第5話 レオン

「ん…………?」


頬に落ちてきた一滴の水滴によって目が覚めた。


朦朧とする意識を集中して辺りを見渡す。


あたりに立ち込める濃い緑の匂いは、ここが深い森の中だと教えてくれる……


記憶を手繰り寄せるのだが、外に出かけたといった類のものはこれっぽっちも出てこない……



――確か家でゲームをしていたはずだ……


あのゲームをクリアしてまだ夕飯には少し早かったから……


そして、ニューゲームを選択したら急に眠気に襲われて……



「いったい何が?」


立ち上がり辺りを見渡そうとするのだが、どこか自分の身体に違和感を覚える……


しかし、何がその原因かはわからない……


後ろを振り返ると巨大な石碑だろうか? 


そんな物の前に寝転がっていたことに気が付いた。


しかし普通の石碑ではない。


黒い御影石に似た石で造られているその表面は鏡のように磨き上げられ、


周囲の景色を映し出している。


そこに刻み込まれた文字は読むことはできないが、鮮やかな黄緑色に光り輝き、


その光は呼吸をするように強くなったり弱くなったりを繰り返している。


「なんだ? これ……」


こんな物見たことがない……


その様子にしばらく見とれているとその光はだんだんと弱くなり、ついには消えてしまった。


「ええ!?」


光が消えたことによって鏡のように磨き上げられた石の表面に、自分の姿が映し出され、そこで初めて俺は自分の身体の異変に気が付いた。



いつの間にか服装が変わっている……


黒のロングコートに身を包み、レザーのタイトなズボンにロングブーツ……


そしてベルトには存在感のあるバックル………


見慣れた姿だ……


そうゲームの中で……


「これってゲームのレオン……だよな……」


しかし視線を移動してみるとその服装は自分が着込んでいる……


眠っている間にコスプレでもさせられたんだろうか……


全身を見ようと身体をよじるとガチャリと何かがぶつかる音が、背中から聞こえてくる。



音の要因を調べようと背中に手を回そうとすると、首の横辺りに掴める棒のようなものがあるのがわかった。


「?? よっと」


片手で軽々と持ち上がったそれを正面に構えると、ゲームの主人公のレオンが修羅のごとく振り回し、


そしてリリスの店ではビクともしなかった【アポカリプス】だった。



腰の辺りにもまだ違和感を感じる……


「これがあるっていうことは……」


自分でもビックリするほど自然に腰の辺りに手をまわすと、


グリップを掴み左手で【ダーインスレイヴ】を構える。



「いったいどういうことだよ……」


状況が全く分からない……


リリスの店では持ち上げられなかったこの2つを、


今では片手で軽々と持ち上げているどころか、正直重さはあまり感じない。


それにこの服装だ……


これはゲームの中のレオンの物……


まさか自分がレオンにでもなったというんだろうか?




「電撃よ!! 喰らい尽くせ!!!」



そんな声と共に森の奥から巨大な虎の姿をした稲光が突如レオンに襲い掛かった。



「ぐあああああああああ!!!!!」


そのあまりに突然の出来事に対処する暇なんてなかった。


凄まじい電撃は俺の身体を焦がし……身体中の血液が沸騰しているのがわかる。


それでもまだ電撃はおさまらない。


俺の命を喰らい尽くすべく更に力を増していく……


自らの意志とは関係なく様々な場所が物凄い速度でガクガクと痙攣を起こす。




「そろそろいいだろう……」


その言葉と同時に電撃が収まり、レオンは力なく崩れ落ちた。


「これだけの電撃を受けて消し炭にならなかったのはこいつが初めてだな……」


そう呟きながら森の奥から姿を現したそれは、頭からすっぽりとローブを被った男だった。


手には立派な装飾が施された杖を持ち、腰のあたりには分厚い本がぶら下がっている。


魔導師マジックキャスター――そんな言葉が自然と現れる外見をしていた。



「ククク……いやぁ俺はついてる。まさかこんな誰も来ないであろう辺境の場所で、価値のありそうな石碑を見つけただけに留まらず、こんな間抜けが恐ろしく強力そうなアイテムをもって現れるんだから……な!」


