貴族の食卓 ――恋と友情の地平線――

伊藤正博(イトウマサヒロ)

貴族の食卓 ――恋と友情の地平線――

 初恋は音楽よりも心を揺さぶる。

 僕は貴族の御曹司で、彼女は庶民の女の子だった。この臨海学校では貴族と、庶民の交流の場でもあった。普段は交わることのない階級同士なのだが、このイベントは毎年、夏に行われていいて、貴族と庶民という身分の壁を取り払おうとする狙いもあった。

 僕は腕時計を見ると午前、八時を二十分過ぎていたので、慌ててグラウンドを走り抜けて、校内にはいり廊下を進んで音楽室に入った。そこで真っ先に声をかけてきたのは、小さい頃から親子ぐるみで交流がある、デュナ国の御曹司ジェル・ポレオが声をかけてきた、「やあ、レオナド君。おはよう。僕らと話そう」僕を手招きしてその太った体を嬉しそうな表情で横にゆらしていた。「ジェル君、おはよう。久しぶり、会うのは三ヵ月ぶりだね」、そこのグループに僕は入ることにした。みんな貴族の男子だった。

 しばらく会話をしていると「キーンコンカーコーン」とチャイムが鳴ると同時に、先生が教室にはいってきて、厚さ5センチほどの舞台に上がり、「えーこれからクジを引いてもらい、ペアを組んで一人が楽器を演奏して、もう一人がその音色に合わせて歌ってください。楽器が扱える人は右側へ、扱えない人は左側壁に移動してください」そういわて分断したのだが、極めて貴族の方が楽器を得意としていた。「そうですね、やはり貴族の方々と、庶民の方々にわかれましたね。では順番にクジを引いて下さい」先生はクジの入った箱を持って、僕ら生徒たちは順番にクジを引いていく。

 僕は、『八番』のクジを引いた。僕はパートナーを探すと、見たことのない女の子だった。僕はその子とペアを組んだ。一番のペアから順に舞台から、七番目のペアの人たちが演奏を終えると、僕はフルートを吹いて、演奏を始めた。その子はぎこちなく歌い始めた。

 彼女はその美声で、僕のフルートの音色に合わせて歌った。最初はぎこちなかったもの彼女の歌は確実にそこにいた人たちも心を揺さぶった。そして演奏が終わると、皆が一斉に拍手した。次々とペアになった生徒が演奏して、最後のペアが歌い終ったころ、先生がピアノの前の椅子から立ちあがり、「えー、今回の授業で聞いていて素晴らしいと思ったペアは、レオナド・メリオット様と、メリー・スミソン嬢のペアでした。お二方は前に出て、もう一度演奏して歌ってください」先生はそういうと椅子に腰かけて、僕とメリーは厚さ10センチほどの舞台に、またあがり演奏して歌った。演奏を終えたとき教室中は拍手喝采の音が、パチパチパちと音楽室に響き渡った。それは三分ほど続いた。先生が立ちあがると拍手は鳴り止んだ。「えー、終わりの時間が近づいてきました。それでは皆さんここからは昼食の時間を設けます。貴族や庶民といった身分にこだわらず、相手を思いやり楽しくすごしてください」先生はそういうと教材を持ち教室を出て行った。

 僕はメリーが友達と一緒に教室から出ていくのをみた。それを追いかけようとしたら僕のジェルに呼び止められて、しばらく話し込んでいた。掛け時計見てみると、十二時を二十分過ぎていた。僕は友達との会話を中断して、駆け足で廊下に飛び出し、突き当りの食堂を目指した。そこでランチのサンドイッチと紙パックに入った紅茶を受け取り、メリーを探してテーブルを一台ずつ丁寧に、回ったが、どこにもいなかった。

 その時、後ろから彼女の声が聞こえてきた、「……あ、あの探しました。レオナド・メリオット様」。僕は後ろを振り向き、「僕もちょうど君を、探していたんだよ」とお互い顔を見合わせた。僕たちは一番奥の席に向かい合って座り、会話をする、「君の歌声とても綺麗だったよ。おかげで僕も気持ちよくフルートを吹けたものさ」サンドイッチを口に運ぶと、彼女もサンドイッチを手に取り、「いいえ、レオナド様の演奏が素晴らしかったので、一生懸命それに合わせて歌っていたのです」サンドイッチを一口かぶりつく彼女はとても愛くるしかった。その瞬間、僕は一目惚れをしてしまった。胸の高鳴りは心臓に矢が刺さる如し、僕はたちまちに彼女に、「ねえ、もしよかったら――」僕持ち上げた紙パックの紅茶をおき、言葉を続けようとしたが、「あの、また来年もお会いできたのならいいなとおもいます。あ――」彼女は一瞬時間が止まった如く、僕の後ろの方を見つめて固まった。

 僕が後ろを振り向くと、ジェル・ポレオが立っていた、「やあ、レオナド君。彼女と一緒だったのかい? さっきの演奏は本当にすごかったよ」椅子を荒っぽく引きながら、僕の隣にずけずけと座ってきて、サンドイッチを口にした。「ありがとう。ジェル君」紙パックの紅茶を手に持ちながらお礼を言った。

 男二人で、会話を盛り上げていたら、メリーは席を立ち、「あたしがいたらお邪魔ですね。それではこの辺りで失礼いたします」メリーは少し悲しい表情を見せて、女子のグループの中に行ってしまった。

 僕とジェルが顔を見合わせて、「彼女に悪いことしたかな?」僕はサンドイッチ包み紙を丸めてジェルに訊いた。「うーん、どうだろう」ジェルは頭をかきながら曖昧な返答をしてきた。

 

 昼食をすませて午後の、お菓子作りの家庭実習をやるため家庭科室にジェルと急いだ。そこで、僕とメリー、それにジェルが同じグループになった。課題は、ケーキ作りだった。僕は料理を作るのが大の苦手で、『足手まといになるのではないか』とひやひやしていた。一方でジェルは料理好きがこうじてか、手際よくメリーとケーキの生地を練り上げてく。僕はなんだか置いてきぼりになった気分だった。「僕に手伝えることあるかな?」エプロンの肩ひもを直して聞いた。「レオナド様は苺のヘタを取ってください」メリーは真剣に取り組んでいて少し冷たく支持を出してきた。僕は言われるがまま、苺のヘタを取る作業をした。

 僕は一貫として嫉妬の念がこみ上げてきた。楽しそうに共同作業する、メリーとジェルが羨ましかった。ケーキ作りもレコレーション作業に入り、やっと僕も仲間に入ることができた。「レオナド様、苺を乗せてください」メリーに言われて苺を乗せていく。「おいおい、そこじゃない。ここだ。美しく乗せるんだ」ジェルは口うるさかったが楽しかった。

 そして出来上がったケーキを、メリーが切り分けてくれた。太っているジェルには、チョコレートを乗せる気の使いようで、僕はそれを見てまた、ジェラシーを感じずにはいられなかった。それは心の中のガラスが割れるようだった。「おいしいね」メリーがケーキをフォークで一口だいに切り、口に運んでそう言って、にこやかに天真爛漫な微笑みを浮かべた。まるでこの世に舞い降りた天使のようだった。だがジェルの言葉でそれは夢のあと、「メリー嬢、もしよかったら僕のお嫁さんにならない? 真剣に考えてくれたまえ」横に座っていたメリーの肩にジェルは腕を回した。メリーは愛想笑いなのかひきつった顔をしていたので、「ジェル君、少しは空気を読めないのかい? メリー嬢は少し嫌がっている様子だが」僕は紅茶のティーカップをテーブルに置き、ジェルの方を指さした。「レオナド君、僕はメリー嬢のことを真剣に思っているんだ。空気が読めないのはキミの方じゃないかい?」ジェルはフォークを皿の上において反論してきた。僕らは口論に発展しそうだったが、「お二方おやめになってください。ケーキと紅茶を味わいましょう」、メリーはケーキを一口食べて、にこやかに笑っていた。その笑顔を見た僕たちは、「ジェル君、悪かったね。僕の思い違いだったよ」、紅茶を一口飲んで口の中を潤す。「僕の方こそ、ついムキになってしまった。ごめんよ」、ジェルはチョコレートをフォークで刺すと口に運んだ。

 ケーキを食べ終えて、調理器具や食器などを洗い片付けていると、時計の針がちょうど、三時をさしていた。これで調理実習の授業が終わって自由時間となった。

 僕たちは教室を飛び出してすぐに、校庭の西側にある大木に向かいその下で、記念写真を撮りあってはしゃいでいた。「この写真現像したら君たちの家に送るからね」ジェルはそういうとカメラをカバンしまった。


 四時になり、迎えの馬車が来て僕ら三人は同じ馬車に乗って、臨海学校をあとにする。馬車の上で僕たちは、「また来年の夏に臨海学校であおう」と約束して、僕は二人に別れをつげ、馬車から先に降りて家路に足を進めた。僕は門に設置してあるベルを鳴らして、メイドを呼びつけた。「お帰りなさいませ。レオナド様」僕はカバンを、見習のメイドに渡すと、メイド長も迎えに来ていてくれたので、僕とメイド長は横に並んで庭園を、ゆっくり歩き1キロ歩いたところで玄関が、ようやく見えてきた。

 僕とメイド長は十年越しの付き合いで、僕はすごく信頼している人物の一人だ。小さい頃から面倒を見てもっていて、僕が父や母に叱られたとき、メイド長は僕の部屋に来ては慰めてくれていた。思い入れはそれだけではなく、先代のメイド長に叱られていたところを僕は、今のメイド長をかばったこともあった。「こうして歩いているとあの時を思い出しますね。坊ちゃま」メイド長はメガネを、クイッと右手の人差し指でメガネを持ち上げた。「そうだね。あの頃は本当にお世話になったよ。今もだけど」僕はなんだか照れくさくなり、あと50メートルのところを走った。

 四分ほど遅れてきたのはメイド長と、見習のメイドだった。メイド長はその子にドアを三回ノックさせた、「レオナド様がお帰りなさいました」見習のメイドはぎこちなく緊張してか震えた声で、どこか頼りなかった。メガネを、クイッと持ち上げると、「お坊ちゃまが戻られました。すぐに扉を開けなさい」メイド長の大きな声は中にまで聞こえたらしくすぐに、豪邸の中にいたメイドが重い扉を開けた。

