影武者

清正は52万石の大大名となった。

友である佐吉を犠牲にして得た52万石に清正はなんの興味も持たなかった。

しかし、藩政を行うことはおろそかにしてはならない。平和な時代になったことを政治を使って表さないといけない。治水や農業振興を行った。

もともと肥後は「もっこす」の国である。すこしでも不満があれば民衆は立ち上がる。それを抑えるためには軍事力よりも政治力だと清正は考える。

今まで朝鮮出兵の軍事費のため重税をかけてきたが、少しでも楽な暮らしを民衆に与えねば、火薬庫に火をつけるようなことになりかねない。

今までは軍事力で何とかしてきたがもうそういう時代ではない。


藩政以外にも清正には徳川家と豊臣家の懸け橋として働かなければいけない。

家康にも秀頼にも信用されているのはいまのところ清正だけである。


その清正のところに一人の青年がたずねてきた。

深く笠をかぶっている。年の頃は秀頼と同じくらいであった。

質素な服装だが腰にはそれなりのものを帯びている。

「ごめん、加藤主計さまの御屋敷はこちらであるか?」

「どなたでございましょうか?」

「秀次の息子「土丸」じゃ」

と笠を取ってみせると秀頼そっくりの顔立ちをしている。

「は、主はこちらにございます。」と青年は奥に案内された。


「殿。お客人でございます」

そういって清正の部屋に入る。

「あっ」と清正は声が出た。

秀頼公と瓜二つの人物なのである。

「お初にお目にかかります。拙者豊臣秀次の四男土丸ともうします」

「関白様の、、、、、」

「たしか三条河原で処刑されたと伺いましたが。。。」

「あれはわたしの身代わりです。」

「身代わり?」

「もう亡くなられましたが大和大納言さまの命で藤堂高虎にかくまってもらっておりました」

「大和大納言さま」

大和大納言とは秀吉の弟豊臣秀長のことである。豊臣家きっての知恵者であり、秀吉に文句が言える数少ない人物でもある。

しかし、秀吉が亡くなる前に鬼籍に入っている。

「なにゆえ、大納言様は土丸様をお匿い(かくまい)に」

「いざというとき、私が秀頼さまの影武者になるためです。」

「なんと」清正は絶句した。

おもえば秀長が亡くなってから豊臣家は狂いだしたといえる。

「わたくしにその勤めが出来ますか?」

「しかし、土丸様。もしかしたら貴方はお命を落とすかもしれませんぞ」

「構いません。わたくしは「そのため」に生かされてきたのですから」

「それに、」

「父秀次が失った「関白」の地位に戻りたいとおもいます」


「わかりました、この虎之助。土丸さま、、いや秀頼さまのために命を捨てましょう」


その足で清正は大阪城に行った。共として「土丸」を連れて行った。夜はもう更けていた。


「なんじゃ、こんな夜更けに。」淀の方はそういって目をこすった。

「母上。清正は豊臣恩顧の忠臣です。それが急な用なのですからよほどのことでありましょう」

「はは」と清正と土丸は頭を下げた。土丸は頭巾をしている。


周辺を見回して「御人払いを。。」と秀頼に頼むと、周囲の人たちは下がった。


「土丸様」そう清正がいうと土丸が頭巾を取った。

「あぁ」淀の方は大きな声を出した。

秀頼が二人いるのだ。それはびっくりすることだろう。

「影武者か」秀頼は一言だけ言った。

「はい。このことは大和大納言さまがご思案なさって行ったものですぞ。軽々しく捨て置くことはできません」

「叔父上が。。。」

秀頼は叔父秀長に会ったことは無い。しかしその噂、人柄は周囲の者から聞くことは多々あった。あったことはないが「尊敬できる」人物である。

「わかった。」秀頼はそう言った。

「なりません。」淀の方は反対した。

「母上。わたくしには豊臣だけではなく、織田、浅井の血が流れております。その血を絶やすことは父上に対しても申し訳ないことでございます。

もし、母上が反対なされるのなら、秀頼は今ここで死にまする」

これには淀の方も返す言葉が無かった。

「これで亡き秀次さまも救われましょう」

「ではおぬし、関白様の。。。」淀の方はハッとした。

ぽろぽろと淀の方の目から涙が流れてくる。

「さ、では気づかれないうちに」

と、秀頼と土丸は互いの服に着替え、秀頼は頭巾をかぶり清正の屋敷に入った。


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