男は力なく倒れたままのレオンの腹に蹴りを食らわせる。


しかしレオンからは何の反応もない。


「流石に死んでいるよな! 俺の電撃を受けて生きていた者なんていねーんだよ。死体が残ったことは汚点だけどな……」


見れば皮膚などは焼けただれてはいるがその原型はほとんど損なわれてはいない。


「チッ! まぁいいや。それじゃあこの剣と銃は俺が有効に利用するか金に換えてやるから、そのまま土にでも還るんだな」


男は【アポカリプス】と【ダーインスレイヴ】に手を伸ばした。


しかしビクともしない。


更にはあろうことか、自信が張り巡らしていた魔法障壁を1つずつ破壊していくではないか。


「!!? なんだ?」


危なかった……


手を放すのがあとゼロコンマ数秒遅ければすべての魔法障壁は破壊され、何らかのダメージを追っていたかもしれない……


「こりゃあ強力なんて言葉では収まらないほどのレア物かもしれない……そうとなればこいつを何とかする手段を考えないといけないな……」


男は腰から下げていた本を広げると何やらブツブツと考え事を始めた。







――――っかりしろ!!


――――――おい! レオン!! しっかりしろ!!


――――――ったくクソが! 力が馴染む前にあんなもん叩き込みやがって……


誰かが俺を呼んでいる気がする。


――――――おい! レオン!! こんなもんで死ぬようなたまじゃないだろう?


やっぱり俺を呼んでいる。


「誰?」


――――――お? やっと気が付いたか


目を開けると何もない、ただただ広い空間だった。



そこに強大な鏡でもあるんだろうか? 自分が映し出されている。


―――鏡じゃねえよ……


見れば俺がヤレヤレとオーバーなリアクションをしている。


俺はそんなことしていない……



「え? なんで?」


―――俺はお前がやってたゲームの中のレオンだ。


「???」


―――まぁいきなりわかれなんて難しいとは思うけどな。


時間がないから手短にしか言わねーぞ!! 


ゲームを始めるときに長ったらしい性格決定をしたな? 


あのおかげで俺はお前、お前は俺になった。


過去に色々あって最近のお前は自分を抑えるようになっちまったが……


思い出してみな? 


本当の内に秘めてた……家族がいたころのお前は俺みたいだったはずだぜ?


お前の気持ちに正直に生きるんだろ?


もうすぐ完全に俺とお前は一つになる……


こうやって話すことももうないかもな……


お前が育てた”俺”だ!! わかってんな? 俺達にどんな力があるか?


そして俺達の剣と銃あいぼうにどんな力があるか?




そうか……言われて気が付いた……


俺はゲームの中のレオンを通して昔の自分に憧れていたんだ……


お調子者だったけど……曲がったことは大嫌いだった……


忘れてしまったあの頃の俺……



―――いい眼になったじゃないか。


「ありがとう……レオン」



―――何言ってんだ? お前は俺だぜ?


「ああ!」


―――じゃあとりあえず俺達にいきなり喧嘩売ってきたアホに御礼しないとな?


「そうだな…俺達に……俺に! 喧嘩吹っ掛けてきたことを後悔させてやるぜ!」


―――景気良く全開で行きな!!







「人を雇うか? 雇うとしたら運搬系の召喚に特化したやつか? しかし、この武器の価値なんてどんな馬鹿でも見ただけでわかるぞ……ダメだ間違いなく吹っ掛けてくる……やはり自分だけで何とかするしかないか……」


「オイオイ? 自分は喧嘩吹っ掛けてくるくせに、人に吹っ掛けられるのは嫌いなのかい?」


!?


