか……あんなのでもね、私の愛する父ちゃんなんだよ! それを訳も分からず連れていかれた上に、今度は子供達もだって?? 馬鹿言うんじゃないよ!!!!」


「私達が今までどんな思いで生活してきたか……私ももう嫌よ!!!」


村のお母さん連中の怒りは頂点に達しているようだ。


次々に兵隊達に向け、声を荒げ続ける。



一切の迷いのない怒号に、広場に配置されていた100程の兵隊達も顔を見合わせ、


困惑しているようだ。



ネートル村の明確な領主への反逆。



そう……俺はこれを確認したかった。



こういった状況で、俺が先頭にでて歯向かった場合、


あっという間にことは終わっただろうが、それでは意味がない気がした。



この状況から村を再興するためにはきっと強い心がいる。


それに、領主に歯向かうからには今後の暮らしは確実に変わる。


それを村の人達にしっかりと選択してほしかった。



そして、その意志を明確に見ることができた今……




「黙れ!!!!!!!!」


バロック卿の大声が、村の人達の怒号を遮る。


「こっちはな! ただでさえめんどくさいことをやらされてイライラしてるんだよ!! さっさと税と労働力を集めて、家で酒をあおって女を抱きたいんだよ!!! あといくつ村があると思ってるんだ? まだ3つ目だぞ!! こんなつまらない所でお前等のような人間に割いてやる時間はないんだ! あ~~めんどくさい!!!」


バロック卿はまるで子供の様に地団駄を踏み出したが、


突如ピタリと止まった。



「こんな村一つくらい無くなったって問題ないだろ? どうせ税も徴収できやしないんだ。こいつらを連れ帰るまでの道中を考えるのもめんどくさい……皆殺しだ」



バロック卿は冷たく言い放った。


「よろしいのですか? 流石に村一つ滅ぼすのはイーベル侯爵にお話を通した方が……」


「うるさいな……お前は僕にアレコレ言える立場なのか? 僕よりも偉いのか??」


「い…いえ! 決してそのような」


「モンスターが襲撃してきてるんだろ? この村は。到着した時には既にモンスターに滅ぼされてました……それでいいじゃないか! わかったらさっさと殺れ!!!!」


「かしこまりました!」



村の人達も流石にこの決定には血の気が引いてしまったようだ。


そんな中でも、お母さん連中の視線は各家に集まっている。


フレムさんの目線は集会場。



子供達が気がかりなんだろうな……




「通達!! この村は我々バロック隊が到着した時点で、既にモンスターの襲撃によって無残な廃墟とかしていた!! そのように処理を行う!!! 包囲の手を緩めることなく、処理にあたるべし!!!」


様々な場所の兵隊達が復唱する形で、この号令は瞬く間に兵隊達へと伝わり、


兵隊達は誰一人戸惑うことなく剣を抜く。


「そうだ……それでいいんだ。 さっさと終わらせろよ?」


そう言い放ち、バロック卿はスタスタと元の位置に戻っていった。




権力者によって弱者が無かったものにされようとしている……


俺の頭の中で鮮明なフラッシュバックがおこった。




王子…………


悪いな。





静かに、それでいて恐ろしいほどに冷たく、俺の怒りが燃え上がる――――



「まずは貴様からだ」


兵隊の一人がフレムさんに近寄り、何の躊躇ためらいもなく剣を振り下ろす。



「ママー!!!!」


エマの悲鳴が聞こえる。



振り下ろされる剣の速度は、俺から見れば恐ろしく遅い……



俺は最後にもう一度兵隊達を見渡す。


どいつもこいつも今から起きる殺戮さつりくに何の疑問も持っていない……


上から言われるがまま、この村の人達を皆殺しにすることに抵抗がないのだ。




救えない……




あのバロック卿に逆らえず、止むを得ない……


そんな様子が兵隊達から見て取れるのならば、


対処の方法を変えようとも思ったが……




俺が怒りのままにその兵隊を亡き者にするべく、飛び出そうとした時、



ゴギャッッ!!



そんな音と共に、兵隊が吹っ飛び、村を囲む石垣に衝突して動かなくなった……

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