第2話 天使の誘惑

「あれが宇宙の入口?」

総理の理解をこえていた。

「総理、量子機関搭載型コンピューターがなぜ従来型より速いかわかるかね」

橘が学生にたずねるような口調で総理に問いかけた。

「たしか重ね合わせがどうとか……」

「うむ今までのコンピューターが0と1の指二本で計算しているしよう、量子機関は子供が足りない指を母親から借りるようによそから指を借りてきて計算しているのじゃ。ではどこから借りてきていると思う?」

「まさかあそこから……」

「うむヒュー・エベレットの多世界解釈によれば重なり合ったよその世界からということじや」


「ちっ、流れが速い!

「しかも深すぎる!」

二人と壁の間に電撃が走る。

『ナビを使うのよ』

声が頭の中に響いた。

「くそぉ!手を貸せ竜魔!」

「ゴクウ、前へ!」

 光をまとった竜妖精と西遊記の孫悟空が二人のかたわらに出現した。


「教授、あれはいったいなんですか?」

「バカな、あれは量子デバイス!仮想世界のナビゲーターが肉眼で見えるなどありえん‼相転移ドームの影響なのか!?」


 天魔と庚申はナビゲーターとともにゆっくりドームにめり込んでいった。

 そしてコードを残してその姿は消えた。


天魔が振り返るとそこには自分と庚申の姿が凍りついたように立っていた。さらにその先には総理と橘教授たちが止まって見えた。

ここからは時間の最小単位プランク時間の支配する領域だった。


 やがてドームの内側に現れる二人と二体。

「さっき聞こえた声はいったい……」

庚申がいぶかしむ。

二人の外観が変わっている。天魔は黒を基調にしたつなぎの戦闘服だ。庚申は三蔵法師をイメージさせる姿に錫杖を持っている。

「なんですかその殺る気満々のコスチュームは?」

 天魔は二刀流だ。左手の剣は盾替りで鍔が広くできている。

「すぐにわかるよ。おっともうやって来た」

 悪夢に侵食されたような筑摩学園都市をバックに、大小様々な怪物が待ち受けていた。

 庚申が錫杖を構えゴクウも如意棒を振るった。


「なんですかこいつら?」

 怪物たちが咆哮して襲いかかってきた。

「きいてみたらどうだよ」

 天魔はたちまち一匹を切り倒した。


「ヒエーッ!」

 天魔のナビ、竜魔は翼竜の爪から逃げ回っている。

「こんのーっ!」

 竜魔は口から火焔を吹いて逆襲した。

 激闘がはじまりたちまち怪物どもの死屍が築かれる。

「天魔きりがないよー!」

竜魔がをあげた。

「くそ、倒した数だけ増えてやがる!」

「ゴクウ、コピーを!」

庚申が命じると西遊記さながらにゴクウは髪の毛を抜いて自分たちの複製を無数に作った。

 大乱戦となった。



 その光景をビルの屋上から覗き込む二つの人影。

「なんとか第1面クリアですか」

庚申がつぶやいた。

「やれやれお姫様はどこにいるのやら……」

これは天魔だ。

 いつの間にか乱戦を抜け出して見物している二人だった。。


「裁判で悪魔の仕業と証言していたのは本当だったのですね」

「誰も信じてくれなかったがね」

階段を二人は駆けおりていた。

「目撃した今も信じられませんよ」

「けっ」


 天魔の足首を床から伸びた気味の悪い手が掴んだ。

「くそ!ここにもいたか!」

「待ちなさい!」

 腕を切ろうとした天魔を制した。

 錫杖が床を砕いた。

 露出するOLらしい顔。

「た・す・け・て……ぶじゅぐじゅ!」

 得体の知れない床材に蝕まれ口からもあふれ出した。

 やがて腕だけを残して床は元にもどろうとする。

 慄然として見下ろす二人。

「住民や職員たちはみんなこうなっているのか」

「ここでまともに動ける人間は量子使いだけでしょう」

庚申がそう推測した。


~~~~~


天魔たちのコピーが次々とかき消されていく。

「この間抜けども!」

 対策本部のモニターに映し出された悪魔が現れた。

「ゼブルさま」

「こんな複製にだまされおって!」

 怪物たちが恐れおののいている。

「しかし何者だ。あの少女といい……」

 天魔の複製を握りしめる。

「……そうか、あの時の……」 


~~~~~


 オブジェのように悶絶している顔や手足の突き出た廊下を進む。

(なにが起きているのか。これが加速器の事故のはずがない)

