第4話 久遠亭
御香の甘い匂いが漂う店内には所狭しと怪しい商品たちが主を求めて鎮座する。
ここは【
リリスの店だ。
レオンが訪れた当時は開店準備が整っていなかったため、
表の看板の【久遠亭】と言う文字が準備できていなかった。
本来ならばどの世界……
そしてどんな種族だとしても、その者に読むことの出来る文字に、勝手に変化してくれるというすぐれものだ。
「え? なんだか機嫌がいいねって?」
そんな店の中でリリスはごそごそと棚をあさっていた。
どうやら接客中のようだ。
「……―――…… ж й я ……――」
とても聞き取れない……これは声と言う物なんだろうか?
うめき声? そんな物にもとれる音を発している者は、ヌラヌラとうごめきながら様々な顔が次から次に現れては消えていく……
いわば異形の者である。
「そんなにおだてても今日はサービスはしませんからね~!」
楽しそうに雑談を交えているあたりこの店の常連なのだろう。
「……――ё η ?」
「えへへ~! 実はね~新たな常連さんになってくれそうな子が来たんだよ! うん! それもねどうやらとびっきりみたいなんだ~!!」
リリスの視線の先には、カウンターから見える位置に配置を変えられた、
【アポカリプス】と【ダーインスレイヴ】がある。
「あの子たちの主人になる予定なんだけどね!」
「Π ξ υ !!?」
「そう! そうなんだよ~!! 2つの子いっぺんになんてすごいだろう!!」
常連と思われる異形の者もどうやら驚いているようだ。
リリスはその客の手? なのだろうか……そのように見える何かを両手でつかみ、
握手をするような形で興奮を分かち合っている。
「いつもありがとう! またどうぞ~!!」
ひとしきりの雑談を終え異形の者は店を後にしていく。
「私に時間なんて無意味だけど……それにしても遅いんじゃないかな?」
リリスはもう1度、例の2つに視線を送る。
「ん~~……私を焦らすなんてなかなかやるなぁ……レオン君。私の言いつけを守ってやり込んでくれているのか……はたまたやっぱり興味を無くしてしまったか……」
強制はしない――
それがこの店のルールだ。
「あ~~~!! こんな素晴らしい子達から同時に求愛されるなんてきっと金輪際無いんだろうな……それなのに……もったいない~~~~!!!」
リリスは床に寝転がるとジタバタと暴れ出す。
しかし場所が悪かった……
あとで整理しようと思っていた山積みの新商品たちがその振動に招かれて、
リリスへとダイブしてきたのだ。
「へ? チョット…… 君達のまとめての求愛は今はご遠慮したいなぁ……」
それがリリスの最後の言葉となり……
永遠と名付けられた【久遠亭】の歴史はここに幕を閉じるのだった―――
ズバッ!!!!
ゾンビ映画で墓場から死者が生き返るシーンのように雪崩が起きた商品の山から
一本の手が飛び出す。
「いてててて…… 冗談抜きに本当に死ぬかと思ったよ……」
どうやらリリスは無事だったようだ。
「やっぱり片付けは後回しにするもんじゃないなぁ……」
そう言いながら自分の身体の各部に異常がないかを確かめる。
すると右足がグシャグシャに折れ曲がってしまっていた……
恐らくここを巨大なモアイ像に下敷きにされてしまったためだろう……
「ありゃりゃ……まぁ仕方ないか……」
人間ならのたうち回るであろうそんな傷にもリリスは慌てない。
右手にポワッと温かな光が集まったかと思うと、光はグシャグシャになった右足へと降り注ぐ。
するとどうだろう? みるみるうちに無残な状態だった右足は、何事もなかったように元の美しい足へと姿を変える。
「よし! バッチリ!!」
治癒魔法とでも言うのだろうか?
仮にそうだとしても、こんな傷をものの数秒で治せるリリスとは、いったい何者なのだろうか?
「さてと……どうしたもんかなぁ……」
自身の修復は難なく済ませたが、商品たちの惨状にリリスは頭をポリポリとかく。
「後からとは思ってたけど……もうこのまま整理してしまおうか……」
人手を増やそうとゴーレム辺りを召喚しよう……
そんなことを思っていた視線がある一カ所で止まる。
「あ~~~~~~~~~~~~~!!!! ない!!!!!!!」
慌ててリリスが駆け寄った先には、先ほどまで鎮座していた、
【アポカリプス】と【ダーインスレイヴ】の2つが忽然と姿を消している。
「ないってことは………レオン君!!!!! やった~~~~~~!!! こうしちゃいられない!!!」
商品の整理などすっかり頭の中から吹き飛ばしたリリスは大慌てで支度を済ませる。
店に臨時休業の札を掲げ、何やら怪しげなアイテムを取り出したかと思うと、目の前に突如現れたゲートの中に消えていくのだった。
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