安くてもお目が高い

「ユニフォーム班、集合っ!」

 大村の拡声器無しの声に従業員が一斉に駆けつける。


 児島由香は集う顔触れを前にして退屈だと云わんばかりの仕草である欠伸をしてしまう。


「児島さん、此処は会社よ。勤務態度も評価の対象になるから今のうちに弛んだ気持ちを改めなさい」


 大村は獣を狙うような目付きで児島由香を叱咤をすると、従業員達から「くすくす」と笑う声がする。


「以後、気を付けます」

 由香は顔を真っ赤にさせる。心の中は大村に叱られたことと、初対面の相手に笑われてしまったことに恥ずかしさと怒りが混じって今にも感情が爆発しそうだった。


 勤めの初日で出鼻を挫くなんてあってはならないものだと、由香は深呼吸をして乱れる息を調える。


「他の部署はとっくに業務に入ってるから手短に彼女の紹介をするわよ。そして、児島さんは暫く私にくっついて業務内容の指導を受ける。皆は自分の作業を優先にしなさい。児島さんの邪魔をするような真似をしたら、私は容赦無しと覚えていてちょうだい」


 大村の声に従業員達の顔つきが凍てついていく。


「ご指導を宜しくお願いします」

 各作業場に戻る従業員達の後ろ姿を見つめながら由香は大村に言う。


「貴女は強いから、そのうち皆が怯えてしまうでしょうね」と、大村は冗談混じりで由香に笑みを湛えて言う。


 由香は「ごほっ」と、咳払いをする。


「それでは、業務に取り掛かりましょう。児島さん、貴女は私と同じ出荷の配置に入る。先ずは、取り扱う品物の名称を説明するわ」


 由香は大村の視線の先にある作業台を見据える。大村は頷くと、ひとつの品物を手にとっては由香に指導をするを繰り返していったーー。



 ***



「お疲れ様です、大村さん」

 業務終了の時刻を30分過ぎた頃、事務所のデスクで各部署の作業日報とデータを収集してパソコンに記録をする岡村が大村に声を掛ける。


「岡村さん、あの子は凄いわよ」

「ほう、大村さんがおっしゃるから間違いないないでしょう」


「誰の事かは訊かなくて良いのかしら?」

 大村は手にする日報を岡村に渡すと、自身の首筋に手を添えて拭う仕草をする。


「大村さん、体調が優れないのでしょう。一度病院で検査を受けられたらどうですか」

 大村の顔色をうかがう岡村が言う。


「嫌だ、岡村さん。私は確かにおばちゃんだけど、其処までは到ってないわ」

「真面目に言っているのです。特に最近は今された仕草が頻繁だと、僕が気になるのです」


 大村は首筋から手を離して瞳を曇らせる。


「貴方の洞察力には降参よ。ご意見は受け止めるけれど、あの子が今の配置を完全にやりこなせるまでは保留にさせて」


「お任せします、大村さん」

 岡村は安堵の息を吐くと、大村は事務所を去っていくーー。



 ***



 ◎就職おめでとう。此れから色々と物要りになることでしょうから、僅かですが足しにしてください。


 自宅に帰った児島由香はキッチンのテーブルに並ぶラップが被る金目鯛の煮付けが盛られる皿の傍にあるメモ用紙に綴られる文字を目で追って読む。


「お母さんの馬鹿」

 由香は茶封筒の中身を確認すると声を震わせる。


 2枚の一万円札の使い道にどうして良いかは分からない。


 由香は溜息を吐くとガス焜炉を点火して鍋の豚汁を温めて、炊飯器から白米を茶碗に盛りつけると一人で食卓を囲んでいく。



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