昭君(しょうくん)の間

ここで最初に登場する熊本城の「昭君の間」が再び登場する。

昭君の間というのは「将軍の間」つまり秀頼を大阪城から連れ出したときここを拠点に豊臣政権を取ろうという事を意味していた。

ここに秀頼が座っていた。

まさしく「将軍の間」となっていた。

とりあえず秀頼の一命だけは守ることが出来た。

清正は安どした。

次は秀頼と家康の会見を取り図ることだった。

いくら偽物とはいえ「豊臣家」の一人である土丸を見殺しにすることはできない。

大阪城を出て二条城での会見である。

淀の方は「しかたありません」そういった。

淀の方とて土丸が秀頼の身代わりになってくれるのはありがたい。しかし、だからといって秀次の妻子側室侍女まで殺されたことに同情していた。

自らも、二度の戦火の中を経ている淀の方は土丸の人生が他人事とは思えなかった。おかしなことに秀頼よりも愛情が深くなっていった。


清正は家康十男頼宣の護衛役として同席したが、いざとなれば、家康ともども頼宣を殺す覚悟を持っていた。それがたとえ次女の婿になる男であっても。


会見はスムーズに行われた。

しかし、それが良くなかった。家康にとって秀頼は「優秀な人物」と映ってしまった。それはすなわち、「徳川に害なすもの」というものである。


そして清正の体はすでに病にむしばまれていた。

おのれが死んだら、家康はどんな手を使ってもこの家をつぶしにかかるだろう。

そうしたら息子は秀頼を守り切れるのか?

そんな不安が常によぎっていた。


「どうなされた主計頭どの?」と声をかけてきたのは蜂須賀家政、蜂須賀小六正勝の嫡男である。蜂須賀家は秀吉がまだ城主になる前から仕えてきた家柄である。

清正も小六にはずいぶんかわいがってもらった。

「そうだ」清正は家政に託すことにした。

家政は伊達政宗から「阿波の古だぬき」といわれるほど老獪な人物である。彼ならきっと秀頼さまを守り切ってくれるだろう。


折を見て家政にこのことを伝えた。

「うーむ」家政はうなった。

うなる家政に対して

「阿波守どの、これは誰にも漏らしてはいけない秘密でござる。もしご承知いただけなければお命頂戴いたす。」

清正は脇差を抜き、怒鳴った。


「わかりもうした。」

「この阿波守。命に代えてもお守りいたす。」

「くれぐれもお願い、お願いいたす」

清正は頭を下げた。



その数日後清正は船上で発病し、熊本の地で亡くなった。享年50歳。

加藤家は三男忠広が継いだが、清正の予想通り改易となった。


秀頼は蜂須賀家政に預けられ、商人として生業を立てていた。

妻をめとり、4人の子宝に恵まれた。


やがて大坂の陣で豊臣家が滅び、戦乱の世も遠くなり蜂須賀家政は将軍家光の御伽衆となっていた。

その日も家政は呼ばれた。


「時に阿波守。だいぶ昔になるがな。わが祖父家康公が豊臣家を亡ぼした際、自害したのは秀頼ではなく偽物だ。という話が伝わってきてな。。」

「はぁ」

「それがそちの国にいるという話じゃ。おぬしに心当たりはないか?」

「ございません」

「そうか。残念だのう」

「もしいたら、上様はその者をいかがいたしますか?」

「ただ。。」

「ただ?」

「祖父家康公や父秀忠、そして伯母淀の方様の事を聞きたいだけじゃ。」

「それだけですか?」

「それだけじゃ」

「殺さなくてもよろしいのですか?」

家光は気のない素振りで、「それには及ばぬ」

「なぁに、戦国の世はもう終わったのだ。」

「さようですか」

「阿波守。そういえば、この前の話じゃがのう。。。」と家光は別の話しはじめた。


家政は亡き父によい報告が出来ると心中で思っていた。

          完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

清正の城 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る