 十人のメイドたちが、赤いカーペットをはさみ、両端で頭を下げて、「お帰りなさいませ。レオナド様」と声をそろえ、丁寧に挨拶をしてきたので、僕は上着を一人のメイドに渡すと、「いつも、出迎えてくれて、ありがとう」と手を上げるとすぐに、「恐縮です」など返答がかえってきた。

 僕はそのまま階段を上がり、二階に行き500メートルもある廊下を進み、自室へと戻った。そして、午後の五時を三十分回ったころ、お風呂の準備をして、また長い廊下を歩き、階段を降りて大浴場に足を運んだ。脱衣場で服を脱ぎ、浴室に入ってシャワーを浴び、汗を流した。いつものようにメイド長が脱衣場に来てバスタオルとタイマーをおいていく、「お坊ちゃま、バスタオルおいときますね。それとタイマーが鳴ったら上がりごろです」、といいのこして、メイド長が脱衣場の扉が閉められる音で、脱衣場から出行くがわかった。

 風呂上り僕は、また階段を上り部屋に長い廊下を歩いて、自室に行った。部屋の前では父が立っていた。鼻と上唇の間そして髪の毛とつながった、3センチほどのヒゲをはやして、アゴヒゲ触りながら、「臨海学校はどうだったね? 楽しかったか」、などと聞いてきたので、「とても楽しかったです」と返答して僕は、カギを開けて部屋に入りカバンから手土産のサンドイッチを渡した。「それは良かった。ところで庶民とはあまり関わってないな?」と、父は顔をこわばらせながらサンドイッチを受け取りまた訊いてきた。僕が部屋のカギを開けて部屋に入った。叱られるのが嫌だったので、メリーのことは内緒にして、「いいえ。庶民とは一切関わっておりません」僕の目は明らかに泳いでいた。父は部屋の明かりがともってないのもあって、それに気がついてなかった。僕は頭を下げて、「お父様、後程食卓でお会いしましょう」頭を上げると、父は背をむけて部屋から出ると、ドアを勢いよく閉めた。僕はものすごく緊張していた。父は古い考えの人で、『貴族と庶民は交流してはいけない』と思っているので、庶民であるメリーと関わったことは、ばれてはいけないと心に嵐が吹くようにざわめいていた。

 夕食の七時になるまで自由時間ができた。僕は、『愛の繋がり ――理想の愛はなにか――』いう本を手に取り読んでいた。これは僕のお気に入りの書物だ。そこに書かれているのは、哲学者たちが、『愛とは何か? 愛とはこうである』などが書き記されたものだけど、好きなフレーズもあり例えば、『――愛とは、親友間の愛、家族の愛、もちろん恋人の愛もひっくるめ平等に愛しあわなければならない。そのためにはお互いを認める必要がる』、なんて言葉が出てくる。何回か読み返しているのだが、全く飽きない書物だ。ページをめくり読み進めていると、お気に入りの七七七ページに差し掛かるとそこにはカギがはさんである。このページはお気に入りのページでもあった。そこに書いてあるサブタイトルは、『愛の繋がり』ここから結論にはいるのだけれど、最後のフレーズに、『愛とは実に素晴らしく、実を付ければつけるほど熟した甘味となる。それはいわば愛の結晶を育む糧であり、そこから新たな生命が誕生し、また愛の木を育て始める』、僕はこの葉こそが、答えではないかと勝手に決めつけている。もちろん僕の勝手な解釈で、人からしてみればまた違った見解だろうけど、僕はそんなことは気にしていない。本に夢中になっていると、メイド長が僕を呼びに来た。鳩時計を見てみると、六時を五五分過ぎたとところだ。三回ドアをノックされ、「坊ちゃま。お夕食の準備ができましたので食卓にお越しくださいませ」、僕は慌てて本棚に、本をしまってドアを開けると、「クイッ」とメガネを右手の人差し指で上げて、メイド長が立っていた、「行きましょう。お坊ちゃま」、メイド長は僕の横を並んで歩いて、時々、メガネを上げる動作をする。

 僕はとメイド長は、長い廊下先にある階段に差し掛かって、階段を降りたとり、今度は右を曲がり、奥にある食卓を目指す。食卓にはいいると、香ばしいチキンの香りが漂ってきた。テーブルの中央にツキバナの花束が花瓶に活けられていた。ツキバナとはここマリアナ地方にしか咲かない珍しい花で、花びらの形が三日月の形になっていることからそう呼ばれていた。花言葉は『永遠の愛』で、告白の際子の花束を相手に捧げるのが、この地方のならわしだ。

 父が僕をせかすように、「早く座りなさい」、とアゴヒゲを右手で触っていた。僕は急ぎ足で席に着くと、「今日も我々に日々の糧を授けてくださりありがとうございます。いだいなるマリアナの女神よ」、胸の前で手を組んで黙祷を一分行い、ナイフとフォークを持って食事を楽しむ。

 これはマリアナ地方の伝説で、女神マリアナ様はかつて争いが絶えず、戦争に明け暮れていた人間たちを、天界でたいそうお嘆きになり、両軍の間に降臨なされて、大地に大剣を振り下ろして地面を割って、両軍を分断して森はさんで、このマリアナ国と、デュア国を築き上げたという説が三千年前の説として歴史の教科書にも載っている。

 この地方では有名な話で、その後、割れた地面に雨水がたまり川となったとされ、その川は今でも森の中心を流れていいて、マリアナ川と名称がついていた。父は熱心な崇拝者で、マリアナ様に毎食前に、祈りを捧げている。今年はマリアナ西暦三千年という節目を迎えて、昼間はパレードでにぎわっている。

「そうだ。久しぶりに私は休みが取れる。パレードを家族で見に行こう」、父が突然そう提案してきたので僕おろか、母もフォークとナイフを止めて、父の顔を、ジーと見つめる。それは一瞬時が止まったが如く、沈黙が五秒間続いた。その沈黙を打破したのは、父自らで、「どうした? 私の顔に何かついているかね」父はナプキンで口の周りを拭いた。「いいえ、貴方がパレードに行くなどといったものですから、わたくしは驚いたのです」、そういうと、チキンを切り分けて、自分のお皿に盛り上品に、口に運び母はそれを食べた。僕もチキンを自分のお皿に盛って食べる。「父上様、明日が楽しみです。どうか、お約束をお守りください」僕はチキンを飲み込むと顔の筋肉が柔らかくなりにこやかに言った。「うむ、約束は守るそれが紳士だ」父は、パンパンと両腕を上げて手のひらを撃つと、父の専属である執事がワインを持てきて、コルクを開け父のグラスに注ぐ。母のグラスにも注ぐように父は、執事に命じた。「あら、ありがとう」父と母はグラスの飲み口を、当て祝杯をあげた。

 僕は最後のデザートである、ショートケーキを目にして、メリーの事を思い出した、「また、会える」心でそう思っていた。ケーキを食べ終わった後、手を合わせてマリアナの女神に、「今日、一日の糧をありがとうございました」と言い残して、ゆっくりと席を立ちあがり、食卓をあとにして、長い通路を歩き、階段を上って、自分の部屋に入り、就寝時間の十時まで、ノートをひろげ勉強に打ち込んだ。難しい数式の問題を解きながら、ちらちらと煩悩が頭の中に出入りして、メリーのことが気になってしようがない。

 僕はそのうちに、激しい要求が襲ってきた。それはメリーの体に興味を持ち始めてきた。いけないとは思いつつも、僕はベッドに横たわり、あろうことか自慰をはじめた、「メリー、メリー」僕は最中妄想を膨らませた。事を終えると僕は洗面所に手を洗いに行き、鏡を見ながら乱れた髪の毛を整え、鏡の横にかけられたタオルで手を拭いて、部屋に戻った。そして何事もなかったように勉強を続けた。

 睡魔が襲ってきたころ、鳩時計を見てみると、十時を六分過ぎていたので、タンスに足を数歩進め、寝間着に着替えてベッドの枕側にある、棚の上に設置しているランプに明かりをともして今度はドアの方に歩いて、横にあるスイッチを切って電気を消した。そして、ベッドに近寄り、靴を脱いで横たわると掛け布団をかけてランプの明かりをけして、目を閉じてしばらくメリーのことを、妄想していたがいつの間にか寝ていたのであろう。

 カーテン越しから太陽の光が差し込み、僕は鳥の鳴き声が、「ちゅんちゅん」、耳に入り込んできたので目をそっと開け、ベッドから体をおこし降りるて靴を履くと、窓の方をゆっくりした足取りで歩き、閉め切っていたカーテンと窓を静かに開けた。すると鳥は鳴きながら驚いたかのように、羽をばさばさとはばたかせて、空に飛んでいった。その鳥は、このマリアナ地方にしか生息しないウララドリだった。

 ウララドリは恵まれた気候や気温でしか生息できない、体長10センチ前後の鳥だ。一年を通して温暖なマリアナ地方はそれを満たしていた。気温は二十度前後で人間にとっても過ごしやすい。雨はしばしば降り水も豊かで、マリアナ王国に外に一歩出れば手つかずの大自然の森が広がる。もっとも森には危険な肉食動物もいるので、猟師かハンターを連れた商人しか出歩かない。

 窓から空を見上げると雲一つない快晴だった。澄みきった青い色がどこまでも続いて、まだらに白い綿菓子のような雲が浮かんでいた。体感で心地よい風が吹いたと同時に、ウララドリの羽が一片、風に乗ってひらひらと窓から入ってきて机の横に落ちてきた。この地方でウララドリは、『幸福の象徴』とされる鳥でその羽を持っていると願いが叶うという迷信さえあった。

 縁起事はかつぎたいと、僕は羽を机の上にひとまず置いて、一番上の引き出しを開け大事なものをしまう、縦横15センチほどある鍵付きの宝箱に入れた。そして寝間着から今日のパレードに行くために、パーティー用のスーツに着替えて、寝間着をたたんで、部屋の前にある洗濯物カゴに寝間着を入れて、食卓に足を運んだ。いつものように長い廊下を通り、いつものように階段を降りて右に曲がって食卓を目指す。

