第4話 門出に
「やっぱり、この店にしよう」
何件か花屋をまわってみて、買う店を決めた。
そろそろ陽が落ちる。薄暗くなってきている中、そこだけがまるでスポットライトでも浴びているようだ。
コネチカットキング……ひときわ鮮やかな、黄色いゆり。
「いらっしゃいませ」
花屋の娘の笑顔が、一瞬頭の中で別の顔と重なる。
「これを、全部。きれいにラッピングしてほしい」
「全部ですか?」
驚いた様子に、つい笑みがもれた。
「そう、全部。豪華な花束にして下さい。……結婚祝いなので」
バケツごと花を持ち上げた彼女が、一瞬止まった。そして、そっと私を見上げる。
「……きっと、素敵なかたなんですね」
娘はそういって微笑んだ。
静かなその一言に、心をみすかされたような気がした。しかし、悪い気分ではなかった。
ああ、彼女は知っているんだな。
ただ、そう思った。
たくさんの花が、彼女の手の中でゆれる。
鮮やかな黄色の花弁を思いきりよく開き、上を向いてたっている。顔をすぼめたりしない。うつむきもしない。だけどその花びらの根元は、わずかに透けて向こう側が見える。花びらの根元だけ透き間があいているのだ。
「明るくて積極的で、それでいて繊細……ステキな花ですよね」
歌うように言いながら、娘は慣れた手付きでくきの長さをそろえ、下の葉をむしる。
「ここのは見事ですね。私も育てているんだけど、まだつぼみだし、ここまで大きく開くかどうか」
自分が褒められたわけでもないのに、なぜか照れくさくなるのは、やはり先ほどの一言のせいだろうか。
「そうなんですか。今年は気温の変化が激しかったですからね」
彼女の言葉に、私はゆっくりと首を横にふる。
「いえ、誕生日プレゼントにと思っていたんです。でも急に結婚が決まったから。……結婚祝いには、私の花は間に合わなかった」
「そう、ですか」
娘は手を動かしながらも、私を見て微笑んだ。その優しいまなざしに、心の奥に押し込めた気持ちが許されている気がした。
「彼女の門出を心から、祝っています。幸せになってほしい」
……ただ、私にも、少しだけ心の中を吐き出させてほしいんだ。
知っているなら、苦しんでくれるだろうか。
そんな自分勝手な気持ちも奥底にある。
私はそれを誰よりもよく知っている。
だからこそ、花言葉は秘めたままでいいのだ。彼女には永久に知らないままでいてほしい。
私の「隠された気持ち」を。
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☆コネチカットキング(CONNECTICUT KING)
種 類 - ユリ科
原産地 - 日本
花 色 - 黄
花 期 - 通年
花言葉 - 隠された気持ち
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