第30話 パトロン ヤクザ その2
「私達が助けたら、パトロンになってくれる?」
優しく悪魔の囁きをした。
お兄さんはテーブルからガバッと起きて、うーーんと唸りながら、上を見たり下を見たりして考え込む、そして返事をする。
「紹介するのはいい、そう思っていたし事情説明もしたい。しかし子供が解決できると思えん」
と言って私達を真剣に睨む。
「大丈夫、まかせなさい!」
と元気に返事をするが、お兄さんは疑いの眼差しを消せない。
わかったと言って、冷えたコーヒーを一気飲みする。
「まずは、今すぐ親父の所へ行って説明だ。それ以外はその結果を見てからだ」
お兄さんは席を立ちレシートを持ってレジに行く。そして料金を払う。私達も席を立ち着いていく。喫茶店の外に出てお兄さんを見ながら。
「おごってもらってありがとう、お金は貴重だったんだ」
ちらりと此方を向いて直ぐに前を見て。
「子供は気にするな」と言って歩きだす。
10分ぐらい歩いた先に駐車場があり、車が並んでいた。その1台の車に近づきキーのボタンを押すとガチャリと音がしてロックが外れる。私たちは後ろに乗りお兄さんは運転席に乗った。
そして30分ほど走り、白い壁が右に見える駐車場に止める。
白い壁に伝って歩くと古めかしい門が有り門の上には大きな板に武田組と書いてあった。中に入ると広い庭と2階建ての木造の家が有り、昭和初期と思えるような佇まいだった。
玄関に入ると古い下駄履きと足段があった。懐かしさを感じる。
奥から人が出てきて。
「坊っちゃん、おかえりなさいやし」
お兄さんを見た後、私達を見る。そして固まる。
じっくり見て、お兄さんに向けて言う。
「坊っちゃん、子供をさらってきちゃダメですぜ」
「人聞きが悪いことを言うな、客だ! それに坊っちゃんは止めろ! 親父いるか?」
「へい、奥にいやす」
お兄さんは乱暴に靴を脱いで上がる。続いて二人も靴を脱いで上がる。廊下を歩いていき、奥の障子の前に止まって。
「親父、俺だ、入っていいか?」
「おう、入れ」
障子を開けて、お兄さんが入り、続いて中に入る。
部屋は8畳ほどの落ち着いた畳部屋、壁には掛け軸と壺が飾ってあり古そうな小物入れの家具が有る、それ以外は何もない和室だった。組長は一人で大きな碁盤の前で一人囲碁をしていた。
そして、入ってきた3人を見て一言。
「人さらいはダメだぞ」
「俺の客だ!」
「おまえ、何時からロリコンになった?」
「違う! 客だ客」
「そうか、親としても心配だ」
「だーー、心配するな!」
「まあ座れ」
からかわれてるだけだった。3人が並んで座る。
そして、組長はお兄さんを睨んで。
「で、こんな小さなお嬢さんたちを連れてきて、どうしたんだ?」
お兄さんは、私達と会ってから喫茶店に入る前までの事件の内容を説明した。
組長は、じっとそれを聞いていた。そして、二人を見る。
「このお嬢さん方が5人の大陸マフィアを10メートルもふっ飛ばして怪我をさせたと?」
「そうです」とお兄さん。
「お嬢さん方、今の話は事実か?」
組長は私達の顔を真剣に見て嘘がないか顔を見ながら聞いてくる。
「ほぼ、話の通りです」
「信じられん……」
確かに、こんな小さな子供が大人5人を10メートル飛ばすのは不可能だ。言葉だけでは無理だろう、実際に見せるしか無い。
「確かに信じられないと思います。実演しますか?」
「面白い! 見せてくれ」と楽しそうに笑う。
「人は怪我するから、庭の大きな石を飛ばしましょうか?」
「ほう、それでいい」
組長を先頭に4人は部屋を出て庭に行く。
組員の一人が、ささっと4人分の草履を出す。
草履を履いて裏庭に出ると、所々草の生えた広い空き地に出た。 その奥にはいろいろな大きさの岩があった。その中の一番大きな石を指した。
大きさは縦1メートル、横2メートル、高さ1メートル、数トンぐらい有りそうだ。
お兄さんは驚いた顔で組長を見る。今にも無理だろと言いたそうだ。
「あの石できるか?」と聞いてくる。
「リリス行ける?」
「問題ない」
あんな大きな岩を飛ばしたら危ない、リリスに安全になる方法を聞いた。