 僕は父と母に一礼して、「おはようございます。今日もどうかご機嫌でいられますように」、と挨拶を交わす。「おはよう。レオナド」、父もいつもとは違うパーティー用のスーツを着ていた。母もいつもより派手にドレスアップしていた。「おはよう。早く席に着きなさい」、母は僕に手招きした。僕は足早に席に着く。

 今日の朝食はいつもより質素だった。パンに野菜スープ、シーザーサラ、それにデザートのプリンが並んでいた。「今日は外で外食といこう。高級なホテルを予約してある」、父はそういうと、マリアナの女神に祈りを捧げ、黙祷する。それに続き僕と母も祈りを捧げ黙とうした。父がパンを手に取り、一口大にちぎって口に運ぶ、母はスープを。スプーンですくい飲む。僕はシーザーサラダをフォークで食べていた。

「うーん。少し質素すぎたかな」、父はアゴヒゲを触りながらぼやいた。「質素すぎましたわね」、母もシーザーサラダを口に運びながらぼやいていた。いつもは一時間ぐらいかかる食事は、あっさりと二十分で終わった。僕も物足りなさを感じずにはいられなかった。

 食事を済ませたあと僕たちは、食卓を出てそれぞれ自室で出発の準備をして、八時になったころ玄関に集合した。そして留守はメイド長と執事に任せた。晴天の中を馬車に乗り揺られながらパレードが開催されるマリアナ大公園をめざした。途中、店に入り紅茶などドリンクを頼みトイレ休憩をはさんだ。父はその紅茶を飲むなり、「不味いな」と、不機嫌そうだった。横を見ると母まで、店の紅茶にケチをつけるしまつ、「これならメイド長に入れさせた方がましですわね」手鏡をバッグから取り出いし、髪の毛をクシでとかしはじめた。

 その時、店のドアが開き三人ずれの親子が入ってきた。僕はその親子を見るなり、目を疑った。来年の夏まであえないと思っていた、メリーの顔を見ていたら向こうも気がついたらしく両親の手をとり、僕らと通路を挟んで隣の席に座った。そして彼女は話しかけてきた、「レオナド・オリオット様ですよね? こんなところでお会いできるなんてなんて素敵なのでしょう」、彼女は手を組んで何かに祈るかのように天井を見上げて、「今日はパレードを見にマリアナ大公園に行こうと思っています」と続けた。

 その時父が、「ムッ」した表情で僕を睨んできた、「あのお嬢さんはどこかのご令嬢か? 貴族にしては地味なドレスを着ている」完全に父は疑いながらキセルに火をつけて、左手の人差し指を、コンコンでテーブルを突っつくかのように何回も小刻みに動かしていた。母はまだ手鏡を見て髪の毛をとかしていた。

 そして父が席を立つと、母は髪の毛をとかすのをやめてバッグに手鏡をしまい席を立った。僕も席を立ちつと、メリーが、「もう行かれるのですか? あまりお飲み物を飲んでらっしゃらないご様子」と心配するかのように僕の手をと握ってきた。父は無理やり、僕の手を引っぱり先に会計を済ましている、母のもとにかけよった。母はイヤミたらしく、「ここの紅茶は、あたくしたちの口にはあわなかったわ。はっきり言います。まずかたですわ」おつりを受け取ると母はドアを開けて足早に店をあとにする。店主は、「申し訳ありません」、と頭を下げ続けていた。

 外を出ると父はずっと不機嫌だ。馬車に乗り込むとパレード会場に急がせた。その道中で父は、「あの娘は庶民なのだろう? 違うか」、アゴヒゲを触りながら父は僕に問いただす。「……相違ありません」僕は観念して正直に答えた。すると母が口をはさんできた、「まさか恋心を抱いてないでしょうね? もしそうだったら破門も視野にいれなさい」まだ髪の毛が気になる様子なのか手で整えていた。僕は破門と聞いて心臓の一部が破裂しそうな如く思いだった、「いえ、そのようなことは。決してございません」拳を握り馬車が揺れ動く空間で、父と母の間に座って、手に汗を握っていた。汗をハンカチで拭きとると、馬車が止まりやっと、マリアナ大公園についてホッと胸をなでおろした。

 僕たち家族はあらかじめ購入していた、特等席の入場券を受け付けの女性に渡して、園内に入った。そして案内人に連れられてパレードが行われる、陸上競技場なみに大きい、館内に入場するとそこは薄暗く観客の声が飛び交い、ザワザワと騒がしかった。席についてしばらく、パレードが始まるのを待った。

 腕時計を確認したら十時ちょうどになって、ラッパや太鼓など楽器の演奏と共にパレードははじまった。その圧巻のパレードの音楽と、愉快な動物のキャラクターたちがダンスをしているのをみて、僕はさっきまでの焦りや恐怖心は消えていた。そして会場の照明が落とされると、キャラクターたちの乗った大型のパレード車はライトアップされ、一つ一つの電球がまばゆく、チカチカと光っていた。

 赤や黄色、青などたくさんの電球が点滅して、キャラクターが古代の戦争をイメージして、パレード車の上で争う演技を踊りながら、最後はマリアナの女神を演じたミュージカル女優が大剣を叩きつけると、いかにも大地が割れたような演出がされ劇は幕を閉じた。

「素晴らしい、ショーだったな。感動した」父は観客と共に立ちあがり拍手を送った。もちろん僕と母も一緒になって拍手をした。会場は盛り上がりを見せた。

 そして、エンドロールが巨大なスクリーンに映し出されて、最後にマリアナの女神を演じた女優が最後にマイクを通し挨拶をした、「皆さん。今日はありがとう。今日は楽しかったですか? マリアナ西暦三千年という節目を迎えた今年、どうか皆さんお体に気を付けてお過ごしください。マリアナの女神様のご加護をあらんことを。黙祷」、最後に女優はマイクを地面におき、黙祷を始めた。観客たちはもとより、僕たちも黙祷をして、マリアナの女神を讃えた。三分の黙祷は終了して、次々と人は出口の方へと流れた。僕らもその流れにのって出口を目指す。

 やっとの思いで出口について売店で、パンフレットを買っていたら、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた、「やあ、君も来ていたのかい? レオナド君」後ろをみると、ポップコーンをつまみながらジェルが家族と一緒に立っていた。「これはどうも。ポレオ卿、ご機嫌はいかがかな?」父は、ジェルのお父さんと握手を交わした。それに対して、「私は問題ないよ。オリオット卿はどうなのです?」、黒いハットを脱ぎながら父に訊き返した。「私も問題ないがね」父はアゴヒゲを触りながら返答する。母たちは、「最近どうですの?」僕の母は毛先を指に巻きながら、ジェルのお母さんに訊ねていた。「ぼちぼちですわ」、ジェルのお母さんは、センスを扇ぎながら答えていた。そして僕がジェルに目をやると、「あ、そうだこの間、撮った写真現像できたから、君とメリー嬢の家に郵便で送っといたよ。明日には届くんじゃないかな。ねえこの写真見てよ、いい出来栄えらだろ?」ポップコーンの箱を地面においてジェルは肩にかけたカバンのファスナーを開けて、写真を見せてきた。それはメリーの写真だった。

 僕は顔に目線をやり、気付かれてないか確認すると、「父上様、ジェル君と二人きりでお話がしたいので、向こうのベンチに行ってよろしいですか?」ベンチの方を指さし父の許可を取った、「ああ、行ってきなさい。だが十分したらホテルに向かうから話は十分で簡潔に済ませなさい」腕を組んでいたが、アゴヒゲをさわりはじめた。

 いそいそと4メートルぐらい離れたベンチにジェルを連れて、向かいそこに座り、話を切り出した、「僕の父はメリーのことを良く思っていないんだ。あの人は時代遅れで、頭が固いんだよ。だから二度と父の前ではメリーの話題は出さないでくれ。僕は君を男と見込んでいる。約束をしてもらいたい」ジェルの肩に左手を乗せて、右手は握手を求めた。「わかった、約束するよ。今後二度とメリーのことは話題にしないよ。あ、そうだ僕はこの間の臨海学校で、メリーに告白したんだ。」ジェルはそういって握手を交わしてきた。僕はそれを聞いて、「調理実習のことかい? あれは冗談だったんだろう」するとジェルは真剣な眼差しで、「違う。メリー嬢と二人きりの時があって、そこで結婚を前提に付き合ってほしいって言ったんだ。そしたら彼女はうなずいた。まあ、君には関係ない話だろうけどね」僕の手をジェルは離すと、立ちあがり親御さんのもとへかけよっていた。

 園内の時計を見ると十一時を五十分進んでいた。約束の十分間が迫ってきたので、僕はベンチから立ちあがって、父と母のもとへと足早に歩を進めた。「なんの話をしていたんだ?」、父は僕の背中を二回、ポンポンと叩くとキセル消して訊いてきた。「いえ、たわいもない世間話です。どうかお気になさらずに」僕は全身に電気が走るが如く、緊張していた。

 そして、もと来た通路を抜け、緑の生い茂る道を100メートルぐらい、歩を進め右の角を曲がって馬車置き場に行ったときまた、メリーのご家族と遭遇した、「あ、またお会いしましたね。今日はなんていい日なのでしょう。レオナド様と二度もお会いできるなんて素晴らしい日です。パレードもよかったし、今日はいい気分で眠れそうです」メリーは僕の気など、知る余地もなく瞳を輝かせて、手を組みながら話しかけてきた。

 僕は父の顔を窺うとアゴヒゲを触っていた。完全に苛立っているのがわかった。父は何も言わず馬車に乗り込む。「レオナド、早く馬車にお乗りなさい」母の言葉で僕はメリーに何も言わず乗り込んだ。最後は母が乗り込んで馬車が走り出した。その時、「レオナド様、あたしはいつでもあなたの事を思っています」メリーの声は遠くなって、マリアナ大公園を馬車は抜けていった。

 父は無言でずっと右を向き過行く町間並みを見ていた。母はまた手鏡を見て髪の毛を整えている。何も会話がなく重苦しい雰囲気に僕の心は、隔離室にでも入れられたかの如し、窮屈な心境だった。そして腕時計を見てみると十二時を八分過ぎていて、父が騎手に高級そうなレストランの前で止めるよう指示した。「ここで昼食をとろう」父がそういうと、騎手が馬を止めて降りると、馬車の左のドアを開けて母の手を取って、「奥様、足元にお気をつけください」とサポートする。続いて僕も降りて、最後に父も降りた。