近い? 一体どこから?? 


視線を自らの魔法で葬った男に向ける。


しかし、ピクリとも動かない……もちろんそうだ、こいつの死は揺るがない。


仲間でもいたか!? そう思い、一旦男から距離を取る。



どこからも仕掛けてくる様子はない。


しかし警戒は怠らない……魔法などが存在するこの世界では一瞬の油断は命取りだ。


即死系魔法なんて唱えられてはたまらない……


探知魔法に反応はない……


不可視化と隠密系の魔法やスキルに特化している者だろうか?


となると……近接系、遠距離系どちらにしろアサシンが有力か……


すぐさま自身の周りに自動追尾球体型の電撃を複数配置させる。


どうやら男は電撃系の魔法に特化している魔導師マジックキャスターのようだ。


いくら不可視とはいえ攻撃を取る際には不可視化は強制的に解除される。


自動追尾型をこれだけ周囲に配置すればまず近接職は近寄れない。


遠距離型ならば問題ない。


遠距離攻撃の打ち合いで自身が負けるようなことなどないからだ。



「どうした? 腰抜けめ!! コソコソと隠れていないで出てくればどうだ!?」


声が聞こえた瞬間は正直焦ったが、すぐさま自身の優位を取り戻し、男は息巻いている。



「コソコソと隠れてないで……だと? それをお前が言うのか?笑わせる……」


声は聞こえるが相変わらず探知魔法に反応はない……


いったいどこから?


周囲に視線を走らせる……


その時視線の端で動く物を感じはしたのだが男は無視して警戒を続ける。


なぜならそこにあるのは死体だから……


しかし、その死体はゴソゴソと動き続けついにはムクリと起き上がった。


そこで初めて男は視線を向け現実を受け入れる。


しかし、少し認識は違うようだ。


「しまった!? ネクロマンサーか!」


今だレオンを死体と思い込むのは


自身の魔法に絶対の自信を持っているためなのだろう。



「おいおい……よく見ろよ? こんな男前なゾンビがいてたまるか」


「なんだと!? 使い魔が己の意志でしゃべるだと!? そんなことが可能なのはかなり高位のはず……しかし媒体はなんだ? こんな人間の死体程度では器にはなりえないぞ……と言うことはゾンビ化と意識支配系の魔法を併用しているのか?」


