5

「一ノ瀬いちかと申します。とりあえず五分間、よろしくね」

 首を傾け、にこり。

「長嶺零斗です」

 おずおずと答える。

「長嶺くんって、声かっこいいね」さらりと褒められる。「私、声が変だから羨ましい」

「変?」確かに、いわゆるアニメ声というような、可愛らしい声音ではある。「そんなことないよ」

「……そう?」

 満面の笑み。

 なるほど。

 ナイフで刺された時、痛みを感じるよりまず先に熱を覚えると聞いたことがある。今まさにそれと同じ状態と思われ、身体がかっと熱くなった。

「あんまり褒められたことないの」眉を寄せ、困ったような表情を一瞬だけ見せる。すぐに一転し、「だから長嶺くんにそう言われるの、すごくうれしい!」

 とても女の子らしい女の子である。というより、男のツボを心得ている。

「長嶺くんって、普段は何しているの?」

「いつもは、本ばかり読んでる。遊ぶにも、友達が少なくて」

「読書が趣味なんだ!」男を立てる所作を熟知しているような、そんな受け答え。「頭良さそうだもんね!」

「あふ」

「すごいなー、いちか、あんまり本は読まないの。良かったらおすすめの作家さん、教えて欲しいな」

「ぎゃ」もう何度目になるか、悩殺の笑顔で僕の心はてんやわんやしている。「おおお教えなます!」

「なます? 長嶺くん、面白い!」

 両手を口元に、くすくすと声を立てる。

 軽くキャパシティを超えて、指定席を確保できなかった数多の僕が一ノ瀬いちかというスクリーンを立ち見している。

 可愛い。

「他にはどんなことをするの?」

「さ、そう、そうですね、あれです、あの、料理とか……」

「料理もできるんだね! かっこいいな! いちか手先器用じゃないから羨ましい!」

 そ、そんな褒めたって。

 と思いつつも顔はだらしないほど緩む。

「あと二分」

 御子野瀬さんはストップウォッチを眺めながら言った。

 僕がどぎまぎしているからか、五分と言えどあっという間のものだ。

「長嶺くん、私に聞いてみたいこと、ある?」

 いちかちゃんは悠然と言った。

 僕の慌てぶりに、ある程度の確信でも持ったのだろうか。

「ぼ、僕と結婚したら何してくれます?」

 どもりながら聞いてみると、あごに人差し指を宛てがい、悩むように唸った。

 そうだなあ、と呟いている。

「長嶺くんのしてほしいこと、なんでもしてあげる」あごに添えていた人差し指をこちらに向ける。「なぁんでも!」

「にゃあんでも……」

「はい、時間。お疲れ様。長嶺くんはこのままで、一ノ瀬さんは自室待機で」

「はーい」

 一ノ瀬さんはぴょこんと片手を挙げて返事をし、席を立ってからこちらに向け、

「ばいばい、また後でね」

 手を振って、部屋を去った。

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