 レストランに入ると、「三人だ。特別室を用意してくれたまえ」父がウエイトレスにそういうと、僕たちは二階の特別室に案内された。その部屋は窓から街並みが一望出来て、天窓から太陽の光が差し込んでいて、明るいのはもとより、壁には絵画が掛けられていて、棚には壺が飾られてその豪華さがうかがえる。「うむ、いい部屋だな」父はそういうと席について、ブザーを鳴らしてウエイトレスを呼ぶと、「ここの店で一番高いフルコースを頼む」、ウエイトレスはびっくりした表情で足早に部屋を出ていった。

 そして十分後前菜が運ばれてきた、持ってきたのはこの店のミストレスと三人のウエイトレスたちだった、「こちらは本日収穫されたばかりのレタスと玉ねぎのマリネです」ミストレスはウエイトレスに指示を出しながら、次々と料理を持ってこさせた。スープに魚料理、次の運ばれてきたのは、「こちらは、肉料理のパイ包みでございます」目の前にパイ包みが並べられた。パイ包みはマリアナ国の伝統料理で庶民なら、特別な日しか食べられない料理だ。貴族の家庭でもめったには出されない。厚さ6センチほどのステーキをパイ生地で包み、焼き上げた最高の一品だ。僕はこれが大好きで、フォークを刺してナイフで切り分けて口に運んだ、「美味ですよ、父上様。どうぞお召し上がりください」、頬が落ちるのではないかというぐらいだった。「うむ、うまいな」父の機嫌もよくなりパイ包みをほおばっていた。「おいしいですわね」母も上品味わっていた。そのあとは、ローストチキン、生野菜のサラダ、デザートのプリン、苺が並ぶもやっぱりパイ包みのインパクトは越えられなかった。最後にコーヒーが出されてそれをゆっくりと飲んで一息ついた。店の掛け時計を見ると一時を二分過ぎていた。

 父がキセルの火を消すと席を立ち特別室のドアに向かい、ウエイトレスが扉を開けて、父を先頭に、母と僕が後を追う。ウエイトレスは、「ありがとうございました」と終始、頭を深々と下げていた。僕たちが完全に外に出ると、特別室のドアをゆっくり丁寧に閉めて、先頭に立って、階段の方まで誘導してくれた。そして、「足元にお気をつけてください」と一礼をして会計所まで案内してくれた。「なかなか、美味であった」父がそういうと、母がバッグから財布を出して、「おいくら?」と会計係に訊くと、「上流フルコース三人分で、合計、五万リナーになります」けっこうな値段だったがさほど動揺はしなかった。

 そして会計を済ませると、父が先頭になり外に出て馬車置き場に歩いていく。「うーん。ホテルのチェックインには、「時間があるな、街を巡ろう」とアゴヒゲを触りながら父が提案したのでそれに賛同した。馬車にさっきの順番で乗って街並みの景色を楽しみながら、駆け回った。馬車が通れない人通りの多いところは歩いて、気に入った店に入り、母の買い物に付き合って、父と僕は荷物持ちにさせられていた。ブランド物の高いバッグやドレスなど買い込みカードで支払っていた。

 そのうちに母が買い物に飽きるころには、チェックインの時間が迫ってきたので、馬車に戻り、荷物を荷台におき同じ順番で乗り込んでホテルに向かう。僕が腕時計を見ると、四時を一五分回っていた。ホテルのチェックインは五時なので父は、騎手に急ぐよう命じた。騎手は馬に鞭を打ち走らせた。ガタガタと揺れる馬車はなんだか気分が悪い。荷物が荷台から落ちやしないかと心配になる。

 五時ギリギリでホテルにようやくついた。馬車を止めて騎手もこのホテルに泊まるので、一緒についてきた。騎手はこのホテルで一番安い部屋に宿泊する。僕たち親子は最高級の部屋を予約してあった。ホテルの玄関を抜けると、「お待ちしておりました。オリオット様方」従業員を含めオーナーたちは丁寧に頭を下げてきて、フロントに案内されてチェックインを済ませた。

 僕は一人部屋がいいとあらかじめ言っていたので、父たちとは別行動となった。六時の夕食までは自由時間になった。まず目に飛び込んできたのは、噴水の真ん中におかれた、マリアナの女神像だった。金で作られた像はりっぱなものだった。ポージングは決まって、右手を突き上げその手には、ウララドリの羽を持っていて、背中には伝説による、大剣を背負っており、左手は下におろされてツキバナを一輪握っている。

 僕がマリアナの女神像をしばらく見ていると、「おーい。レオナド君」などとジェルが僕を呼ぶ声が聞こえた。後ろを振り向くと、やはりジェルだった、「どうしてここに? 君もこのホテルにとまるのかい」、僕は友達の突然の登場に喜びを隠せないでいた。「実は僕だけじゃなくってね――メリー嬢も一緒なんだ」ジェルは後ろを振り向き、メリーを手招きして呼んだ。

 僕は焦って辺りを見渡し父がいないか確認して、ゲームコーナーに二人を誘った。そこで僕とジェルがビリヤードをやっていると、「あたしにも教えてくれますか? お願いします」とメリーが両手を合わせて言ってきたから僕たちはルールを教えて、メリーも交えてビリヤードを楽しんだ。

 メリーは呑み込みが早い子でルールを覚えると、最初はなかなか、ボールをポケットい入れでなかったものの、徐々にだけれど狙った通りにボールを打つことはできるようになった、「うーん、おしい。あともうちょっとだったのに」悔しそうにメリーは指を鳴らしながら、腕を胸の前に振る。「でも、いい筋はしているよ」ジェルが一番のボールを打つと、コンコンと音を立てて九番のボールをポケットに入れた。「ナイスショット」僕とメリーは拍手をしてジェルにハイタッチした。

 そこに父と母がやってきた。一番いられてはいけない場面を見られてしまった。その場では、叱られなかったが、「何を遊んでいるのだね? 約束の六時はとうに過ぎているのだが」父は、ムッとした顔でアゴヒゲを触りながら、強い口調で僕に鋭い目つきで見てきた、「君はなんという名前かね?」父はメリーの方に目をやり訊ねた。「あたしは、メリー・スミソンです。以降お見知りおきを」などとスカートを横に広げて挨拶をした。母はそれが気に入らなかったのか、「まあ、庶民のお嬢様がそのような挨拶をして恥ずかしくないのから? 貴族に対する敬意はないものかしらね」、髪の毛を触り整えながら、サラッとイヤミをいう。最悪の状態だった。ジェルはこの状況を察してか、この修羅場から逃げるようにして、「あ、僕も約束の時間だ」キューをカゴにしまって行ってしまった。

 父も僕の腕を掴むと無理やりメリーから遠ざけて、ゲームコーナーからを出ると、「お前はあの、メリー嬢を好意的に思っている。そういうことなのだな? がっかりだ。庶民と遊びほうけているとは」父はそういうと、すたすたとホテルのレストランにいてしまった。僕は母の顔を助け乞うかのように、しばらく見つめていたら、「あたくしは知りせんことよ。男なら自分でけじめをつけることですわね」髪の毛を整えて、父を追いかけるようにレストランへと、すたすたと足早にスカートの裾を引きずりながら行ってしまった。「あの、レオナド様? あたし何か悪いことしましたか」メリーが後ろから、声をかけてきたので、僕は、「いいや、君は一切悪くない。悪いのは情けない僕と頑固な父だ」そういうと父と母を追いかけた。

 レストランについたとき父は、食前酒のワインを飲んでいた。後ろめたさから僕は、座れずにいた。「どうしたね? 早く座らんか。他の客の邪魔になるし一家のはじだ」父にそう言われると席に着いた。ウエイターがトレーを運んできて、テーブルのうえに料理を並べてきた。遥か遠くの東洋にあるジャポネードというところの料理だった。魚料理がメインでヘルシーだった。ジャポネードの国では、『ハシ』というもので食べているらしいと聞き、僕たちも、ハシでいただくことにした。だがこれが使いにくい。僕は魚にそのハシを一本、『ニモノ』という魚料理に突き刺すと、もう一本で切り分けようとするも、きれいに切れなかった。

 父も母もハシにてこずっていた。仕方なく父がウエイターを呼び使いなれた、フォークとナイフを持ってきてもらった。「やはりこの方が食べやすい」と父は断言する。僕も母も納得した。さっきまでの出来事は嘘のように、晴れ晴れとしていた。やはり料理を取り囲むと楽しいものだ。聞く話にジャポネードで祝いの席によく出される、『スーシ』というのも頼んだら、一口大にかたまったライスの上に生魚の切り身などがのっていた。僕らは「これを食べるのかと」一瞬わが目を疑った

 父と母はズルくまず僕が食べるように勧めてきた。まるで毒見を刺せるかのように、「レオナド、食べてみなさい」、父は、『ミソスープ』と言われるものをスプーンですくい飲んでいた、「変わった味のスープだな。コク深い味わいだ」とスプーンをおき口直しに水を一口飲む。母は、『カレッジイモ』というものを口にしてご満悦そうに、「あら、甘いわね。香りも風味もいいし、このお料理気に入りましたわ」口に右手を添えて顔がほころんでいた。そして僕は問題の、スーシに手を伸ばして勇気を振り絞り口にした、「……生臭いけど、この独特の酸味がそれをかき消してくれて絶妙うまさをかもしている」僕はゆっくり一個一個口に運んだ。父と母も僕の様子を見て、「なるほど。生魚でも酸味があれば食べられないことはない」父の手もスーシを次々と口に入れる。「これはこれでおいしいですわね」母は丁寧に口に運びゆっくりと味わいながら喉に通す。

 食事も済ませてレストランをあとにするとアゴヒゲを触りながら、「レオナド・メリオットよ、あのメリー嬢には二度と近づいてはならんぞ」、廊下はシャンデリアがともっており、父の顔にその光が当たっていて、その顔は険しかった。「はい、父上様」僕は従うしかなかった。厳格な父には逆らえなかった。歩みを進めていくと、エレベーターが見えてきた。それに乗り、最上階の六階へと昇った。

