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「じゃあ質問します」ストップウォッチのかちりという音がする。「しきさんは今までの人生で一番楽しかったことは?」
そうした質問にどんな意味を含ませたのか、そんなことはどうでもいいことで、判断材料というよりは純粋な興味本位だった。
なんとなく、窮屈そうな人に見えたのだ。
ところがしきさんは
「六歳の頃、母と一緒にテーマパークを訪れた記憶は今でも鮮明に頭に残っています。お化け屋敷をくぐりジェットコースターに乗り、ともに叫び疲れたあとにメリーゴーランドで遊びました。そのときの母の安心したような顔が、おかしくて、はっきりと思い起こすことができます」
表情こそ変えなかったが、どことなく色と言おうか熱と言おうか、言葉の中に変化があった。
「なるほど。お母さんとは仲がいいんだね?」
「ええ」厳然と言い切る態度は好みだった。「今でも仲良くしております。母は善き人ですから、きっと長嶺さんを快く迎えるかと思います」
そんな心配はしていなかったが、この試験の果てにあるのは「結婚」のふた文字である。今こうして面談をしている当人だけでなく、そこには親や兄弟も絡んでくることだ。
今更、大きな未来の分岐点に立っているのだと、再認識する。
「それはなによりです。しきさんは普段、何をしているんですか?」
「読書に励むときもありますし、身体を動かすこともあります。医学について興味があるので、そのほうの勉学に勤しむこともあります」
「ほう、医学」
「大事なことですからね。医学に限らず、些細なことでも気になれば調べるくせを付けています。もちろん、インターネットではなく、文献で、です」
律儀な人。
メモしておく。
「最近調べたことは?」
「過去の卒業認定試験に関することは、一通り目を通しておきました。付き添い人、今回の場合は御子野瀬さんですね。それから担任、これは又野さんになりますが、この両者でレポートを残し、保管されていますから。前回はどのような科目があったのか、下調べを行って損はないと思いましたので」
「そうなんですか?」
レポートの作成規約があることなど知らなかった。
御子野瀬さんは居心地が悪そうに、
「ん、まあね」
それだけ言った。
視線はストップウォッチから外さない。
「残り二分だよ」
「えっと、それじゃあ」ここまでそうしてきたように、「僕と結婚したら何してくれます?」
質問を繰り出すと、しきさんは淀みなく、
「一生を捧げて尽くします」
言い切る。
尽くす、というのは、ニュアンスは違えど、いちかちゃんと同じような解答と見て、いいだろうか。
僕に尽くす価値があるのかはこの際置いておいて、そう言ってもらえるのは純粋に嬉しいことだった。彼女なら、身の回りのどんな仔細なことに関しても、怠ることはないだろう。
「わかりました。しきさんのほうから何か質問はありますか?」
「いえ。私から問うことはありません。判断するのは長嶺さんのほうであり、私はあくまでも試験を受けに来ている身ですから、おこがましいことです」
「そう言わず、なにかあれば、なんでも聞いてください。話をする、というのが試験内容ですから」
しきさんは果たして初めての逡巡を見せる。
そして、ひどく言いにくそうにして、
「私のような女性は、魅力がないでしょうか?」
今までと打って変わってそんな自信のなさそうなことを口走った。
口走ったというのも、彼女自身が言葉を吐きながら、苦々しそうな顔をしたからだ。
なんと答えたものか、悩んでいると、
「時間ですね」しきさんはそう言い立ち上がり、遅れて止まったストップウォッチも気にせず、「そのうち答えをくれたら嬉しいなと思います。失礼します」
御子野瀬さんが「自室待機をするように」と言った声を背に、教室から出ていった。
完璧に見える彼女は、こればかりは確実に、完璧に、足跡を残していった。
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