「リリス、あの石を飛ばして止めて、ここに戻すのは?」
「問題ない」
「という事なので、飛ばして戻します」
「ほうほう、飛ばして戻すのか、数トンの岩だぞ」
組長にとっては無理難題を指したつもりだが、リリスには簡単すぎることだ。
「やる」と一言だけ。
リリスはゆっくりと手を上げた。
途端に岩は10メートルほど飛び、大きな音と振動を立てて落ち、地面にくぼみを作る、そして転がらずにそこに止まる。静動を掛けたのだろう。
リリスが「戻す」と言うと、岩が浮かびゆっくりと戻ってきて元の位置に戻る。
組長とお兄さん、そして遠くから見ていた組員が声も無く見ていた。お兄さんが走って落ちた所を見、戻って岩を見る。落ちた土が岩に付いていた。元の場所より少し違う位置に有るのを確認する。
夢を見た訳ではないのを理解しようとしていた。
「はーーははは、この歳でこんな事を見るとは、世の中には不思議がまだまだ有る」
組長は大きく笑っていた。そして私達に正面を向いて。
「疑って悪かった、すまんかった。そして、こちらのお嬢ちゃんも出来るのか?」
私の方を向いて聞いてくる。
「私は、制御が下手だから、弱いのだけ使います。吹き飛ばすしか出来ないから、石を飛ばしたら壁が壊れる。リリスは制御したから転がらない」
「なるほどなるほど、こちらの譲ちゃんの制御は凄いな、良いものを見た。ありがとう」
嬉しそうに石を何度も見ていた。
ひとしきり見た後、部屋に戻る。
「親父、話は他にも有る」
「なんだ?」
「大陸のマフィアだが、俺の顔も見られた。だから、喧嘩の怪我を理由に潰しに来ると思う」
組長の顔の間にシワがより厳しくなる。
「それでこの二人が、この問題を解決したらパトロンになってほしいそうだ」
組長は私達を見て不思議がっていた。確かに子供が解決できる事じゃない。しかし、さっきの岩の件を思い出したのだろう、話を戻す。
「パトロンの内容は?」
「二人は孤児で、今孤児院に居る。それで、引き受け手になって保護者をお願いしたいそうだ」
組長は私達二人を見た。
「親は居ないのかい?」
「居ません、死んでいます。そして国籍もありません、無国籍児です。私達が何かをしたくても、自身を証明するものがないのです。だから、アルバイトも出来ないし、家も連絡先の電話もない。何をするにも保護者が居ない。だから保護者を探しています。当面の生活費もないのです」
組長は、ふむ、と言って考え込む、そして。
「なぜ大陸マフィアに喧嘩を吹っかけたんだ?」
「あーー、正直言います。大陸マフィアとは知りませんでした。ただ、ヤクザに力で優しく話をして、パトロンになって貰おうと行動していました。そして最初があのマフィアで、私達を捕まえて大陸に売ると言ったので、ふっ飛ばしました。そして、他のヤクザを探そうと思いまして、お兄さんがヤクザと知らずに話しました。その結果ここに居ます」
「ふむ、あのマフィアが仕返しをすることは考えなかったのかい?」
「来ても、総て潰すつもりでした。と言うか潰たい、人身売買は許せません」
組長とお兄さんが、目大きく開き驚いている。
そして、再度聞く。
「それが可能なのか?」
「可能です」
その返事を聞いて君長は考え込む。そして私達を見て。
「これは又とんでもない事を聞いたが。言葉に嘘も迷いも去勢もない、普通に話して態度に力みもない。この二人なら事実かもしれん。これはとんでもない世界を見れそうだ」
そう言って組長は遠くを見て頷く。
「大陸マフィアの事を別にしても、パトロンになってみたい。武田組一世一代の掛けになるかもしれん。おい、裕二」
「はい」と裕二が答える。
裕二を睨みつけ、切り倒す意気込みで話す。
「この二人の保護者になったら、人生を、いや命を懸けることになるぞ。生半可な覚悟では不可能だ。お前ならどうする?」
裕二は真剣な表情で考える。そして。
「私も二人の作る世界が見てみたい」
「よし、事は決まった、保護者の件引き受けた」
組長は強い口調で宣言した。
これで私達はパトロンを確保した。
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