 ここで僕と父たちは別々の部屋に入った。僕の部屋番号は607だった。部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは、金箔が加工されたお皿が玄関の棚に飾られていた。部屋に上がるとカーテン付きのベッドが一つ置いてあった。風呂場のドアを開けるとジャグジー付きの湯船が目に入った。そして窓からは夜の街並みが一望出来た。ところどころ明かりがともっていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 とりあえず僕はお風呂で汗を流すことにした。シャワーを浴びて頭と体を洗ってから、湯船に浸かった、「とてもいい気分だ。でもメリー嬢のこと――どうしたらいいんだ」ジャグジーから出る泡を見ながら僕は考え込んでいた。正直、メリー嬢のことが気になる。そしてジェルが言った、「メリー嬢を婚約者にする」という言葉も引っかかる。その答えは単純で僕は、『メリー嬢に恋心をいだいている』そう思ったとき僕の心は、鎖にでも繋がれた如くとても苦しかった。

 お風呂から上がりホテルが用意してくれていた、ガウンコートに身を包むと、まだ時計は九時を七分進んでいたのだが、疲れていたのでいつもより早く部屋のベッドの枕側にある棚に置かれている、ランプの紐を引っぱり明かりをつけて、僕は部屋全体の明かりを消し、靴をぬいでベッドにもぐると天窓から満月の明かりが差し込んだ。星も輝いていて僕は、そのスケールに圧倒された。そしてしばらくそれを眺めていたら、眠気が襲ってきたので目をつむった。

 そして気がつくと天窓から太陽の光が差し込んでいたので、僕は体をゆっくり起こし時計を見ると六時を二分進んでいた。ベッドから降りると靴を履き、お風呂に向かいガウンコートを脱いで浴室に入りシャワーを浴びて、寝汗を流した。それから着替えの服を着てカバンに昨日着ていたパーティー用の服をたたんでしまうと、コンコンとノックが聞こえてきたのでのドアのぞき穴を見ると父と母が立っていた。

 僕は慌ててドアを開けると、「おはよう。レオナド気分はいかがかな?」昨日のことは何もなかったかのように父は、話しかけてきた。「おかげ様で、気分のリフレッシュができました」僕は一礼をし。「早く大食堂に向かいましょう」母は髪の毛を整えながらそうそういった。僕たちはエレベーターを降りて、大食堂に向かった。

 大食堂は客でにぎわっていた。僕たち家族は壁際の一番手前にある、丸いテーブルに座った。バイキング型式で、好きな食べ物を取りに行った。東洋のチャイナ―料理が台の上に並んでいた。ギョーザや小籠包、麻婆豆といったポヒュラーナものから、北京ダック・燕の巣とフカヒレスープといった別料金のものもあった。僕はお皿にギョーザを4つに小籠包を2つのせ、別皿に麻婆豆腐を持って席に戻った。

 父はと燕の巣とフカヒレスープを注文したのかそれを持って席に着いた。母は僕と似たような盛り付けだった。スープを僕と母の目の前におくと、すぐに立ち上がって三皿分のチャーハンを持てきた。「これも食べるだろうから持ってきた。それからスタッフが北京ダックを持て来る」と席につき食べ始めた。三十分ぐらいして北京ダックを荷台に乗せてスタッフがやってきた。僕たちのまえに薄餅と、千切りにされたキュウリなどの野菜・揚げワンタンがのったお皿を、目の前に並べてきた。広げた薄餅にタレを塗り、野菜を縦にのせて、まず一切れ目は主賓である父が頂く、「うむ、やはり人切れ目はうまいな」などと満足気な表情をうかべぺろりとたいらげた。二切れ目は母が食し、「なかなかですわね」と上品に口に運んで噛みしめながら味わっていた。最後に三切れ目を僕がたべる、「これはおいしいですね」僕は北京ダックを始めて食べたものだから、思わず声を荒げていった。「貴族にあるまじき行為だな。よもや、あのメリー嬢に毒されたのではなかろうな? レオナド・オリオットよ」とアゴヒゲを触りながら叱ってきた。「いえ、申し訳ございません。父上様」気まずいなか淡々と食べてお皿をきれいにしていく。

 食べ終えると大食堂をあとにして、またエレベーターで6階に昇り一泊した部屋に戻り、帰りの準備をすますと、一階のフロントで騎手と合流した。「おはようございます。レオナドさまもお帰りですか」とメリーの声が聞こえたあと続けざまに、「おはよう。レオナド君とても良いホテルだったね」とジェルの声も聞こえてきた。

 後ろを振り返り僕は、「やあ、ジェル君。おはよう」とジェルにだけ挨拶を返した。父がいたのもあるし、何よりも叱られるのが怖くて嫌だった。「レオナド様。なぜ、あたしには挨拶を返してくれないのです? まさかあたしが庶民だからですか。臨海学校でのことは嘘なのですか」とメリーは悲しみの表情で僕に問い詰めてきた。僕は心に槍が刺さったかの如く胸が痛かった。そして父にせかされてホテルを出ていき、馬車置き場にいっていつもの順番で乗った。

 帰路では重苦しい空気が、どんよりと馬車の中を漂っていた。父は相変わらず無口で右側を向いて過行く街並みの景色を眺めていた。母は手鏡をみて髪の毛を整えていた。僕はこのまま心臓が止まるのではないかと息苦しかった。そして時間を見ると、十一時を一分過ぎていたころに豪邸の門の前で馬車は止まった。門の前ではあらかじめ午前の十一時には帰ってくると言っていたので、メイド長たちが出迎えてくれていた。そして庭園を抜け玄関をくぐり、各自の部屋に戻ったころ、僕の部屋をノックする音がきけたので開けるとメイド長が立っており、「お坊ちゃま宛てに郵便物が届いていたのでお渡しします。」それを僕に渡すとメイド長は出ていった。

 僕が部屋のドアを閉めて封筒をペーパーナイフで封を切ると。中身を取り出した。それは臨海学校で、ジェルとメリーの三人で撮った写真だった。レコードにドーナツ盤を乗せて、ベートーヴェンの運命を聴いて写真を眺めていたら、僕とメリーが写った写真があったので本棚に手を伸ばして、『愛の繋がり』を取り七七七ページを開いて、カギ手をつまんで一番上の引き出しを開けて、宝箱を持ってカギを穴に入れて解錠して、そのお気に入りの写真と、メリーが一人で写った写真を箱に入れた。あとはアルバムに挟んだ。

 箱を引き出しの奥にしまい、『愛の繋がり』の七七七ページにカギをはさんで、アルバムと一緒に本棚にしまったとき、父がノックもせずに入ってきた、「不用心にも、程がある。庶民と関係を深めるのは言語道断。来年は『臨海学校に行くのを禁止する』。わかったな? 

 レオナド・オリオットよ」

 

 戦慄は音楽より心を揺さぶる。

 僕は父の言葉を聞き、心の中が雷にでもうたれたかのような進撃が走り、反射的に顔をゆがめ、右手でレコードの針をそっと持ち上げ、右側に立ってドアノブを固く握りしめて、目つきを尖がらせ、鼻の穴を大きく広げた父の顔を、まるで背筋に氷をくっつけられたかのように凍らせて恐る恐る顔を見つめた。そして父には愚問であろう問いをした、「なぜですか。なぜ庶民と関係を持てってはいけないのです? 父上様」僕は腕を横に振りきった。

「庶民と付き合うなど貴族の恥だ。もっと自覚を持て、レオナド・オリオット」僕を叱るときには必ずフルネームで呼ぶ。厳格な父はドアノブから手を離すと、ゆっくりと、僕の方向に歩みを進めてきて、アゴヒゲを触っていた右手を振り下ろすと、その手を横に振り空を切り、左の頬を平手打ちしてきた。そして着ていた部屋着の茶色いガウンコートを整えた。

 僕はその衝撃に少し左足が空中に浮かばせ、顔は右側を向き体が傾き、ふらふらと一歩横に足をずらした。そして目を細め僕は無意識のうちに、父を睨んでいたらしく、それが気に入らなかった様子の父はまた、顔をこわばらせて、怒鳴り声を張り上げてきた、「なんだ、その目は? まだ私に反抗するか」父は二度目の平手打ちをしてき。「……いいえ」僕は心の内で悔しい思いがはじけようとはしていたが、長年の父に対する恐怖心から、何も反論できずに、不本意ながら深々と頭を下げて謝罪する、「申し訳ありません。明日、彼女とはけじめをつけてまいります」僕は頬に流れる熱いものを感じずにはいられなかった。

 それは父が叩いた痛みではなく目から零れ落ちるものだ。メリーと絶縁する事となる悲しい思いと、父に反抗できないみじめな自分の悔しさとで溢れてきた涙だ。それは足元に一滴、零れ落ちたが父はそれに気がつかなかった。

 どうにか涙を流していることを、隠したたかったので、父が部屋をあとにするまで、下を向いていた。なぜならば、「男が泣くのか?」などとまた叱られてしまう危険性があったからだ。

 父は部屋を見渡す気配はわかっていた。父がゆっくりと本棚へ向かうのを、足元を見て目で追った。今度は冷や汗がにじみ出てきた。そこには秘密のカギがあったからだ。だが父は本じゃなく、飾られていた肖像画を見るなり、それを手に取り深々と見ていた。

 背中を棒の方に向けていたので、このチャンスを見逃さずに袖で涙をぬぐった。肖像画を本棚に戻すと、父はこちらを振り返り、僕に視線をおくってきたのでとっさに頭をまた下げた、「父上、今日はお叱りいただき、ありがとうございました。明日、本当にけじめをつけてまいります。それではごきげんよう」、僕は心に無いことをいってその場を、なんとか乗り切ろうとした。

 すると父は、「ずいぶんで義正しいじゃないか」と言い残して勢いよくドアを閉め部屋を出ていった。そのあと僕は目から零れ落ちるものを胸のポケットから出して、ハンカチで拭いた。僕がベッドと壁の真ん中にしゃがみ込み泣いていると、「坊ちゃま。勝手ながら失礼いたします」とメイド長が入って来た、「廊下で聞こえていました。旦那様に叱られたのですね? さぞかしお辛いでしょう」メイド長はメガネを、クイッと持ち上げると僕に寄り添ってきて、「私は坊ちゃまのお気持ちは存じ上げませんが、心のままに自分のお気持ちを旦那様にお伝えしてはいかがでしょうか? 私はいつも坊ちゃまの味方です」、そういうとメイド長は立ちあがり、部屋をあとにした。