「ざけんな!! 俺は死んでねーって言ってるだろうが!!!」



話を無視して自分の世界に飛んでいる男に苛立ったレオンは、


上空めがけて【ダーインスレイヴ】を怒りのままに放った。



鼓膜が破れそうなほどの轟音と共に放たれた魔力の弾は、


上空を覆っていた厚い雲を貫きその衝撃で半径100mほどの大穴をあけた。


その勢いはいまだ留まることを知らず、


大穴の端では栓の抜けた水の様に、厚い雲が止めどなく上空に飲み込まれている……



「な!? な???」


あまりのことに男は言葉が出てこない。


視線は上空とレオンの間を行ったり来たりとせわしない。


「2度も言わせるんじゃねーよ……」


「な!? なぜだ……お前は俺の魔法で……電撃で!! 確かに死んでいたぞ」


見れば焼けただれていたはずの皮膚が何事もなかったように戻っている。


回復魔法? いやそんな気配はなかった。


勿論こいつ自身が己にかけたのも第三者による物もだ……



「何か特殊なアイテムでも装備していたか!?」


思わず出た言葉だが、自分で言ってから納得する。


確かにアイテムならば可能だ。


装備者の死に反応して1度だけ蘇生させるアイテムが存在するという。


それは大国の国王クラスの人間が持っているかいないか……


そんなレベルの物である。


しかし、こんな剣や銃を持っている男だ……


もしかしたら持っていたのかもしれない……



そのアイテムを奪えなかったことは残念だが……


そんな物を複数持っているということはありえないだろう。


つまり次はないということ……



思わず笑みがこぼれそうになるのを何とかこらえた。


銃の威力は度肝を抜かれたし、


あんなものをこっちに向かって撃たれていればアウトだった……


しかし、それもこの馬鹿はあろうことか上空に放った。


そしてあんな威力だ……連発することなんてかなわないだろう。


残るは剣か……しかし剣であれば近づかず、そして近づけなければ問題ない。


あんな大剣を担いで駆けてくる速度だ……


昼寝をしてしまわないか心配してしまうな……


起き上がってきたときは正直焦ったが俺の優位は変わらない。


「いや~! お前は何者なんだ? そんなレア物ばかり持って……行商人かなにかか? それとも貢物でも届けている最中だったか?」



「問答無用で仕掛けてくるくせに、案外グダグダとうるさいやつだな……」



ギロリと睨むその眼光に、男は初めて自分が狩られる側の人間なのではないか? 


そんな予感が頭をよぎる……


しかし、男のプライドはそんなことを許すわけがない。


これでも数多くの修羅場は通ってきている……


縮みあがりそうになる心をすぐさま精神強化系の魔法で打ち消した。


「おい……今から俺の質問に1つだけ答えな? 余計な言葉はいらない……シンプルにだ」



有無は言わせない……



そんなプレッシャーが精神強化を施しても尚ヒシヒシと伝わってくる。


「いったい……なんだと言うんだ……」


俺はラッキーだったんじゃないのか?



「お前は俺にいきなり攻撃を仕掛けてきたが……それは何のためだ? ここはお前のテリトリーか何かか? そうであればこの件はとりあえず見逃してやる。失せろ。 俺もここにさほど用があるわけじゃない……すぐに出ていくさ」



何を言い出すかと思えば命乞いか? 


プレッシャーこそかなりの物だがやはりそれだけのことか……


こんな獲物をみすみす見逃すなどありえない。


「それはこちらの台詞だな。お前こそ何者だ? 俺の目当てはお前のその武器だよ! めんどくさかったから殺す気だったが……まぁ何かの拍子で拾った命だ。その二つを置いていくと言うなら見逃してやる。さっさと尻尾を巻いて逃げな!!」





なるほど……金品狙いで即殺しをするようなやつか……


ならまぁ遠慮はいらないな……


こいつの土地とかに勝手に……と言っても俺のせいではないと思うけど……


入ってしまっていたのなら不本意だが詫びて帰ろうかとも思ったんだが。



「よ~くわかった……純粋に俺に喧嘩売ったんだってことがな。遠慮はしないぜ……あの世があるなら自分のアホさ加減を後悔しな」



両手に持った【アポカリプス】と【ダーインスレイヴ】からとてつもない力を感じる。


そしてその両者は俺の力を取り込み馴染んでいくのがわかる。


さっきまでとは違う……


ゲームのレオンが繰り出していた剣技やガン=カタはどうすれば出せるのか……


力の開放はどうすればいいか?


全てが手に取るようにわかる! 


あれだけやり込んだゲームだ……コンボや立ち回りの仕方なんかも染みついている。


そして何より無限とも感じるこの力は何だろう……



「……負ける気が微塵もしねー」



俺は眼前に剣と銃を構える。 



「時間をくれて感謝するぜ!!」


しかし、その直後男は待ってましたとばかりに魔法を詠唱する。


それは先ほど一度は俺の命を喰らい尽くしかけた魔法だ。



電撃は猛虎の形に変わり電光石火のスピードでレオンへと襲い掛かる。


強力な魔法は通常発動までかなりの時間がかかる。


この男がどれほど前から発動にとりかかっていたかは定かではないが、


レオンが起き上がってからだったとしてもそれはかなり早い部類である。


そして再び電撃は直撃した。



「ハハハハハ!!! 結局さっきと変わんねーじゃねーか! この馬鹿が! さっさと武器を置いて逃げればいいものを! 今度は死体すら残らない様に葬ってやるから安心して死にな!!」