庚申の口元には微笑さえ浮かんでいた。


「ずいぶん楽しそうじゃないか。助けようとはおもわないのか、え、教祖さまよ」

天魔が庚申の笑みを見とがめた。

「時間を無駄にするわけにはいきません」

「初めて見たときにわかったよ。お前は偽善者だってな」

「善人ぶったつもりはありませんが。ただここには世界を律している根本原理が隠されているような気がしましてね」

「なんだそりゃ。お姫様を救うんじゃなかったのか」

「わたしはこの世を統べる究極の法、ことわりを知りたいだけなのです。そのためならすべてを捨ててもいいとさえ思っています」

「はあぁぁ?」

「それから天魔くん救うのはお姫様じゃなくて世界ですよ」

 天馬のあきれ顔に諭すように付け加えた。


「お前バカじゃねぇのか。究極の法とかそんなもの知ってどうする」

あしたに道を聞けば、ゆうべに死すとも可なり。この気持ち、あなたには永久に理解できないのでしょうね」

「けっ、格言親父かよ嫌だね」

 小さく吐き捨てるように言った。

「だいいち究極の法とやらはどんなもんだよ」

「それはどんなものにも誰にでも例外なくあてはまるもの」

「へぇ」

「それはいついかなる時代でもどのような場所でも変わることなくあてはまるもの」

「ほかには?」

「いまのところはこれだけでしょうか」

「ほんとバカ、なんなら俺が教えてやろうか」

「どうせくだらないことでしょうが、ご教授していただきましょうか」

 小バカにしたような庚申に天魔はニヤリと笑いかえした。

「ただじゃぁ教えられねぇな」

 天魔は親指と人さし指で丸をつくりもったいぶった言い方をする。

「ふん、もういいですよ。どうせでまかせを言うつもりでしょうから」

 さすがにむっとした様子だ。

「本当にこの世の真理を教えてやろうと思ったのに、いやぁ残念。ああ、それから世界を救うためにはお姫様をまず助けるのが順序てもんだ。RPG遊んだことないのか?なさそだな」

