ハルマゲドン
伊勢志摩
第1話 相転移ドーム
死屍累々の荒野。
若者たちの死体が折り重なっている。
どの死体も激しく損傷していた。
茫然と立ちつくす少年が1人。
少年の足元には仰向けに倒れている少女がいた。
少女の腹部はボールを伏せたような半球の光にに包まれている。
突如半球から黒い腕がのびて少年の胸を貫いた。
「ぐぶっ!」
少年がうめき鷲爪のような手が背中から突き抜ける。
『残念……時間切れか……』
腕がつぶやき、やがて半球とともに消えていった。
少年の姿はエラーのでた粗いデジタル画像のように薄れていく。
少女も死体も同じように消えていき、何もない荒野だけが残った。
~~~~~
高い塀に囲まれた少年刑務所、その監視塔のサイレンが鳴り響く。
爆発が壁を吹き飛ばし炎が空を焦がした。
怒号の中、吹っ飛ぶ昼食にトレイ、食器類。
おびただしい死体と瓦礫の中、やはり立ち尽くしているあの少年。
「
アラブ系の顔立ちをした男が衣服をくすぶらせて立ち上がる。手には拳銃があった。
葛城天魔と呼ばれた少年がすっと右手をあげた。
「ぎゃーっ!」
室内にもかかわらず男に落雷があたった。
天井の照明からの放電であった。
「とうとうここまで
天魔は己の血にまみれた右手につぶやいた。髪の毛が逆立ち火花が散っていた。
「やめんか、天魔!」
年かさの男が後ろから羽交い絞めにする。
「もういい、終わった。テロリストたちの始末は私たちまかせろ!」
「所長……」
天魔は虚無の笑みを唇の端にのせ、刑務官たちに拘束される。
「怪我人をはやく医務室に!」
所長が指図する。
独居房の鉄扉が閉まる。
「あとの処遇が決まるまですまないがしばらくここで待っていてくれ」
「ああ、ここのほうが落ち着くよ」
気を使う所長に強がりなのか天魔はそうこたえた。
「なんのために生きている。こんな甲斐のない人生……」
薄暗い房の中、ベッドにうずくまり天魔がつぶやいた。その瞳は闇を見つめている。
突如、稲光のような閃光がはしり天魔の脳を貫いた。
「うっ!……なんだ……」
鉄格子入りの小窓から火花のような光が飛び込んでくる。
外をのぞいた天魔の目がみひらかれた。
鳴動とともに光と闇に彩られた巨大ドームが出現していた。
「……悪夢だ!」
~~~~~
簡易ベッドに横たわる老婆に手をかざしている少年。
「これであなたの癌は治りましたよ」
「
涙ながらに感謝する老婆。
「うっ‼」
庚申の脳裏を閃光が駆け抜けた。
小高い丘の上、森に囲まれた白い宮殿に白装束の男女たち。
眼下に出現したドームを見て騒いでいる。
輪郭はおぼろに揺らぎ渦巻きがいくつも表面をさまよっていた。
「あれはなに?すぐに庚申さまにお知らせを……」
「あ、庚申さま!」
人垣が割れて庚申とよばれた修行僧のような美少年が歩み出る。
「あのドームはなんでしょう?それにこの地鳴り」
不安そうに不気味なドームを指さした。
「邪悪な気を感じます。もしかすると……」
なにか超然とした物言いだ。
「終末がきたのかもしれません」
庚申の剃髪された頭部から後光がさしていた。「ああぁ、庚申さま、どうかお救いを‼」
信徒の娘たちがすがりつく。
(この世の
庚申の眼差しは知的好奇心に輝いていた。
~~~~~
報道のヘリコプターがドームの上空を旋回している。
「筑摩科学都市に突如あらわれた謎のドームは、およそ直径2㎞!地下に建造さた粒子加速機『マレン』の円周に重なるようにそびえています!」
身を乗り出すようにして女子アナウンサーが実況している。
「ドームはまるでバリアのよう内部への侵入をこばみ、あらゆる通信手段が途絶しています。いったい中はどうなっているのでしょう。住民たちの安否が気づかわれるところです」
国会議事堂ではテレビ中継画面を見つめる男たちがいた。
『ちょうど『マレン』は実験のため稼働中だったとの情報もあり、その因果関係が取りざたされています!政府は対策委員会を発足させ……』
あらゆる情報が集まる作戦室のような一画に対策委員会はあった。
「粒子加速機が相転移をひきおこす確率はいくつでしたか、橘教授?」
リモコンをもてあそびつつふりかえる細身で若い総理大臣。
「いや、学長ですか、いまは」
「なに教授でけっこう。いまもたまに教鞭をふるうのでね。確率的にはほぼゼロ。宇宙が存在するあいだサイコロを振り続けてもその目は出んよ」
老齢の男、橘がステッキを軽く床に突いた。
「しかし総理は授業の内容より、脱線した話のほうをよく覚えておいでだ」
「それではあのドームはどう説明します」
「おそらく相転移であろうな」
「な!?しかし……」
「ボース=アインシュタイン凝縮体、目に見えない量子の世界がマクロな現実世界にはみ出してきたものだ。表面の渦巻きはいわゆる量子的なゆらぎじゃな。問題は確率などではなく、なぜ『マレン』の内側に相転移ドームがとどまっているのか……本来なら宇宙全体の物理法則が変わり、すべて消滅してもおかしゅうない」
「ううっ、消滅ですか」
一様に青ざめる出席者たち。
「さよう世界のバランスがくずれ力のつりあいがとれなくなれば世界は崩壊するしかない」
「たしかテレビでは実験がどうとか……」
「ああ、孫娘に協力してもらってね、その……加速した重粒子ビームによる治療実験じゃ」
橘の歯切れは悪い。
「お孫さんはたしか例の生き残りの新人類……」