先ほどの電撃とは比べ物にならないほどの威力の電圧がレオンを襲う。


前回死体が残ったことがよほどこの男のプライドを傷つけたのだろう。


電撃を繰り出している時間も前回よりも長い。



「こいつはおまけだ! 礼はいらないから遠慮なく受け取ってくれ」


アサシン対策として自身の近辺に現れたものに


自動で攻撃を仕掛けるよう命令していた球体型の電撃も、レオンに向かって突撃させる。


相手がレオンだけだとわかった今ではもう無用の長物である。



かなりの魔力を消費したがここまで全力で力を使うとむしろ逆にすがすがしい。


あのムカつく顔……


俺のプライドを傷つけた忌々しい男を此の世から完全に消し去る……


嗚呼なんと甘美な刺激だろうか……


これだから死体すら残さず殺すということがやめられないのだ。



「なあ? もっと電圧上げてくれねーかな? ゲームのしすぎで首と肩がこってるんだ……もうちょっとでこう……いい感じなんだがなぁ」



凄まじい電撃のせいであの男の周囲は青く光り輝き、その光は目に突き刺さるのでとても直視できない。


しかし、確かに中心からはそんな周囲の状況とは正反対の呑気な声が聞こえてくる。


「……そんなはずはない……テンションを上げすぎて俺も少し狂ったか……」


流石にこれ以上の電撃は自分の身にもこたえる……



男は魔法を収縮させていく。



徐々に弱まっていく光の中でありえない光景を目にした。


あの男のシルエットがくっきりと先ほどと変わらない状態で見えるのである。


「また死体を残してしまったのか……よほどのマジックアイテムでも装備しているのか? ここまでくると後でみぐるみをすべて剝してでも、消し去らないと気が収まらないな……」


そんな考えは電撃が完全に収まるときには綺麗さっぱりと消え去った。



「なんだ? 電圧上げてくれって頼んだのになんでやめるんだよ?」



なぜだ? なんでこの男はここに立っているんだ? しかも無傷で……


さっきよりも威力を上げているんだ! 死なないわけがない……


倒れてまた立ち上がってきたならまだしも……なんで無傷なんだ!!



