恋するヴァンパイア

宮倉このは

恋するヴァンパイア

 目の前にいるコスプレ野郎の言葉を聞いて、俺は思いきり眉をひそめた。

 あ~……なんか、頭痛くなってきた。

「あのさ。悪いけどもう一回言ってくれない?」

 コスプレ野郎は縋るような目で俺を見てくる。奴は、黒いマントに黒いスーツを着ていた。しかもマントは、裏地が血のような赤だ。趣味が悪い事この上ない。その上、口からは二本の牙が見え隠れしてる。

 そう。奴は……。

「ですから、わたくしは正真正銘、本物の吸血鬼なんです」

 目には力があるが、口調には力がない。もし奴が本調子なら、きっと声を大にして叫んでいたに違いない。

 どうして本調子じゃないか分かるかというと、奴は俺の家の近くにぐったりと倒れていたからだ。俺はいつものように買い物に行った帰りにこいつを見つけて、しょうがないから助けてやった。

 だってさ。いくら変な格好してるからとはいえ、人の形してるもんが倒れてるの見て、素通りなんて出来ないじゃん? 一応俺も、人並みの良心は持ち合わせてるし。

 けどなぁ……まさかここまでプッツンしてる奴とは思わなかったよ。自分の事、本気で吸血鬼だと思ってるなんて。

 俺は内心こいつの処遇に困りながら、さりげなく突っ込みを入れた。

「じゃあさ、昼間なのになんで平気な顔してるわけ? 吸血鬼って日光に弱いんだろう? 真っ昼間の道に倒れたりしたら、あっと言う間に灰になっちゃうんじゃないの?」

「うっ……そ、それは……」

 言葉に詰まったように視線を彷徨わせる自称・吸血鬼。奴はちょっと考えた後、両手の人差し指を付き合わせながら言った。

「それは……これのお陰です」

 恥ずかしそうにポケットから取り出したのは……日焼け止めだった。

 意外なものに呆気にとられてると、奴は嬉しそうに言った。

「便利なんですよ、これ。紫外線を通さないから、厚めに塗っておけば一時間ぐらいなら日に当たっても大丈夫なんです」

 これお陰で大分行動範囲が広くなりましたと、今にも日焼け止めに頬ずりしそうな勢いで言う奴に、俺は再び痛みを訴えてきた頭を押さえた。

 これ以上吸血鬼論争をしていたら、本当に熱が出てきそうだ。

「分かったよ。とりあえず、アンタが吸血鬼だって事にしといてやる。話が進まないからな。

 で? 何たって吸血鬼があんな所に堂々と倒れてたんだよ。見つけたのが俺じゃなかったら、警察に連れてかれてたかも知れないんだぞ」

 それには、吸血鬼が答える前に奴の腹が教えてくれた。

 ぐぅ~……っ。

 奴は顔を真っ赤にして慌てて腹を押さえた。……遅いよ。どこで鳴ったか教えてくれてるようなもんだ。

 俺はソファーに寄りかかりながら言った。

「要するに、腹が減っていき倒れってやつか」

「……………お恥ずかしながら」

 吸血鬼って言うのは、名前通り血が主食なんだよな。って事は、最近血を吸ってないのか。

 でも何でだ? 飽食の時代に行き倒れなんて。美味しそうな奴なんて、いくらでもいそうなものなのに。

 それを吸血鬼に聞いたら、奴はますます顔を紅くして俯いてしまった。

 ……顔を紅くする分の血はあるんだな。

 なんて変な所に目をやっていると、奴は視線を彷徨わせながら自分の服を握りしめていた。

「じ、実はわたくし……」

 そういや、目を覚ました直後、自分が吸血鬼だって告白した時もこんな感じだったな。ものすごい重大発表するみたいな顔しながら、実は大した事じゃなかったし。

 その格好見れば、分かるよ。プッツン野郎だってな。

 まあどうせ、今度も大した事じゃないだろうな。と思って、聞き流す程度で構えてたんだけど。

「実はわたくし……好きな方がいるんです」

「……………はい?」

 好きな人? 自分が吸血鬼だって本気で言ってるプッツン野郎の割には、随分まともな事言うじゃん。しかも今にもトマトになりそうなぐらい紅くなってるし。

 こりゃ、マジだぜ。

「えー……と。どんな人?」

 とりあえず当たり障りのない事を聞いてみる。っていうか、最初の質問とは随分かけ離れてるような気がしないでもないが。

 行き倒れと好きな人と、一体どういう共通点があるんだ?

