23
和服少女は凛として、前で手を組むと軽く目を閉じた。御子野瀬さんが隣に腰を下ろしたので、
「どうぞ」
言うと、頭を下げて、
「失礼致します」
椅子に浅く腰掛けた。
みさとちゃんとは別のベクトルに、汚い言葉で言うと馬鹿丁寧な人だなと思った。
よいしょ、なんて呟きながら居住まいを正すと、
「それじゃあ始めるよ」
御子野瀬さんが言う。
ストップウォッチがスタートする。
「八束、やえと申します。どうぞお見知りおきを」
「はあ。長嶺です」
開いているのかどうか、目は細くなったままだ。あれでいっぱいいっぱいなのかもしれない。
「えーと」まず疑問に思ったことを聞く。「制服はどうされたんですか?」
「ええ」裾を払う。「着替えさせていただきました。殿方にお会いするのですから、当然の礼儀です」
率直な感想を言えば、そんなのありだったんだ、というところか。
「普段から着物を?」
「母が茶道を嗜んでおりまして、私もそれに倣って普段から身を引き締めております」
ワンテンポ遅れて返事が来る。
素朴に言えば、のんびりした人、というところか。
「そうなんですね。茶道ですか、和と言う感じがあっていいですね」
「心を落ち着け、目の前のことに集中する。雑念を排斥し、味を堪能する。日本人古来の精神の極みと言ってもよろしいかと」
そんな大仰な。思ったが、もちろん言わない。
「やはり和食がお好みで?」
「もちろん。ご飯と味噌汁は欠かせません」そうだ、と付け加え懐を探る。「よろしかったらこれ」
差し出されたのは「しるこサンド」だった。
反応に困る。
「お好きではありませんでしたか?」
「いえいえそんな。早速いただきます」慌てて包装を開ける。「うん、美味しい」
「それはよかったです」
ぱっと胸の前で手を合わせた。うん、まあ商品だし。思ったが、もちろんもちろん、言わない。
「いつも持っているんですか?」
お菓子を飲み込むと、包装を掲げて聞いてみる。彼女は頷き、嗜みです、と答えた。まあ、おばちゃんが飴ちゃんを持ち歩いているような感覚か。
「長嶺様は和をなんと心得ておりますか?」
不意な質問に、口内の残りかすを気にしていた僕は頭が追いつかなかった。
「和、ですか?」
「ええ、和、です」
「そうですね」そう言われると難しい。「奥ゆかしさ、でしょうか」
「いけません。理解が足りないわ」
そう言ってカッと見開いた両眼で僕を見つめ、時間いっぱい使って和について講釈をくれたが、半分も理解できなかったのでここでは割愛する。
過去を重んじることは悪いことでは全くないが、どこかムミュールと似たような雰囲気を感じ取ったのは僕だけではなかろう。
御子野瀬さんは静かにため息をついていた。
質問をするタイミングを逸したが、結婚したら、これが延々続くのだろうと予想することは、何も難しいことではなかった。
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