男はその高すぎるプライドから状況を受け入れられない……


半ば半狂乱になりながら次の魔法を繰り出す。


繰り出された魔法は無数の電撃の槍……


その凶悪な威力を槍のような形状に凝縮することによってほぼ実体となった電撃は、


魔法攻撃と言うよりは実際の槍での攻撃に近い……


そして勿論それが突き刺さった後には解放された電撃の力が対象に襲い掛かる。


魔法が聴きにくい相手などには有効な戦術をこの精神状態で選択してくる辺り、この男の実力者としての側面がうかがえる。



「行けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



主の怒号によって様々な角度から飛来する槍は対象の急所を的確に貫こうと……


いや、そんなものではない。


次々と現れるそれはもはや対象の周囲に降り注ぐ雨だ。


レオンの腕に足に胴体に次々と突き刺さり貫く。 


噴出す血と焼ける肉の臭いが辺りに充満していく……



「ハッハハ……!! ハァ……ハァ……手間取らせやがって……」



遠目に見える男は無数の槍で体中を貫かれ、 


さらには眉間から一本の槍が後頭部まで達していることもうかがえた。


流石に死んだだろう……


男はすべてを出し切り乱れたその呼吸を整えるべく、地面に座り込んだ。




「針治療なんてやったことなかったが刺激的にはこっちの方が上だな」



嘘だ……嘘であってくれ……



見たくもない現実を確認するために男は声のする方に視線を向ける。




レオンは眉間に突き刺さっている槍に手をかける。


いまだ収まらないその電圧からバチバチと音を立てるが関係ない。


なぜならそんな物ではダメージは追わないのを知っているから。


少し力を入れ、後頭部まで突き刺さったそれをゆっくりと抜きに掛かる……


ズルズルと抜き取るそばから傷口はふさがっていき槍先が現れるのと同時に、


何事もなかったかのように元の整った顔がそこに現れた。


体中には数えるのもめんどくさい……それほどの槍が刺さっている。


1本1本抜いていくのもあほらしい……


全身に力を籠めると自身の筋肉によって槍が押し返され


あっという間にすべての槍が抜け落ちた。



「バ……バケモノ」


先ほどの男はそんな言葉を呟きながらどこか遠くを見つめている。



せっかく自分の力を試せるかもしれない相手だ……


このまま自暴自棄になられて無抵抗のまま……と言うのは面白くない。


これまで好き勝手やらせているんだ、とりあえずやり返して痛みで正気に戻ってもらおうか……



そう思って少し驚いた、これはゲームのレオンの思考だ。


流石に高校生をやっていた自分の思考ではない。


でもなぜだろうそれを受け入れることに抵抗がない……


深い部分で俺とゲームの中のレオンが1つになっていっているためだろう……



レオンは軽く剣を振るう。


しかしその軽くが凄まじい速度だ。


その切先から生まれた衝撃破は男の左肩から下を吹き飛ばし、


ドォン!と地面に叩きつけられた剣の音が遅れて男の耳に届く。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」



焼けるような熱さの後、その激痛から意識を取り戻した男は、自身の左手を確認し、すぐさま回復魔法を施す。


しかし、男は回復魔法には特化していないため、止血することが精いっぱいだ。


せめて痛みだけでも無効化しなくては……


ポーチから麻薬と言われる薬草を迷うことなく口に放り込み痛みを麻痺させる。



「おはよう? 俺はまだ何にもしてないんだ……そんなに早く戦意喪失されちゃ喧嘩のしがいがないぜ?」


わかりやすいほどの挑発をするレオンだが、男には十分だった。


元々の高すぎるプライドと、更には先ほどかじった薬草のせいで、もはや冷静な判断など出来るはずもなく、


男の頭から撤退と言う2文字が完全に忘れ去られた。



「くそがぁぁぁぁ!! テメーはもうどうなっても許さねぇ!!! てめぇの×××しちぇええ あがるはろぼごぐらが!!!!!!」



かなり強力な麻薬なのだろう、


男の口からは白い泡があふれ言葉ももう言葉ではなくなっている。



「お~お~……なんともまぁ素敵な感じになったなぁ? グダグダとうるさいよりはよほど好感がもてる」



そんな男が壊れていく様子を俺は見つめていた。



男が懐から何かを取り出し、


「このぉぉぉ ……を つか……う。もう……どうな  しらねぇ……!!! 全部  終わっ」


なんとなくは聞き取れるがどうやら男の最後の切り札を出してくれるようだ。


俺はポキポキと体や首の骨を鳴らし軽い準備運動を始める。



男は光り輝くクリスタルのようなもので出来た短剣を掲げるとそれを天に放り投げ、自身の電撃で粉々に破壊してしまう。



「なんだ? あの短剣が切り札じゃないのか?」


色々と肩透かしを喰らった気分だ……


「ん?」


しかし、その直後から周囲の魔力が高まっていくのを感じる。


それに伴って、俺によって大穴を開けられた上空の雲が渦を巻き、再び辺りを覆い隠す。


集まってきた雷雲の中を駆け巡る稲光はまさしく龍の如く……


そして、周囲の空気が電気を帯びてきていることに気が付いた。


「さぁて……なにが出てくるか…?」


そんな変化に俺はプレゼントの箱を開ける前の子供の様に目をキラキラと輝かせる。



そしてその時は訪れた。


上空を龍の如く駆け巡っていた複数の稲光が1本の巨大な雷の柱となって落下する。


しかし、狙いは俺ではない。


俺と男のちょうど中間辺りに落ちたかと思うと、徐々に人と龍が合わさったような姿へと変化していく。


大きさは20mほどだろうか?