 僕はアルバムを開き、ジェルとメリーの写った写真を手に取り、「ジェル君ならどうする? メリー君は僕の事を本当はどう思っているんだい? 教えてくれ、僕は今とても苦しいよ」僕は涙を流していた。

 そんなことをしていたら、コンコンとノックしてきて「レオナド様。食卓に足を運んでくださいませ」威勢のいい声で僕を呼んできた。その声は見習のメイドだった。アルバムをしまい僕はドアを開けて、「わかった。今行く」僕は足早に食卓を目指す。途中シャンデリアを見上げ、『いつかこの屋敷でメリーと暮らしたいな』などと考えて歩みを止めた。メイドも足をとめ、「どうされました? お身体が悪いのですか」と、そのメイドは僕を気遣ってくれたので、「君は変わったね。入りだての頃は僕の目なんか合わせられなかったじゃないか」メイドはそれを聞くと、「メイド長のおかげです」と、涙ぐんで僕の背中をさすってくれた。

 メガネを、クイッとあげながらメイド長が階段を上ってきた、「あまりに遅いので、旦那様はお怒りになっています」メイド長は僕の目を見ると流血していたのがわかると察したのか、「旦那様には、目がかゆいとおっしゃってください」、とまたメガネを、クイッと持ち上げて、「お急ぎください」と僕を誘導する。

 階段を降りて食卓を目指す。メイド長はしきりに腕時計をみて、「急ぎましょう。十二時を一分過ぎました。きっと旦那様は不私たちが、『来るのが遅い』と機嫌にテーブルの周りを歩いていることでしょう」

 僕はメイド長の言葉に走って食卓に向かった。「はあはあ」と息切れしていた僕に、イヤミな母が僕に投げかけてきた言葉は、「おそかったわね? あなた何をやっていたのかしら。お食事がさめるところだったわ。早く座りなさい」母の言葉に続けて、父が口を挟む、「まさか、お前またあの小娘のことを考えていたのか?」アゴヒゲを触りなら鋭い目つきで、「ジロリ」と見てきた。「……いいえ。とんでもございません」まるでヘビに睨まれたカエルのような心境だった。

 僕は恐る恐る足早に席に着いた。テーブルには鳥の丸焼き、それにパイ包みが並んでいた。テーブルの真ん中にはツキバナが華やかに凛としていた。豪華な食事だが、メリーの事を思うと、こんな心境では食事が充分に喉を通らず、僕はフォークとナイフをお皿においた。すると母が「あら、ぜんぜん食べてないじゃない? おお腹でもいたいのかしら」とイヤミたらしい口調で聞いてきたので、「……いいえ。そんなことはございません。母上様、どうかお気になさらず」と僕は返答したら、また父が口をはさんできて、「なら、ちゃんと食べなさい」と父はあろうことか、ナイフとフォークをお皿におくと、チキンの切り身を、僕のお皿の上に大量に乗せてきた。あまり食欲はなかったが、無理やり口に押し込んだ。

 そうしないと今度は、『食べ物が勿体ないと』叱られてしまうからだ。楽しくない食事が終わり自分を部屋に戻ろうとしたとき、母が耳元でささやいてきた、「あなた実は彼女のことを、気に悩んでいるのではありませんか? 正直に言いなさい」母は髪の毛を整えながらそう言ってきたので、父の顔を伺いながら僕は、「そんなことないです」と首を横に振り、逃げるように食卓を出ていき、長い廊下をまた走って、階段を駆けあがり、そしてまた長い廊下を走り、やっとの思いで自室にたどり着いた。壁に掛けられた、鳩時計をみると時計の針は、一時を十分進んでいた。

 そしてメリーの写真を引き出しから取り出してまた眺めていた。部屋のすみっこに行き、ベッドと壁との間にしゃがみ込み、膝を左手で抱え込み、彼女の写真を見ながら、しくしくと泣いた。こんな姿を父に見られたら僕は『殺されてしまうかもしれない』そう思ったとき、また部屋をノックする音が聞こえた、「はい」と返事をしたら、母の声だった。

母は、ガタガタと扉を揺らしていた繰り返し揺らしていた、「あけなさい、レオナド」と僕の名前を何度も連呼してきた。

 時計を見ると二時を三分すすんでいた。僕は写真をとっさの判断でベッドの下に写真を隠した。僕が扉のカギを開けたと同時に、母親が長いスカートの裾を床に滑らして、ズイズイと入ってきた、「そこにお掛けなさい」母は僕をベッドに座るよう命じてきた。言われるがままベッドに座った。そして机のイスを持ってきて目の前に母は座ると語りはじめた。「苦しいわよね? メリー嬢の事」立ちあがりまた机の方に向かって。足を進めると、今度は引き出しを開けると、「ふう」とため息をついてそれを見つめながら訊ねてきた、「これはどこで拾ったのです? ウララドリの羽ですわよね」母は羽をしばらく、ジーと見つめていた。

 僕は正直に答えた。母は羽を机のおくと話を続ける、「正直に答えてくださる? あなたは彼女を愛していまっている。そうでしょう」。僕はしばし沈黙を続けたが、涙は正直だった。溢れでるそれをおさえることはできなかった。

「涙は正直ね。わたくしも過去に似たような境遇にさらされていたわ。それは今の夫と出会う前に、庶民の男性に恋をしてしまったの。それはそう、今の貴方と同じ十七の頃だったですわ――あの時、臨海学校で庶民の男性と共同の授業をやっていたの。顔つきがシャープでかっこうがよかったのですわ。私は友達になり、三年間その人と付き合ううちに恋心が芽生えてきたの――でも、あなたの亡くなった祖父、あたくしのお父様が猛反対したのですわ。あたくしはものすごく辛かったのだけど、お父様は認めてくれずに交際は無理やり引き裂かれたの」、母は顔をゆがめながら悲しい表情で涙流していた。

 そんな母は僕の横にそっと座ってきて、背中をさすってきた。そして言葉を続けた、「つらいでしょう。正直に言ってごらんなさい。本当は今すぐにでも彼女と付き合いたいのでしょう? 正直にいいなさい」僕が母の顔を見あげると普段はあまり見せない真剣な眼差しでいってきた。「……ッ」僕は何も言えなかった。

 母はベッドから立ちあがり空いていたカーテンを閉め切り、部屋のドアのカギをかけて、部屋の電気を付けた。シャンデリアは明るくともり、どこか幻想的な雰囲気を醸し出す、「レオナド、よくよく耳の中に母の言葉を聞き入れなさい」目の前のイスにまた腰かけると、僕の手を取り母は、「夫を説得してさしあげますわ」と、思わぬ話を切りだしてきた。

「え?」一瞬耳を疑った。母が父を説得してくれるなど初めての事だったからだ。

 僕はしばらく放心状態でいたら、「ただし条件がありまして、この羽をくれないかしら? レオナド」僕にはその理由がわかっていた。それは高値がつくからだ。『ただ、こんな形でメリーと付き合ってもいいのだろうか』と一瞬の脳裏を駆け巡ったがそれはすぐに消し飛んだ。母は笑いながら「ウフフ、貴族はお金で物事を解決しなければいけませんわ」母はいつも通りの雰囲気に戻り、「レオナド、いいわね?」と問いただしてきた。僕は悪魔に魂を売った、「はい、母上様」と僕はベッドから立ちあがると母に手を差し出した。「物分かりのいい子ね」母は僕の手を握りしめたあとでその胸に抱き寄せてきた。

 十年ぶりだろうか――久しぶりに母の胸に抱かれて心地が良かった。母が部屋から出た後にベッドで跳ねながら両腕を腰に当て後ろに肘を突き出してガッツポーズをした、「やった。これでメリー嬢と付き合える」ベッドから降りてレコードの針をドーナツ盤におくとモーツァルトの春が流れた。

 

 歓喜は音楽より心を揺さぶった。

 僕はその後、レコードから流れてくる音楽の、リズムに合わせながら、体を揺らして鼻歌交じりで呼吸をしていた。感じるリズム、高鳴る鼓動、それは歓喜からなのか、メリーの写真を見ながら僕は自慰をしていた。ことを済ませると僕は、写真をベッドに置き去りにしてカギを閉めずに洗面所へ行き手を洗った。タオルで手を拭うと自室に入ったら父がいて、「このバカ息子。やはりこの小娘を諦めきれないでいるのだな?」その顔は真っ赤になっていて今にも頭が噴火しそうだった。「父上。その写真は、破り捨てようと思っていたのです。どうかお怒りをお鎮めください」僕は恐怖にあおられてとっさに嘘をついた。

「なら、私が破り捨てよう」父は写真をこれでもかとビリビリにし丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

 僕は自然とゴミ箱に吸い寄せられていき、ゴミ箱あさり写真を右手で拾い泣き崩れその場にしゃがみ込んだ。そんな僕を見て、まるでホームレスを見るように、さげすんできた、「貴様は、浮浪者か? ゴミ箱をあさるとは貴族の恥だ」、父は僕の胸ぐらを掴んできて、無理やり立ちあがらせてきて、平手打ちを何度も何度も繰り返してきた。

 正確には数えていないが、十回発は叩かれたらだろうか。僕の頬からジンジンと痛みが、脳に伝わってくる。僕はもう絶えきれなかった。強い憎悪、沸き立つ感情、苛立ちから、机の上にあるペン立てから、カッターナイフを取って父に向けた。父はひるまなかった。むしろ、「刺すなら、刺せ」と強い口調で怒鳴ってきた。僕はその恐怖から震えていた。そして、父は左手で刃の部分を握って、右手で僕の首を絞めつけてきた。父は更に恐怖心を僕の心に植え付けてきた。

 僕はひるむしかなかった、『何もできない。この人には勝てっこない』観念して僕はカッターナイフを手放し、父の手を首から離そうとしただが、その手は硬く離してくれなった。父が自ら手を離したのは、母が来てからだった、「貴方、何をしているのです? それにその左手のケガはどうしたのです」母は急いで廊下を掃除していた、メイドを呼び救急箱を持ってくるように支持して、全身全霊の力で父に腕を僕の首から引き離した。

