注意欠陥多動性菩薩

魯智浅

第1話 木を隠すなら森に、ハゲを隠すなら寺に。

色即是空、諸行無常の教えを説くのが坊さんの本分であります。

もともと世界の一切は空である、無である、

そんな大層な話ばっかりしている坊さんの私がハゲたら、

全然悲しくないのかといえば、答えはノーであります。

実はけっこう人並みに、悲しいのであります。


日本語の残酷な悪口はことごとくカタカナ2文字で形成されます。

バカ、アホ、ボケ、カス、チビ、デブ、ブス、

そしてハゲ。


最近の植毛法のテレビCMなどをみていると、

完全にハゲは病気扱いされている感があります。これが実にやりきれない。

「男性型脱毛症は早期発見、早期治療」、みたいなフレーズを散見しますが、

ハゲの中年男子は、毛根以外は概ね健康で正常な益荒男ますらおであります。

むしろ健康に老いたからこそのハゲなのであります。

美容整形や白髪染めを「治療」と呼ぶでしょうか。

増毛を治療と呼ぶなら、健康保険の適用範囲内にしろ、と言いたい。


「ハゲ」というネーミングにどうも抵抗があります。

「男性型脱毛症」、と呼ぶのもなんだか深刻な病気のようで

いたたまれない。

親のスネかじりの無職を「NEET」と呼んだり、

インポを「ED」と呼んだり、

ハゲもアルファベットを使ったカタカナ語にすれば、

ポップな感じになるのではないか。

「ヘアレス」とか「H@GE」とか。


無理か。

無理だな。うん。救えねえな。



私の職業がたまたま坊さんだったのは、まさに不幸中の幸いであります。

剃髪が好ましいとされる職場で本当に良かった。まさに「木を隠すなら森に」であります。坊さんがハゲたところで、チーズにカビが生えたようなものです。


私はある時期からスキンヘッドに剃髪する習慣がつきました。

ジレット五枚刃でツルツルに剃る。シャンプーするより簡単で、

風呂上がり、タオルで髪を拭いたり、髪を乾かす必要もなく、

床屋代も浮くので経済的であります。

かつて学生時代、ちゃんリンシャンで朝シャンをするギバちゃんカットの好青年でしたが、今やシャンプーの仕方も思い出せません。


競馬の騎手は職業柄、チビである必要があり、

大相撲の力士は職業柄、デブである必要があります。

しかしよくよく考えてみると、

坊さんは職業柄、坊主頭である必要があっても(宗派によりますが)

べつにハゲである必要はないのであります。

普通の会社でお勤めしている、

市井に生きる在家のハゲの現実はさらに深刻であります。

そう気軽にスキンヘッドにするわけにもいかないので、

宣教師ザビエル、もしくは落ち武者のようになっていたり、

ハゲ残ったサイドの髪を強引に額にかぶせた、

いわゆるバーコードの方々もいます。

私は、彼らには一定の敬意を表します。

しかし中には見苦しくカツラをかぶったり、

植毛をするような外道ハゲもいます。

いわば毛根のドーピングであります。


私は言いたい。

受け入れろよ、老化という名の運命を。

正々堂々、ツルツルに剃れ。潔くハゲろ。凛とハゲろ。

ギンギラギンにさりげなくハゲろ。よろしく哀愁。


ある時期まで、私のようなスキンヘッドハゲこそ、

ハゲのカーストの中で、最も潔い、

偉大なる勇者のハゲだと信じて疑いませんでした。


しかし、宣教師ザビエルならびに落ち武者、バーコードといった諸先輩の方々から言わせると、カツラや植毛よりも、むしろ私のようなスキンヘッドハゲこそ最も卑怯であり、姑息であり、ハゲの風上におけない腐れ外道だと言う。

彼らの言い分はこうです。スキンヘッドのハゲは、

「ワイはホンマはハゲちゃいまんねんけど、

あえてツルツルに剃ってまんねん。ホンマはハゲちゃうけど」という、

ある種の虚勢が見苦しいとのこと。

カツラ、植毛のハゲは過大申告の粉飾決済であるが、

スキンヘッドハゲは過少申告の粉飾決済であるという。ぐぬぬ。


孫子の兵法でいえば、カツラや植毛はいわば、「擬兵の計」にあたる。

籠城戦の際、大勢の兵士の人形、旗、篝火かがりびを城壁の上に用意して、

あたかもたくさんの兵士がいるように見せかけるのであります。

それに対し、スキンヘッドハゲは「空城の計」にあたる。

籠城戦の際、城門をあえて開放し、

まったく兵士のいる気配を見せない策であります。

外にいる敵は疑心暗鬼になって「これは孔明の罠だ、中には相当数の兵士がいるに違いない」と躊躇して、なかなか攻撃出来ないのであります。



このどっちが卑怯かはともかく、

ザビエル先輩、落ち武者先輩、バーコード先輩たちの方が、

ありのままハゲていることは確かであり、

品格ある、攻めのハゲであることは否めません。

なにげにハゲの道は奥が深いのであります。

老いたり病んだりハゲたりしていく身体を嘆くのも、

命ある者の特権なのかもしれません。



                    合掌 


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