第20話 抱擁

パラパラと小石が落ちる音がやっと静まり返ったと思った矢先、


またどこか遠くでドーンと言う大規模な崩落音が聞こえてきた。


それを最後に、今度こそレオンの一撃によってもたらされた地下大崩落は終息を迎えたようだ。



「……………………」


しかしレオンは何も言わない。


俯いたまま仁王立ちしているその姿からは、明らかに


”今俺に話しかけるな”


そういう意志が色濃く読み取れる。


そんなレオンを見る2人は酷く動揺していた。


なぜ主人がこんな様子なのかを理解できないためである。


しかし、リプスだけは辺りの状況をもう一度観察して、


やっとの事で主人のこの激昂の原因に気が付いたようだ。




なんだこりゃ? 地獄か? ここは……


この空間に入る直前から嫌な予感はしていた。



血……



そう、血の匂いだ……


そこに交じる何とも言えない腐敗臭……


そんな物を感じながらいざ入ってみると、目の前に広がっていたのは正に地獄絵図。


何かで見たことのあるような物から、どのように使うのかわからないような数多くの拷問器具が置かれ、


その器具にはごく最近まで生きていたような死体から、


長らく使われていないと思われる器具には、息絶えた後、肉が腐り、


骨が見えてしまっている死体が拘束されたままになっている。


地面には流れ出した血があちらこちらで水たまりを作り、乾いている部分はドス黒く変色していた。


死体は人間種だけではない。


骨になってしまっている者は、獣人種の様な特徴的な物以外、知識の無い俺ではわかりそうにないが、


まだ新しい死体には、エルフと思われる特徴的な耳の死体や、


通常のエルフよりも肌の色が濃い物、


これはダークエルフ、そんな所だろうか……


様々な女性種族たちの死体が地下空間の隅に無造作に積み上げられていた。



そして俺の我慢の限界を完全にぶち壊してくれた物がその横にあるこじんまりとした山だ。


白骨化した者からへその緒が付いたままの者まで……


そう、赤子の死体がその女性達同様に、まるでゴミの様に積み上げられていた。



なんだ? この女性達は何か極悪非道な行いをしたからここに連れてこられて、


こんな場所で罪を償いながら死んでいったのか?


仮にそうだったとしても…………赤子に何の罪があるんだ?



わかっている……ここに連れてこられたこの女性達にそんな”罪”はない。


あの男達の様子から察するに、恐らくごく普通の生活をしていた者達が、


あのクズ共の欲望のために連れてられ、絶望を感じながら死んでいったんだ。


そして赤子は……そのクズ共の欲望の果てに生まれてしまった命……


しかし、この赤子達に何の罪があるのか……


産声を上げたばかりで、こんなごみの様に終わる人生とはなんだ?



ギリギリと俺の奥歯が叫んでいる。


ギリギリと俺の力の限り握り込んだ拳が悲鳴を上げている。



なんでこんな惨いことをあいつらは笑いながら出来るんだ?


種族が違うからか? しかし同じ人間種だって大勢いる。


理不尽な”死”