 と、俺が疑問に思っているのも全く気にせずに、吸血鬼はうっとりと宙を仰いだ。多分これがマンガなら、奴の目には星がキラキラと輝いていて、背後バックには花が散りばめられてるんだろうな。

 などと想像してると、吸血鬼は夢見る乙女のように両手を組んで言った。

「とても……とても、素敵な方です。つぶらな、澄んだ瞳……桃色の肌。そして……」

 ぐぅ~……。

 奴の言葉を遮るように、再び腹が鳴った。間髪入れずに鳴るんだから、どうやら相当長い間食事をしていないらしい。

「とりあえずさ、メシにしたら? それが原因で倒れてたワケだしさ」

「……駄目なんです」

「駄目? なんで」

 確かに、食べるなら美味いほうがいいに決まってる。吸血鬼なら、とびきりの美女ってところか。

 けどさ。腹が減っては何とかって言うでしょ。そんな時にえり好みなんてしてる場合か? 俺だって給料日前は食べられる物なら何だって食べるぞ?

 すると、奴は言った。

「お腹は空いてるんですけど……胸がいっぱいで……食事出来るような状態じゃないんです」

「……………」

 要するに、恋煩いって奴か。その人の事で頭がいっぱいで、食事も喉を通らないってか。

 成る程。その人以外の血は吸いたくないって事なのかな。

 それじゃあ……。

「じゃあさ、その好きな人の血を貰ったら? それなら、大丈夫だろ」

「……そうですが……でも……」

 吸血鬼はモジモジして自分の服をいじり始めた。告白したいけど、その勇気がなかなか出てこないってところだろうか。

 まあ……そりゃそうだろうな。普通の愛の告白と違うもんな。貴方が好きです、だけじゃ駄目なんだもんな。

 その上で、血を吸わせてくれって言わなきゃならないんだもんな。

 ……その一言が、恋の成就率をかなり下げてるよなぁ。

 でも、俺はいつの間にか目の前の奴が吸血鬼だという事を無心に信じてしまっていた。その上で、奴の恋が上手くいけばいいな、俺に出来る事があれば、何でもしてやりたいなと思うようになっていた。

 だってさ、今時珍しいでしょ。こんなに真っ赤になりながら好きな人がいる、だなんて告白してくる奴。見てるとすごく羨ましくなってきたんだ。

 ――応援したくなってきたんだ。

 行きずりの……じゃなかった、行き倒れの間抜けな吸血鬼だけど、奴の胸の中にある想いは本物だ。

「じゃあさ、俺が一緒にその人の所に行ってやるよ。んで、俺が適切なアドバイスをしてやる」

「アドバイス、ですか?」

 伺うように見つめてくる目に勇気をくれてやるように、俺は力強く頷いた。

「そう。ここでモジモジしてたって、何にも始まらないぞ? さっと行って、さっと告白しちまえ」

「で、でも……」

「駄目で元々、当たって砕けろだ! このままだとお前、本当に餓死しちまうぞ」

「……………」

 吸血鬼はちょっと迷ったように視線を彷徨わせてたけど、決意したように立ち上がった。

「そうですよね! 当たって砕けろですよね!」

「そうそう。んじゃ、行くか」

「はい!」




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 ――俺は今まで、人並みの良心ぐらいなら持ち合わせてると思ってた。けど、それは違った。

 俺は……結構なお人好しだったかも知れない。何故なら、自称・吸血鬼の恋を聞いただけで、こんな所まで行っちゃうぐらいだからな。

「……あのさ。好きな人って、本当にこいつ?」

「こ、こいつとか言わないで下さいよっ。彼女に失礼じゃないですか」

「……ごめんなさい」

 すごい剣幕で睨みつけられちゃったから素直に謝ったけどさ……。

 俺は再び痛みを訴えてきた頭を抱え込んだ。

 これをどうやって口説くってんだよ……。

 第一、言葉が通じないじゃん。

「……………?」

 吸血鬼の思い人が、一体どうしたんだろうという風に俺を見上げてくる。

 そんなに円らな瞳で俺を見つめないでくれよ、ハニー。俺まであんたに惚れちまうじゃんか。

 なんて言ったって、これには通じないんだろうな。

 確かに「彼女」は、吸血鬼の言った通りの容姿をしていた。

 円らな、澄んだ瞳。桃色の肌。

 これだけ聞けば、魅力的かも知れないけどさ……。

 けど実際、吸血鬼は今にも踊り狂いそうに舞い上がっている。

 奴の気持ちは分からんでもないが……な。




 隙あらば逃げ出してしまいたい俺の気持ちとは裏腹に、吸血鬼は真っ赤な顔で叫ぶように言った。

 目の前で不思議そうな顔で見上げてくる、まるまると太った可愛らしいブタちゃんに。



「あのっ、あの……。わ、わたくしとおつきあいして頂けないでしょうか!?」

「……ブウ?」




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