存在しない正解を求めて

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第1話 手紙と親友と


『後悔したくなければ絶対に読め』

その手紙の見出しにはそう書かれている。

「・・・はぁ。馬鹿じゃねぇの」

孝太郎は手紙を無造作に投げ捨て、ベットに転がり、その辺に置いてあった漫画を読み始めた。


詐欺師もビックリなタイトルを見て、読んでも絶対に得がないと孝太郎は確信していた。

「怪しい新興宗教でも、もう少し考えるだろうよ・・・」

はははと薄い笑いを漏らす。

そもそも開ける前から違和感しかなかった。差出人どころか宛先すら書いていない。茶封筒に鈴木孝太郎と申し訳なさ程度の大きさで書いてあっただけだ。・・・しかも、どうでもいいことに料金後納だ。何故届いたのかすら疑問ではあったが、DM以外で自分あての文書がくることが珍しいこのご時勢。何となくワクワクしながら開けてしまった。


そしたらこれだ。手の込んだ悪戯以外の何者でもない。


「・・・・・・・・・・・・」


だがしかし。時間の無駄だと分かっていても気になる。いや、こんなお粗末な見出しだ。むしろ、中身がどれほど馬鹿らしいのか気になる。一度気にしてしまうと、とにかく気になって仕方がない。


「あぁ、くそ!!」


頭を掻きながら体を起こす。


『数Ⅰの教科書を勉強しろ。範囲は10~17ページまで。しなければ月曜日に絶対後悔する』


孝太郎は手紙を手に持ち再びベットに倒れこむ。文章が下手くそすぎるのはともかくとして、一行目から意味が分からない。ゲンナリと疲れ切った視線で二行目に目をやる。


『火曜日の放課後は17時まで葉山達と雑談をしてから帰宅しろ。出会いを失わないために。もう二度と後悔しないためにも選択を誤るな』


あまりにも馬鹿馬鹿しいと孝太郎は手紙を投げ捨て、漫画を手に取った。こんなにアホらしいことを信じる人間がいてたまるか。何がもう二度と後悔しないために、だ。お前が俺の何を知っているというのか。

孝太郎は不快で仕方がなかった。悪戯で人を困らせるしか能のない馬鹿に、自分の過去を踏みにじられた気分だ。


あの雪の降りしきる冬の・・・・・・。

「ああぁぁぁぁぁ!」

トラウマを掻き消すように雄叫びをあげる孝太郎。地面に落ちた手紙をグシャグシャにまるめ、投手さながらの全力投球。残念なことにストライクとならず、ゴミ箱の横に落ちるのだった。




あれから一日経っても孝太郎の心は晴れていなかった。

快晴の朝に似つかわしくない鬱屈とした表情で机につっぷしている。


あんな糞みたいな手紙なんてどうでもいい。どうでもいいはずなのに・・・何故だか無性にいらつく。


「・・・朝からなんて顔してんだよ、コウ」


呆れたような声が孝太郎の耳を打つ。


「……なんだ葉山か」

「朝から随分とご機嫌斜めだな。何かあったのか?」


声をかけつつ孝太郎の隣の席に着く葉山。

その様子を目線だけで追っていた孝太郎もようやく体を持ち上げ、大きく溜息をついた。


「どうもこうもねぇよ。アホみたいな奴がアホみたいな手紙を送ってきたんだよ。・・・それにイラついてる俺も相当あほだな」

「まぁ、コウがアホなのは今に始まった話ではないがな」

「うっせ、ハゲ」

「はっ、ハゲてない! 俺はふさふさだ」


言葉とは裏腹に、葉山は頭を触り髪の毛をチェックしはじめる。遂には手鏡まで取り出し確認を始めた。

そんな様子を見て、孝太郎は少し反省する。

葉山の親父さんの頭からは髪の毛が一掃されていて、葉山がそれを気にしていることを孝太郎は知っていた。葉山にハゲと言うのは、『死ねクズ臭いんだよ』と同レベルだと。


もちろん、葉山はハゲてなどいない。むしろ、ハゲたらそれはそれでカッコよいのではと思ってしまうほど、整った顔立ちだ。帰宅部のくせに体は引き締まっているし、身長も180㎝とかなり高い。クラスの女子人気も異様に高かったりする。