俺の頭に家族の顔が鮮明に蘇る。



ダメだ……俺には到底理解できない。



「レオン様?」


怒りの感情が内部にしまい込まれ、代わりに何とも表現できない感情が表に出てきた所を見計らって、


イヴが近寄ってきた。


「レオン様? どうしたの??」


視線を向けてみると、先ほどまでの元気なイヴはそこにはいなかった。


耳と尻尾を力なく垂れさげ、上目遣いにこちらの様子を見るその姿はまるで弱った子犬だ。


「イヴ……」


そんなイヴの肩に後ろからリプスが手をかける。


「レオン様どうしちゃったの?」


俺から返答を貰えないイヴはリプスへと答えを求めるのだが、リプスは僅かに微笑んだだけだった。



イヴ……


やはりなんで俺がこんな感情になっているかはわからないか……


アレアの一件でわかったことだが、イヴにとっては俺以外……


俺とリプス、そしてリリス以外には興味がないんだろう。


そして興味を持ったとしても、恐らくその他の命はイヴにとって”食料”でしかない。


その為、罪なき者達のこんな惨状を目にしても、出てきたのは呑気な感想だったのだろう。



次にリプス……


リプスは今の様子を見るに、なぜ俺がこんな感情になっているかを理解はしている。


しかし、俺は見逃してはいない。


この空間に入った瞬間にリプス口から出た感想は、イヴのそれと大して差はなかった。


つまり、リプスにとってもこの罪なき者達の惨状は言ってしまえばどうでもいい物……


そういうことなんだろう。



しばらく何も答えない俺に、二人の表情もどんどんと不安な物になっていった。


だが、申し訳ないが俺の感情がまだ整理できない。


少し待ってくれ…………



俺は無言のままに、奥へと目指し歩いていく。


幸いにも少し広めの部屋となかなか立派な椅子があったのでゆっくりと腰かけた。


2人はそんな俺の後を、恐る恐るついてきて、部屋の入り口付近で並んで俺を見つめていた。



あの惨状が目に入らなくなったので少しずつではあるが俺の感情も落ち着いた物に変化していく。


ゲームのレオン様様だな……


高校生の俺じゃ、あんな物見せられたらもうまともではいられそうにない……


ふぅ……と一つ息を吐いて、未だ不安そうに身を寄せ合っている2人に声をかける。



「イヴ……それに、リプス」



「は! はい!!」

「ッウ!!」


しっかりと返事をしたリプスに、いきなりの俺の声に耳をピンと立てることで返事をしたイヴ。


俺から声をかけられたことが嬉しかったのか、まだ不安の色は隠せていないが、


先ほどの借りてきた猫の様な雰囲気とは大きく違う。


「少し、俺の話を聞いてくれ」


「いついかなる時でも、レオン様のお話は一言一句聞き逃すことはありません」

「イヴ! しっかりレオン様のお話聞くよ!!」


「ありがとう」


2人は身を乗り出してこちらに返事をしてくれる。


よほどさっきの俺の様子が不安だったのだろう……


「まず、イヴ」


「はい!」


イヴは名前を呼ばれ、トコトコと俺の前にやってきた。


未だ不安な表情のイヴの両肩を優しく両手で抱え、しっかりと目を見る。


「イヴ? イヴはなんで俺が入り口であんなに感情を荒げたか理解できるか?」


俺の質問を受けたイヴは何かを言おうと口を開いたのだが、すぐにションボリしてうつむいてしまった。


「怒っているんじゃない。 正直に話せばいい。 その代わり俺の目を見ろ」


この言葉にまた上目遣いに俺を見ながら、意を決したのだろう。


ゆっくりと口を開く。


「ごめんなさい。 レオン様の御心がわかりません……」


絞り出すような声でイヴはそう呟いた。


言いつけ通り目をそらさなかったイヴの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「そうか……」


俺はそんな今にも両目から零れ落ちそうな涙を、両親指の腹で優しくぬぐってやる。


「イヴ……聞いてくれ。イヴがまだ魔剣だった頃……主人の為……そしてイヴ自身の為に常に力を必要としていたんだよな?」


「うん……」


「イヴにとって、主人以外の生物はみんな力を補うための”食料”っていう認識じゃないか?」


「うん、そうだよ」


迷いのない返答……


イヴにとってはそれが普通であり、主人……そしてイヴが生きる為には仕方のないこと……


そこにあるのは純粋な生への欲求であり、あの男達の様なドス黒い欲望とは大きく違う。


「では、今はどうだ? 俺と言う尽きることのない力の供給源が側にいる今、それでもイヴにとって周りの生物は”食料”にしか見えないか?」


俺のこの質問にはイヴに何か思うことがあったらしい。


う~~ん、う~~んと困りながら、落ち着きなく尻尾を揺らし、考えていた。


その間俺は返答を急がせるわけでもなく、しっかりと肩を抱き、イヴの目から目をそらさなかった。



「ごめんなさい……わからない」



イヴの口からできてたこの回答に俺は心から喜んだ。


なぜならば、


”食料にしか見えない。”


この回答が返ってきたら正直アウトだと思った。


自身への力の供給と言う、生への欲求が満たされているにも関わらず、


食料にしか見えないというのであれば、もうどうすることもできないと思う。


大げさに言えば、米や小麦を友人と見れるか? と言う問いかけを人間にしているようなものだ。



次に、見えない。


この返答が返ってきてもアウトだったと思う。


今まで食料だった物に対する考えをそんなに急に変えられるのか?


