第5話 蝶
「幸福がとんでくるお守りだよ」
笑顔と一緒に渡された胡蝶蘭の鉢。
白く大きな花びらをひろげる、花の蝶。真っ白い蝶が細い茎の上で群れている。
この蝶の群れが、幸福を一緒によんでくれるとでも言うのだろうか。
「私は今、とっても幸せだから、分けてあげる」
そう言った彼女の、無邪気な笑顔が忘れられない。
僕はそんなものよりも、隣に彼女の笑顔がほしかった。
だけど、白い蝶の群れは今も僕の部屋の窓辺でゆらゆらとゆれている。
「大好きだよ。愛してる」
彼女流のあいさつ。男女の区別なく、何かと言えば、その言葉を連発した彼女。
本気か嘘か冗談か。
どうとでもとれるような言いかたで。
でも、彼女の心は僕にはなくて、それを一番よくしっていたのは僕で。
そして、それを充分に分かっていて、あの笑顔に逆らえなかったのも僕だった。
彼女は僕に花を手渡し、花と同じ真っ白なウェディングドレス姿で去って行った。
輝くような笑顔。
僕に止められる筈がなかった。
窓を開けた。
花に陽の光をあててやろうと思って。
自分でも、何をしてるのかと情けないような気になりそうだったけど。
――その時、上から白いものがふってきた。
一瞬、胡蝶蘭が本当に蝶になったのかと、ばかなことを考えた。
しかしすぐにそれはタオルの姿になり、僕は反射的にそれをつかんでいた。
花が蝶になり、タオルになった。
そんな想像につい笑いがもれる。
どうやら、どこからか洗濯物が落ちてきたらしい。
窓から身をのりだし、上を見上げる。
「すみませーんっ」
斜め上のベランダから、女の子が手をふっている。
「すぐ、取りにうかがいますっ」
その子の笑顔がするりと胸の奥にすべりこんできた。
幸福がとんできた……のかもしれない。
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☆コチョウラン(胡蝶蘭)
種 類 - ラン科
原産地 - 東南アジア
花 色 - 白・桃
花 期 - 冬~春
花言葉 - 幸福がとんでくる
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