総理が何かを思い出したように口を開いた。
「新人類の
うつむきかげんに告げた。裏がありそうな雰囲気だ。
「新人類ですか?」
出席者たちがざわめいた。
そこに場違いなほど軽やかな電子音が鳴り響いた。
「『マレン』のメインコンピューターから信号が!」
女性オペレーターが驚いたように告げた。
「たしかあそこのはメインは」
「さよう、世界最速の量子機関搭載型じゃ。あれがいまだに動いておるとは……」
総理のうろ覚えの記憶を橘が補完した。
『はやく……!救って……世界を……』
少女らしき輪郭がモニターに現れ懸命に訴えかける。
『……最強の量子使いをここへ……お願い!いそいで‼』
「祐子!」
橘がうろたえたように立ち上がった。
「祐子、聞こえるかい、おじいちゃんだよ‼」
『おじい……さま!』
モニターの画像が少し鮮明になり必死の表情が読めた。
『あと一時間で……破滅……わたし……悪魔‼』
「キャーッ‼」
オペレーターの女性が悲鳴をあげた。
ふいに哄笑する悪魔のような顔が映し出され室内のすべてのモニター、パソコンが爆発、放電した。
「祐子ーっ‼」
煙と炎、悲鳴と悪魔の笑い声が交錯する。
「教授、いまのはいったい……」
「わからん!わからんが総理、ただちに最強の量子使いを相転移ドームへ!」
総理の肩をがっしり掴む橘。
「タイムリミットはあと一時間!指揮はわしが執る!」
壁の時計は十時十五分をさしていた
~~~~~
腕時計は11:00と表示していた。
「で、はやくもその一時間が過ぎようとしているわけですね」
呆れたように庚申が腕時計を見つめる。
「宇宙の危機って意味、お役所にはわからないのかな?」
相転移ドームを間近にした広場で総理をはじめとする居並ぶ役人たちに皮肉をこめた視線をおくる。
「彼は?」
「
総理に説明する橘。
「彼自身はみずからを
「二人目、来ました‼」
ボロボロの護送車とパトカーが猛然と突っ込んできた。
何人かひき殺されそうになって転んだ。
「天魔ぁ!自動運転のコントロールを奪って暴走するなど!」
護送車の後から転がり出た所長が怒鳴った。
「おかげで宇宙のピンチに間に合っただろ」
手錠を掛けられた天魔があとから飛び降りる。
「あれは葛城天魔!量子ネットワークに接続していた世界中の量子使い一万人以上を一瞬にして殺害した史上最悪のサイコテロリスト!」
けわしい顔になる総理。
「各国からはいまだに引渡しや死刑を要求され、皇子を殺されたアラブの王族からは殺し屋まで……」
「総理、愚痴はあとで」
橘は総理を制した。
「孫娘の祐子もその時あやうく殺されかけた一人です。がしかし今すぐ手配できる最強の量子使いはこの二人しかいないのです」
天魔は相転移ドームを見上げた。
(これが運命というものなら俺は……)
天魔と庚申の体中にデバイスが取り付けられ、無数のコードが背後にのびて電源車のような車両と急ごしらえの天幕内の量子機関搭載型コンピューターに接続された。
「天魔くんは先祖代々人殺しの家系だって?」
ふいに庚申が隣に並んでいる天魔に涼やかにたずねた。
「ああ、みんなぶっ殺してやる……」
低くつぶやき中空をにらむ天魔。
「すばらしい、なんとDNAに忠実な下僕よ」
わずかに喜色をあらわした庚申。
「お前に罪はない。人口のコンマ何パーセント、誰かは殺人者の役割を演じなければいけないのだ。世界はそのようにできている」
「なに上から目線でもの言ってんだ!」
「だってそうだろう。犯罪のない社会などありえない。それが人の業だ。きみは……」
庚申の腕時計が小さくスパークした。
「へぇ、なかなかやるね」
腕時計を包み込むような光の膜ができていた。
(こいつ!はね返してやがる!)
「今回のミッションが成功したらやっぱり恩赦とかで自由放免になるのかな」
「恩赦を拒否しただと?」
「はあ、それどころか死ぬまで閉じ込めてほしいと」
所長が汗を拭きながら総理に報告した。
「なぜ?」
「人を傷つけたくないのです。天魔は本当は優しい子なんです」
世界が一瞬ブレた。
「うおっ‼」
「むっ!」
「はじまるのか!?」
天魔と庚申が緊張する。
「あわわ!」
相転移ドームが震えながら膨らみ総理が腰を抜かした。
「いかんドームが破裂する!まだか?」
橘が青ざめて叫んだ。
「接続完了!量子デバイス起動しました!」
「はやく二人を‼」
相転移ドームに向かって駆け寄る二人。天魔は刑務所の黒い服、庚申は白装束だ。
「まるで天使と悪魔の道行きだ」
橘は奇妙な感想をいだいた。
「橘教授、わたしはね人類の進化する先は宇宙だとおもっていましたよ」
総理に疲労の色がみえる。
「それがコンピューターと一体化できる量子使いだなんて……不自然じゃないですか」
天魔と庚申が揺らぐ相転移ドームに両手を当てた。
「いけるのか」
「巨大な量子機関だとおもえばいいさ」
天魔の自問に庚申が勝手に答える。
「現生人類が誕生して何十万年か知らんが人間の脳はいっぱいいっぱい限界なんじゃよ。本来は石器を使うのがやっとなのをバージョンアップなしによくここまでやって来た。外部記憶、外部演算ができる量子機関との融合は自然の流れともいえる」
と、橘はステッキを相転移ドームに向けた。
「それにあれも宇宙の相のひとつ、入り口かもしれん!」
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