「・・・イケメンなくせして性格も良いんだよなぁ」

オロオロと手鏡で生え際をチェックする葉山を見て、孝太郎は呟いた。


葉山と孝太郎の出会いは一か月程度前のこと。春坂学園の入学式で迷子になっていた孝太郎を葉山が案内したことがきっかけだった。葉山は顔だけでなく、性格も良く、髪がボサボサで猫背が特徴的な孝太郎にも分け隔てなく話しかけた。


陰と陽は引き合うのか、隣の席だったのが良かったのか、二人はスグに意気投合した。基本的にボッチ体質のある孝太郎が学校で話をする同級生は、幼馴染を除いて葉山だけだ。


イケメンのくせに俺のことを馬鹿にしないなんて良い奴だよなぁ、なんてボンヤリと考えていると、半泣きの葉山が見つめていた。


「いや、悪かったよ。ハゲてない。むしろ、ふさふさだって」

「マジで!! そうだよなぁ。ハゲてないよなぁ。よかったぁぁぁぁ」


葉山は安堵のため息をついて胸を撫で下ろす。


「で、アホみたいな手紙ってなんだ? 不幸の手紙か何かか?」

突然に話を戻され、少し戸惑いながらも孝太郎は昨日の話を始める。

「いや、不幸の手紙というより、単なる幼稚な嫌がらせだな。後悔したくないなら絶対に読めだぁ!? 馬鹿にしやがって!」

「落ち着けよ。そんなにムカつく内容だったのか?」


再燃していた怒りを何とか沈め、内容を振り返る。月曜日、つまり今日のために数Ⅰの勉強をしておけということと、明日は出会いのために雑談してから家に帰れってこと。水曜日以降のことも書いてあったみたいだが、それ以降は読まずに捨てた。


「・・・ムカつく内容ではないな」

「なら、何でそんなに不機嫌な顔してるんだ?」


葉山のもっともな疑問に孝太郎はバツが悪そうにそっぽを向く。

冷静に考えれば気味は悪いがイラつくほどのことではない。勝手に自分の過去と結び合わせて、一人舞い上がっていただけだ。


「ほら、チャイムなったぞ。席に着け」


どう答えたものかと悩んでいた孝太郎は、先生の声に救われ、会話は一先ずのところうやむやに終わった。しかし、葉山は納得いかないのか、難しそうな顔でホームルームを受けるのだった。



ホームルームが終わり、授業まで十分程度間があったが、葉山と孝太郎の間で手紙の会話がなされることはなく、いつも通りくだらない雑談をしていた。葉山にとってそれほど重要な問題ではなかったらしく、わざわざ聞くようなまねはしなかった。孝太郎も自分から蒸し返すようなことはしなかった。


「ほら、お前等静かにしろ。授業始めっぞ。日直」


立って・頭を下げて・座る。心の籠っていない機械的なこの動作になんの意味があるのだろうかと思いつつも、みな一時間に二回この動作をする。


無事に機械的な動作を終えた孝太郎は寝る姿勢に入った。もしかしたら今から寝るけどごめんなさいと頭を下げていたのかもしれない。そう思えるほど俊敏だった。


「教科書とノートをしまえお前等ぁ~」


この声に教室がざわつく。始まって数分で教科書をしまえという言葉。ここから導きだされる解は一つしかない。


「小テストを行います」


あまりに心無い一言に、何かを悟った表情をする者、テストを延期するよう拝む懇願する者、徐に教科書を見る者、自信に満ち溢れた顔をする者。様々な人間の中で、孝太郎は顔を真っ青にしていた。


体の奥底から湧き出る不安感を孝太郎は抑えきることができなかった。

そして、後ろの黒板の時間割表に目をやる。・・・そう一限目は数Ⅰだった。


この時、葉山も青い顔をしていたことを孝太郎はまだ知らなかった。

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