「おおおお!! なんと神……い…の姿……主で……る……命を……聞……忌々しいや……」


身体の節々から電撃を放つその巨人? 巨龍?? 巨龍人か……は、五月蠅いと言わんばかりに男を尻尾で弾き飛ばしてしまった。


「あーあ……」


男の様子をしっかりと見ていたので、


飛んでいった先で男がどうなっているか容易に想像できる。


喧嘩を吹っ掛けてきたいけ好かない相手だったとしても、


自分で召喚したしもべになるはずの存在に……


となると流石に同情の色は隠せない。



「我を封印せしめり忌々しき小さき者共よ…我はここに復活した……我を崇拝せよ……さすれば苦しみなく殺してやる。争うならばその者達に永遠なる死を」



「そしてまた……めんどくさそうなのが出てきやがる……」


そんな言葉とは裏腹に俺はニヒルな笑みを浮かべる。



「でもさ? お前はその忌々しき小さき者共に封印させられたんだろ? つまりはそいつらより弱いってことだ……」



「黙れ! 虫けらめ!!」



先ほどの男同様に弾け飛ばそうと振り抜いた尻尾は風切り音と共に俺に迫る。


しかし俺は動かない。


「避けなくても問題はなさそうだけど……これ以上服がボロボロになるのだけはごめんだな……」


余裕を見せすぎ、あの男の攻撃をすべて受けた代償として、


様々な場所に穴が空き、とてもみすぼらしい格好になってしまっている。


「仕方ない……これからは避けるなり受けるなりちゃんと対処します……か!!」



近くに人がいればその音だけで心臓が止まるのではないか? と言う轟音と衝撃破と共に、


巨龍人の尻尾は、レオンの左手にトンファーのような状態で構えられた【ダーインスレイヴ】によって、軽々と受け止められてしまった。


巨龍人の重量を考えれば、受け止められたとしても、その衝撃で横に移動してしまいそうだが、


レオンは1mmたりともその場から動かなかった。



「む?……お前はただの小さき物ではないのか? 我に争う物には永遠なる死を!!」


節々の電撃が正面に集中し、巨大な球体の電撃へと姿を変える。


「未来永劫我が雷の中で狂ったように死に続けるがいい……」


そして巨大な球体はレオンめがけて放たれた。



「未来永劫肩こりとはおさらば出来そうだな……でもそんなつまらなそうな場所はゴメンこうむるぜ!!」


右手一本で軽々と振り上げた【アポカリプス】は刀身で電撃を捉えたかと思うと、


果物でも斬るかのように綺麗に真っ二つに切り裂いた。


切り裂かれ2つに分かれた球体はどこまでも森を破壊しながら進み、


やがて見えなくなってしまう。



「愚かなり……小さき物よ……我の慈悲を受け入れぬその愚かさを知るがいい……」



巨龍人だったその姿が完全に龍へと変化する。


どうやらこれがこいつの真の姿らしい。 


見るからに元から対してなかったとは思われるが……


知性が欠落し、凶暴性のみが前面に押し出されているのがわかる。


下あごからは凶悪に長い牙が伸び、


閉まりきらない口からはダラダラと涎が垂れている。



「おいおい……そんなんじゃ服が汚れちゃいまちゅよ? ママに涎掛けもらわなかったのか?」



ガアアアアア!!!!