そう思うからだ。 


つまり俺の望む答えをイヴが考えて、その場限りの返答をしている可能性があるからだ。



俺が望んだ答えはわからない。


理由はこれからイヴに、なぜわからなくなったのかを考えてもらいたいから。


今まで”食料”にしか見えなかった対象が、常に力が満たされている状態ではどう見えるのか?


そして……なんで俺があんなにも感情を荒げたのかを……



「それでいい」


俺はイヴをそのままゆっくりと抱きしめて優しく頭を撫でる。


イヴはまだよくわかっていないようだが、俺のこの様子に安心したようで、


顔は見えないが尻尾が優しく左右に揺れているのが見える。


「次に……リプス」


「はい……」


俺に呼ばれ、リプスも俺の元へとやってくる。


「リプスは俺がなんであんなにも感情を荒げたか理解しているな?」


「…………はい、理解しております」


「では、俺がリプスに聞きたいことはわかるか?」


「……はい」


流石リプスは色々と理解が早いな。


「では聞くが、あの惨状を見てどう思った?」


こちらも一瞬口がパクパクと動き、一度は言葉を飲み込んだ。


しかし、イヴに言ったことを思い出したのだろう。リプスも意を決して口を開いた。


「愚かな者達のつまらない戯れの果て……そう思いました」


「そうか……」


まぁこちらも概ね予想通りだ。


リプスにとっても俺達以外、すべて同等のつまらない存在……そんな認識が心の奥底にはあるんだろう。


しかし、リプスの場合知識がある。


その知識のおかげで俺の様子から、なぜ俺がああなったかは理解した。


だが、その理解も知識としての理解であり、感情からの理解とは違う……


俺が望むのは感情からの理解だ。


「リプスもこい」


俺の手招きにリプスも俺の側へとやってくる。


そして俺は2人を優しく抱きしめる。


「レオン様……」

「…………」


リプスは少し驚きの声を上げたが、すぐに力を抜きこちらに身を預けてきた。


イヴは嬉しそうにリプスにも手を回していた。


「2人ともよく聞いてくれ。 俺があんなにも感情を荒げたのは、罪なき者達が、力を持つ、最低な奴らによって、あんな扱いを受けていたからだ。命あるものはいろんな理由でその命を落とす……だが、こんな命の落とし方なんて許されていいはずがない。人間だから……エルフだから……獣人だから……そんな括りで言ってるんじゃない。ここにあるのは全くの無意味な”死”だ。俺はこんな無意味な死を楽しむ奴らを許しはしない」


ここまで言ってまた感情が昂ってしまったのだろう……


2人を抱きしめる手に力が入る。


「イヴ……そしてリプス。急がなくていい、俺とこれから旅をしていく過程で、様々な命をしっかりと見ろ。そして、その命達の行いを見てくれないか? その姿になった今、2人のその感情でしっかりとその命を捉え、考えてくれ。そして、そこから導き出した答えが、俺と同じ答えであることを俺は望むよ……」


俺がそう言い終えたとき、2人から言葉の返事はなかった。


かわりに返ってきたのは、俺の力にも負けないほどの熱い抱擁だった……



「俺のこの旅の目的がもう一つ増えたよ……」


2人はしっかしと聞き耳を立てている。


「俺の信じる正義の元に、最低な野郎共に鉄槌を下す!」


「レオン様の御心のままに」

「ボクも」


3人はしばらくそのまま抱き合っていた。


まるで心が融けて混ざりあい、一つになるような……


そんな不思議な感覚を3人は共有していたのだった。

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