 僕は腰が砕けえるかのようにその場にしゃがみ込み首をおさえてせき込んだ。父は「こいつは、私に反抗してきた。だから首をしめて二度と反抗できないようにしたのだ」父は左手をハンカチで押さえ止血をしていた。母はそんな父に対して、「いくらなんでも、やりすぎではありませんか? 許してやりましょう。交際ぐらい」母はハンカチを目に当てて泣いていた。

 父は「ならん。庶民と交際など貴族の恥だ」などと母の右手を引っぱり、部屋から出ていった。僕はベッドに横たわり泣き崩れた。ふと、鳩時計を見ると、五時を三十分過ぎていた。僕は慌ててお風呂準備をし、一階にある大浴場に向かいった。

 脱衣所で服を脱いで浴場に足を踏み入れた。そして髪の毛を洗い、体を洗ってシャワーでシャンプーやボディーソープを洗い流して、湯船にゆっくりと浸かった。お風呂はひと時苦しみをなくし、リラックスさせてくれた。

「坊ちゃま。ここにバスタオルをおいときますね。あとタイマーが鳴ったら上がり時です」、メイド長はそういうと、ドアを閉める音が聞こえて、メイド長は脱衣場をあとにしたみたいだ。しばらくして、「ビービー」とブザーが鳴り響き慌てて、湯船から上がり、急いで脱衣場に行き、バスタオルで体を拭いき、ドライヤーで髪の毛を乾かし、ヘアースタイルをくしで整え、ビシと五部分けして大浴場を出ていき、階段を上り自室に入った。

 鳩時計を見るとちょうど七時を刺していたので、食卓に向かいたった。そこでまた嫌顔を見ることになった。しばらく父の様子を伺いながら、歩いていると父が、こちらに気づき、「どうした? 早く座らんか」、とせかしてきたので、足早に席に着いた。

 僕が席に座るとテーブルには、ステーキが並んだ。ソースをメイドたちがかけてくると、「ジュー」と音を立て、煙にのり、香ばしいソースの匂いが鼻をくすぐって、食欲をそそった、『メリーにも食べさえたい』などと考えていたら、父が話かけてきた、「レオナドよ、私は思う。お前は貴族に向いてない。故この家から破門する」、その言葉に食卓は、メイド長も含めざわついた、「静まらんか」父の怒鳴り声で静寂がもどり父は、「パンパン」と左手のケガが痛むのか、弱く手を打ち執事にワインを持ってこさせ、「祝杯をあげよう。レオナドの門出を祝って」皮肉にも、父は執事にワインをグラスに注がせて、一口それを飲むと、舌で転がしてクイッと喉に流し込んだ。

 父が何かに思いふけるように、「出来れば、お前が二十歳を過ぎたときに、一緒に飲みたかったワインだ、非常に残念だよ」あの父が涙を流して語りはじめた、「レオナドよ。もう一度考えなおさないか? 今なら間に合う」またワインを口に含み、舌で転がしながら、喉に流し込んで、「これは、お前が生まれたときに買ったワインだ。私は別に憎くて厳しくしてきたわけじゃない。お前を立派な男にしたいからだ」今度はステーキを一口大に切り分け、父はそれを口に運んだ。前の席を見てみると、母がこちらの様子をうかがっていた。

 父がステーキを口にしている間、母はパンを一口大にちぎって口に運び、僕はコーンポタージュをスプーンですくい飲んだ。

「レオナドよ、今日の夜はよくよく考えなさい」父はそういうと無口になり、ワインを口にして、母は何も言わずに、僕を見ながらステーキを一口大に切りわけ口に運ぶ。僕はパンを手にして、一口大にちぎりそれを食べた。

 その後は静かな食事風景だった。会話もなくなり、ただ食器の音が鳴り響いて、「くちゃくちゃ」と食べ物をかむ音だけが聞こえていた。

 食卓の柱時計が八時を回ったころ静かな食事は終わりをつげた。なんだか最後の晩餐のようにもの悲しかったのは僕だけじゃない、「本当に、レオナドを破門するのですか? 貴方」口の周りをナプキンで拭き、母は沈黙を破った。メイド長は、メイドたちに食器を片付けるようにいって、僕たち家族だけにした。父は「ああ。レオナドの答え次第では、そうさせてもらう」父は背伸びをしたあとキセルをくわえながら、僕の方に視線をおくってきた。

 それは僕の答えを催促しているかのようだった。僕は重圧な空気に飲み込まれそうになって、イスを後ろに引きずって、立ちあがろうとしたとき父がくわえていたキセルをテーブルにおき、「逃げるのか? それが答えか」と静かな口調でとただしてきた。

 僕は終始何も言わなかった。言えなかったし、破門と聞いてショックを受けていた。今考えると、僕は心臓に矢を射抜かれた如く感覚さえあった。それは恋心だけかと思っていたが、そうじゃない。確実に、『破門』という言葉が胸に突き刺さった。

 もう一度席に座り、きちんと僕の心境を伝えようとしたとき慌ててメイド長が食卓に入ってきて、「旦那様、伝令が届きました。どうかお気を確かにお聞き入れくださいませ。メリー嬢が一人でこの家に訪ねてきました。いかがなされましょう?」、青ざめた表情でメイド長は、父に愚問を投げかけた。僕も含め誰もが、『門前払いをしろ』というと思ったが、母が父よりも先に、「メリー嬢を通しなさい。責任は、あたくしが全て持ちます」、と席を立ちながら、メイド長に指をさして命じた。

 僕とメイド長は父の顔を伺った。すると父から意外な言葉が帰ってきた、「夜だ。女子供が一人で外を、うろついては危険だ。通せ」と紳士的に言った。「はい」とメイド長が、頭を下げて、メイドに伝令を伝えた。僕は嬉しい反面、これから起こることをネガティブに考えて不安もあった。

 二十分後ぐらいして、メイド長がメリーを連れてきた。メリーは父と母を見るなり、かぶっていた帽子を脱ぎ、一礼して、「こんばんは。メリー・スミソンです。年は十七になりなす。父から電報を持て行くように言われました。詳しいことはオリオット邸の、奥方様に聞けとのことです。あたし何かしましたか?」メリーは不安気な表情で頭を下げた。

 すると母がメイド長に指示して、電報をメリーから預かって、持ってくるように命じた。メイド長はまず、僕の横にイスを持ってきて、メリーを座らせると、電報を受け取り、テーブルを時計回りで、歩いて母に手渡した。

「ありがとう。あなたは下がりなさい」、母の指示でメイド長は、出入り口にむかい、一礼をすると、扉をゆっくり閉めて出ていった。母が、「全てはこの電報を読んでからです」固く結ばれた、電報をテーブルにあった、はさみで切って紙を広げた。

『ここに書き記すのは、あたくしたちの息子が、あなた方のお嬢様を好意に思っている次第でございます。急でありますが、もちろんやぶの通りは危険ですので、できれば途中までは一緒に来てもらい、お嬢様をオリオット邸まで連れてきてください。その後は翌日、馬車で、スミソン宅までお嬢様を送りとどけます。どうか吉報をお待ちしております』

 母が読みおえると、父は怒りの表情を見せたが、客人の前ではと思ったのか怒りを抑えて、冷静に物事を運ぼうとしていた、「で、メリー・スミソン嬢、貴女は私の息子をそう思うのか訊かせてくれないかな? 良ければの話だが」、父はそういうとアゴヒゲを右手に手をやりさすった。

「あたしは、レオナド様のことが好きですが、それは友達としての考えです。それにあたしには決まった、婚約者がいます。その人と私は明日、隣国の名家である、サウザー艇の御曹司と結婚するために、この王国を旅立ちます」、メリーはそういうと座ったままで頭を下げた。

 僕の心に、稲妻が走り炎を燃え上がらせた。僕は勢いよくイスから立ちあがって、メリーに詰め寄って、彼女の肩に両手をやり、「君は嘘をついていたのかい? 生来は僕と結婚したいって言っていたじゃあないか」、と体を揺らした。

 メリーの目には涙がたまっていて、今にも零れ落ちそうだった。その様子を見ていた、母は僕とメリーに、時計回りとは逆方向で近寄ってきて、ウララドリの羽を15センチサイズの財布から取り出し、「これ、『幸福の象徴』であるウララドリの羽。あなたにあげるわ。大事にしてね」といったと時計回りで、自分の席へと母はゆっくりとスカートの裾を引きずりながら、戻ってイス座った。

 僕は母に質問した、「この羽は売るのではなかったのですか?」すると母は、「あたくしは、もう一片持っていますの」と口に手をやり笑っていた。今度は父が席を立って、僕らに近寄ってきて肩に、「ポンと」手をおいてきた、「メリー嬢、貴女は嘘をついた。いやついているのではないか? 本当の気持ちを訊かせてくはしないかい」父はメリーの顔をジーと見つめて答えを待っていた。

 僕は父に、「今度こそは」と思いがこみ上げてきた。メリーの前で男気を見せたかったのもあった、「父上様、僕とメリーが付き合うのを許してください」僕は頭を下げて、まだ足りないと思い、その場に膝をつき土下座までした。すると横でメリーも膝をついて、土下座をして、「お願いします。本当はレオナド様と付き合いたいのです。今の婚約者とは父から無理やり言われたことなのです。臨海学校で、もう一人あたしに好意を抱いた人がいます。その人は父と母にお金を私手渡して、私を婚約者にしたんのです。お願いします、オリオット財団の力でどうにかしてください」横を向くとメリーは涙を流して、必死の思いで手を合わせて、父に頼み込んでいた。

 父は僕に、「顔をあげなさい。レオナドやはりお前は破門する。メリー嬢を救ってあげなさい。条件はそれ以外にない」顔をあげると父はにこやかに笑っていた。

 入ら時計を見ると針は九時を五分進んでいた。「もう夜は遅い」父は外に控えていた、メイド長を呼び僕は自室へと、メリーは空き部屋に案内させた。その道中で、億とメリーは話が盛り上がっていた、「本当に信じられないよ。母上様が仕組んだこととはいえ、君がこうして僕の家に来るなんて夢にも思わなかった」僕は手を横に大きく広げ、破門の恐怖心より、今こうしてメリーとはしているのが楽しくて仕様がない、「あたしも同じ気持ちです」メリーは両手を腰に持っていき後ろで手を組み、もじもじとしながら僕の方を見ては目線を逸らしていた。