天魔は庚申をいじるのが楽しくなってきたようだ。


 庚申が反発しようとしたとき爆発がおき壁が崩れた。


壊れた壁の外で天使と悪魔が戦っていた。

 美しい神の軍勢と醜い悪魔の軍団が天に地に、彼方と此方でそれぞれの眷族を率いて。


 呆気にとられる二人。

「天使と悪魔だよな」

「……」

 珍しく天魔が同意を求めて庚申はただうなずいた。

二人の間近に怪物の死骸が地響きを立てて落ちてきた。


「キャーッ‼」

 そこに悲鳴が届いた。


「あそこっ!戦場のド真ん中っ‼」

 天魔が少女を発見した。豚とも亀ともつかない不恰好なナビに守られていた。

「あれが橘祐子か」

「いくぞっ!」

「あ、待て……」

 庚申の制止を聞かず天魔が飛び出した。


 天魔に殺到する牙と爪だけのような怪物たち。

 天魔は攻撃を左で受けて右の剣で切り伏せる。

 だが背後からの怪物に襲われ、天魔は腹から真っ二つにされてしまう。

「まったく無茶をする」

 それはゴクウの作り出したコピーの一つだった。

「へ、よけいなまねを」

 天魔は稲妻のように戦場を駆け抜けていた。怪物の攻撃はかすりもしない。


「いやっ!はなして‼」

「やっと天国の門をつかまえた」

 天使が祐子の髪の毛を束ねて宙にさらおうとする天使。

 その天使の片翼と左腕が切断される。

「いいや、こいつは地獄の釜の蓋さ」

 悪魔は祐子の首を片手で吊った。

「ぐあっ‼」

 その悪魔の横面に天魔の飛び蹴りが炸裂した。さらに庚申の独鈷杵が脳天に突き立てられた。

「おい大丈夫かお姫様、逃げるぞ」

 天使が咳きこむ祐子に呼びかける。

「うわっ!」

「え?」

 意外に強い力で祐子が二人を引きずりこんだ。

さっきまで二人の頭があった空間を悪魔の鋭い爪がないでいた。

「伏せて!」

 光と衝撃波がきた。

「ギャーッ‼」

悪魔が蒸発した。


いくつもの光球が生まれ、ついで核兵器を使用したようなキノコ雲が何本も立ち上った。


「くっ!魔王ゼブルめ、自分たちの眷属ごと空間を焼きはらったのか‼」

 天使が左腕の傷口を押さえうめいた。


「ここでなにが起きている?」

 天魔がが切っ先を向ける。

「戦争に決まっているだろ」

 天使の血にまみれた顔が天魔にむけられた。

「あなたたちが何者で何を争っているかきいているのですよ」

 庚申の独鈷杵が喉元にくいこむ

「ふはは、どちらがより多くの命を奪ええるか競争しているんだよ」

 天使が禍々しく笑う。


「急ぎましょう。ここは外の世界と時間の流れがちがうけど、残された時間は少ないわ」

 祐子がうながすが庚申は未練があるようだ。祐子をふりかえり、

「まだこの天使にききたいことが……」

「シャーッ」

 弱りきっていたはずの天使が光の剣を抜き放ち庚申に襲いかかった。

 その天使に影が落ちてきた。

 祐子のナビゲーターが天使をその巨体で押しつぶした。

「お前さんのナビかい?あの豚、いや亀かな」

「失礼ね、アルマジロよ。アロっていう名前なの」

「アルマジロ……これが?」

天魔はまじまじとアロを見つめた、

「あとで小一時間ほどアルマジロについて講義するひつようがありますね」

庚申が冗談とも本気ともつかない言い方をした。



 廃墟の中を駆ける三人。

「さきほどはありがとう。わたしは伽藍堂庚申。よく無事でいられたものですね」

「橘祐子よ。こちらこそ助かったわ。さっきもそうだったけど、どちらもわたしに危害をくわえる気がないみたい」

「で、これからどうする?」

「『マレン』の研究棟、中枢にむかうわ。そして……」

 祐子が足を止めた。

「どうした?」

「あなた……葛城天魔ね」

じっと天魔を見すえる。

「それがどうした?」

天魔の表情が硬くなる。

「わたしを殺して」

「なっ!?」


~~~~~


 潰された天使の体が痙攣した。

「うう、よくも……」

 腕や翼の傷口が醜く再生していく。

「人間のぶんざいで!」


~~~~~


「殺してほしいとはおだやかじゃありませんね。どうしてですか」

「やつらの世界につながっている量子ゲートだからさ」

祐子のかわりに天魔が答えた。

「な、なぜそれを知ってるの?」

「あの時……」

天魔は遠い目をした。

「ネットで量子機関の可能性をさぐっていた俺たちは一万人の量子使いをシンクロさせる実験を実験をおこなった」

 手をつなぎ瞑想する群衆を思い出していた。その中には橘祐子もいた。

「そうしたらこの女から突然相転移ドームが産まれたんだ。そしてやつらがあふれだした」

 祐子を包むドームから天使と悪魔が出現する。

「殺戮がはじまった」

 量子使いたちを襲う天使と悪魔の軍勢。

「すぐに相転移ドームは蒸発しあとには俺とこの俺とこの女が残された」

 そして冒頭の死屍累々の中立ち尽くす天馬と眠り続ける祐子の二人。



「蒸発した……ホーキングのマイクロブラックホールに似ているが……。しかし今回は『マレン』がエネルギーを供給しつづけているから蒸発しないで街を呑み込んだのか」

「知らなかった……気がついたら病院であなたがやったことになっていて……わたしもあなたの仕業かと……」


(さてどうしたものか……)

 庚申は思考をめぐらせた。


~~~~~


 異様に変形した研究棟建屋をどす黒い瘴気がおおっている。

「『マレン』の制御施設はあの研究棟にあるわ」

 かつては植え込みだった異形の植物の陰に隠れている。

「世界最速というふれこみの量子機関搭載型ですね。治療実験に参加していたとか?」

 庚申の問いに祐子の顔がくもる。

「加速した重粒子をガン細胞にぶつけて殺すの。全身に転移したガンでも量子使いなら自由自在にピンポイント攻撃できるからたくさんの患者さんを救うことができるかもしれないって」

「それで?」

「私以外は成功したわ。でも自分に照射したら突然」

「ということは……祐子さん、つまりきみは末期ガン……」

「ええ、きっと天罰がくだったのね」

 祐子はがワンピースをたくし上げると腹部にはぽっかりと大穴があいていた。

「もういい!」

天魔は目をそむけた。


「見つけた!」

「きゃっ!」

 さきほどの天使が祐子を背後から抱きすくめた。

「くそ、いつの間に!」

「けけけ、あれぐらいで死んだとおもったか」

 色の違う翼と腕が再生していた。体もまだら模様になっていた。

 天使は飛び立とうと翼を広げる。

「天国の門はいただいていくぞ」

「お願い天馬わたしを殺して!」

 天魔はこたえず刀の柄に手をかけている。


「行かせるか!」

 庚申が錫杖を構えて前に出た。

「がはっ!」

 だが天使の剣の一振りではね飛ばされる。

「やはりこの程度か。さっきはダメージがあったから……え?」

 天魔は抜刀して背後に出現していた。

「てい!」

 首をはねられる天使。

「いつの間に背後に……」


「俺は助けににきたんだ」

 天魔は祐子に向き合った。

「殺しにきたんじゃない」

「ごめんなさい……でも……」

 祐子は涙ぐんだ。


 天使の首は転がり獣の脚にあたって止まった。

「魔王ゼブル!」

それが天使の見た最後の光景だった。

 ゼブルは天使の頭を踏み潰した。

「これは愉快。人が天使を倒したか」

 牙をむいて笑うゼブル。 

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