その挑発を合図に龍はレオン目がけて突進する。


「お? 速!?」


俺の予想を遥かに上回った速度だったために流石に対処が遅れた。


その結果何とか【アポカリプス】を盾にして防ぎはしたが、


今度はそのまま押し込まれる形で土煙を上げながら森の中を龍と共に後退していく。


「おお!? スゲー力だ!」


「ツヨガルナヨ! チイサキモノ!! コノママオシツブシ ニクヲクライ ソノチカラ ワガモノニカエテクレル!!」



「だけどな? 力だけじゃあダメなんだ……よ!!」



崩していた体制を立て直し、【アポカリプス】で上手く龍の力をいなす。


すると、その巨体は力の行き先を急に無くしたため、辺りの木をなぎ倒しながら派手に転がった。


「オーレ!!」


さながら闘牛士のように決めポーズをとる……


普通の人間には絶望的であろうこの状況にもレオンにとっては遊びでしかない。


「グルルルルルル……キサマ……キサマダケハ……ユルサン」


「お? いよいよ大詰めか? ならこちらも試しておきたいことがあるんでね……正直今のままでも問題は無さそうなんだが……実験台になってもらうぞ!」


俺は己の中にあるリミットを解除する。


ゲームをしていたころは3Rボタンを押し込んでいた動作だ。


膨大な力の爆発を身体の奥底から感じる……


それも無限に湧き出てくるのではないだろうか?


そんな印象すら受けた。


身体もその膨大な力に耐えるべく人間の姿から人ならざる者へと変化していく。


白く光り輝く鎧の様なその全身は、例えるなら神…そんな神々しさを放つ一方で、


鎧のつなぎ目や関節部分からは漆黒のオーラを滲み出し、


見るものを絶望の淵へといざなう……


右手には神剣【アポカリプス】を携えその背中には天使の翼をはやし、


左手には魔銃【ダーインスレイヴ】を携えその背中には悪魔の翼をはやした。



「キサマ!! ワレトオナジ!!? イヤチガウ!? ナニモノダ??」


「涎垂らしたヘビちゃんに名乗る名前なんてねーよ」


「オロカ……チイサキモノデハナイナラバ……ワガシモベニトモカンガエタガ……」


今度こそ終わらせる気なのだろう。


先ほどとは比べ物にならない力が蓄えられていくのを感じる。


全身に、常人であれば近寄っただけで消し炭にされてしまう電撃を纏いながら、


その電撃を原動力に巨体は光の如きスピードでレオンに向かって突進してくる。


恐らくはそのまま喰らい尽くす気だろう。



凶悪な牙でレオンを噛砕こうと眼前まで迫る。


しかしそれは叶わなかった。



限界まで開かれたその巨大な口は、レオンの下からの蹴りあげによって強制的に閉じられた。


それだけでは衝撃は治まらない……


蹴り上げられた力と突進の力が合わさり遥か上空へと打ち上げられる。


その最中、レオンは容赦なく無防備な龍の長い腹に、恐ろしい速度で拳を叩き込んで行く。


1発1発が山1つ吹き飛ばしてしまいそうな威力だ……


龍の腹はたちまちズタズタにされ、


その衝撃で背中まで大穴が開いてしまっている部分もちらほらと見える。


「グオオオオオオオオオオオ」


痛みのためだろう龍の口からうめき声が漏れている。



本来ならば空を飛ぶ能力のある龍だが、そんな力はもう残っていない……


遥か上空へと打ち上げられてしまった後、待っているのは自由落下だ。



「ただここで馬鹿みたいに落ちてくるの待っているのもあれだな」


軽く地面を蹴り龍を目指してレオンは飛び上がる。


途中天使と悪魔両方の翼を一度だけはためかせるとその速度は光速も超える……


「いたな……」


力なく龍は地面を目指している。


レオンは【アポカリプス】を構えるとすれ違いざまに刃を頭に突き立てる。


その刃は、通常では傷をつけることすらできない固い龍鱗を、刃こぼれ1つすることなく、いとも簡単に切り裂いていく。


尻尾まで到達すると龍は左右に2つに分かれ轟音と共に地上に落ちた。


空中に静止したままその様子を見ていたレオンは、


自分が完全にゲームの中のレオンの力を使いこなせていることに満足し、


ゆっくりと降りていくのだった。

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