 階段を上り長い廊下を、抜けて僕は、「お休み。メリー」とあいさつを交わして、メリーはメイド長に連れられて別の部屋に行った。喜びは音楽をも心を揺さぶった。僕は夜だったので音量を下げて、ベートーヴェンの運命を聴いていた。鳩時計を見ると十時を三分過ぎていた。睡魔にも襲われていたので、レコードの針を右手で持ち上げ、レコードのスイッチをオフにして、左手であくびをして開いた口を押えながら、ベッドの枕の方にある、棚の上のランプに明かりをともし、数歩足を動かして、タンスから寝間着を取り出してして、それに着替え、ドアの右横の電気のスイッチを切り、ランプの明かりを頼りにベッドに歩み寄り履いていた靴をぬいで、横になって掛け布団をかけて、しばし天井を見ながらメリーのことを考えていた。そのうちに眠たさの限界が来て目をつむった。気がつくと朝になり、カーテン越しに、太陽の明かりがさしていて、その明かりとともに鳥、おそらくはウララドリであろう鳴き声が聞こえてきたので、僕はゆっくりと体をおこした。

 カーテンと窓を開けたら、やはりウララドリが空に飛んでいった、今日もいい天気だ」、などと独り言をつぶやきながら、タンスに向かい引き出しをあけて、僕は寝間着を脱ぎ、今日は学校に行くいだったので、ワイシャツにネクタイを閉め、スーツを着こなして充分に空気が入れかわったところで、窓を閉めて鳩時計を見てみると、朝の七時を十分過ぎていた。

 僕はドアを開けて廊下に出ると、エイド長に連れられて、食卓に向かうメリーの後姿があったので、声をかけた、「おあはよう。メリー嬢」。メリーは後ろを振り向き僕にかけよってきて、挨拶を返してきた、「おはようございます。レオナド様」すがすがしい気分だった。心が踊っていて、それは例えるのなら、心臓をくすぐられる感じだった。ドクドクとしていて心臓が高鳴るのを感じていた、「メリーが本当に破門になったとき君は僕のことを愛し続けてくれるかい?」、などと真剣な眼差しでメリーの手を取り訊ねた。愚問だったのかもしれないが、僕はメリーの愛を確かめたかった。

 メイド長は時計を見ながら、スカートが揺れていたので足を揺らしているのが目にとれた。メリーは、「はい、あたしの気持ちは変わりません、だけども今日あたしは、婚約せねばなりません。この国から出て私は遠くの、隣の国にいきます。もう二度と会えないでしょう」、メリーは僕の手からゆっくりと、離してハンカチで涙を拭っていた。メイド長が腕時計を見ながら、「そろそろお時間です」と言ったので、僕とメリーは、仕方なく足を進めた。

 長い廊下の突き当りにある階段を降りたところで、僕たちは父と母の後姿を見た。何やら言い争っているのが、荒ぶる声でわかった、「お前は破門を許していいのか?」父は両手を横に広げながら、そんな言葉を母に投げかけていた。それに対して、「あなたがそう決めたのでしょう。あの子は破門を選んで、メリー嬢と添い遂げるに違いありません」。それを聞いたメリーは父と母にかけよって、「申し訳ありません。あたしのせいで、レオナド様を破門にまで追いやってしまいました。本当に申し訳ございません」、メリーは頭を深々と下げていた。

  父と母は後ろを振り向くと、「頭を上げなさい」父は優しい声で、メリーの肩を、「ポンポン」と二回叩くと、「メリー嬢。君は何一つ悪くない。悪いのは頑固な私と、君を思うがあまり、我を見失っているレオナドだよ」、父はメリーの頭を撫でて、僕は、父の顔に目線をおくると、普段は見せない満面の笑みだった。

 僕は内心、『本当に破門されるのでは』と痛烈なもの悲しさを覚えて、『この家から出たくないと』強く願いを込めるが如くそう思っていたら、母がスカートの裾を引き釣りながら、静かに近寄ってきて僕を抱き寄せ、「レオナド、安心なさい。あたくしが父を説得しまいた。破門は免れて、メリー嬢とお付き合いできます」僕の頭を撫でながら、母は僕を離すとまた父の横に戻った。

 父はメリーとまだ会話していた、「メリー嬢。婚約の話はレオナドがなんとかしてくれよう」父は僕を手招きして、食卓へと続くシャンデリアのともる廊下で、父は僕に手を差し伸べてきて、「レオナド交渉の握手だ。お前は見事、メリー嬢の婚約者を説得して、メリー嬢を我がものにせよ」一分ぐらいの間を置きためらった。するとそこへ、足早に見習のメイドがやってきて伝令を伝える、「旦那様、大変です。隣国の名家の御曹司が馬車でやってきて、門の前に立ちはだかっているとのことです。「わかった。レオナドと、メリー嬢を先に行かせなさい。私たちは後を追う」父はそういうと食卓とは、別方向の廊下を足早に進んでいった。

 僕とメリー、母とメイド長はそれを追うかのように、階段を上がった。そして父とはそこで別方向の庭園へと向かった。僕たちは玄関に足を運び、その間メイド長はずっと時間を気にしていた様子で、度々腕時計をみていた。僕は、「絶対に君を誰にも譲らないからね。安心してくれ」、と右手で彼女の手を、左手を握りしめた。メリーは、僕の腕にしがみつき、「はい、信じています」と返事を返してきた。

 玄関を出て長い庭園を抜けると、門の前でジェルが苛立ちながら立っていた、「レオナド君、キミには心底がっかりしたよ。僕の婚約者を横取りするなんて」。僕はメイド長に門を開けさた、「ジェル君、僕もキミの事を信用できなくなった。それはメリーをお金で無理やり婚約させようとしたそうじゃないか」僕はメリーの手を取って握りしめた。メリーは僕の腕を掴むと、「あたしは、ジェル様の事は友達と思っています。でも婚約はしたくありません」勇気を振り絞ったのだろう。そして僕の手を、ギュッと強く握りしめてきた。ちょうどその時、父が来てその手には、ツキバナの花束を持っていた、「この花の意味がわかるね? そしてこの活用もわかるね。ジェル君門をくぐりなさい」そう父が言うとジェルは門をくぐって、僕たちは父に連れられて庭の大広場にでた。そこの花壇にはツキバナだたくさん植えてあって風と共に、ツキバナのいい匂いが鼻をよぎる。

 僕とジェルはそこで口論となった、「僕の婚約者を奪うんじゃないよ。レオナド」、初めて見るジェルの怒った顔はとてもこわかった。でも負けてられないと、「まだわからないのかキミは、メリー嬢は婚約したくないんだ」僕は声を荒げた。「僕は彼女の事を本気で愛している」ジェルは胸ぐらを掴んできて殴りかかってきた。それははじめてのケンカに発展した。僕は地面に倒れこんだ。

 母がその光景を見るとメイド長を含めて、「ジェル坊ちゃま。何を――」ジェルを止めようとしたとき、父は母とメイド長の前に腕を差し出して、「子供のケンカに大人が口をはさんではいけない。それがルールだ」父は紳士だった。僕は初めて心の中で父を認めた。

 僕は立ちあがって、「それはキミのわがままだろう」ジェルに殴り返した。ジェルもムキになりはじめて、「君に何がわかるっていうんだい? 僕は女性に嫌われているんだ。そんな中でメリー嬢だけは優しく接してきた」また殴ってきた。その太ったからだから体重をかけられて、殴られるのはさすがにこたえる。僕は足がよろめき地面に踏ん張るのがやっとだ、「それはキミの思い違いだよ」また殴り返したがジェルはビクともしない。

 それから僕たちは何度も何度も殴りあった。互い十発ぐらい殴りあっただろうか。それでも尚、ジェルは、「キミに僕の苦悩がわかるのかい? 御託を並べてきれいごとなんかうって」、それは重く最後の一発となった。「もうやめてください。レオナド様も、ジェル様も――このままでは、あたし、お二方とも大嫌いになっていまいます。これを見てください」メリーは右手を空にあげて、ウララドリの羽僕たちに見せるようにしていた、「そしてこの花を見てください――ツキバナは永遠の愛です」左手にはツキバナを握りしめていた。その姿はまるでマリアナの女神のようだった。

 彼女は語りだした、「私の大好きな本には、『――愛とは、親友間の愛、家族の愛、もちろん恋人の愛もひっくるめ平等に愛しあわなければならない。そのためにはお互いを認める必要がる』って書いてありました」メリーは涙ぐみ『愛の繋がり』のフレーズを言った。

 僕が「それは――」、本のタイトルを言おうとしたとき、「それは『愛の繋がり』だね。僕もその本大好きさ。何度も読み返している。だけど、そんな愛なんて実現出来っこないじゃないか。僕は現に親友を殴ってしまった。これは大変な罪だよ」ジェルは膝を、ガクッと落として地面を何度も殴っていた。

 僕はそんな彼をみて、「ジェル君、諦めてはならない。僕らは行き過ぎた妄想の中で、メリー嬢を愛していたのかもしれない。僕も反省する点はある。僕は父に下で、心はずっと檻に閉じ込められていた。もう貴族や庶民とか関係ない時代がきたんだ。ジェル君、僕は許すよ。キミを許す」そしてジェルに手を差し伸べると、ジェルは僕の手を振り払った、「やめてくよ。僕がみじめじゃないか」ジェルは男泣きしていた。僕はそんな彼をみて内心、『なんてみじめなんだ』そう思っていた。

 僕の目の前を通りすがったのは、メリーだ。そしてウララドリの羽をジェルに見せると、「ジェル様。貴方のお気持ちすごく嬉しいです。だけどもやり方を間違ったのです。ジェル様、どうかこの羽を持っていてください。ウララドリは『幸福の象徴』です」、ジェルにそれを渡すと手を差し伸べた。ジェルは大粒の涙を流してその手をとった。「キミはすごく優しい。その優しさがどれだけの男が狂ってきたのかわからない。魔性の女だよ」、ジェルは皮肉を言った。「ジェル様、ありがとうございます。やっとご理解されたのですね」、メリーは天真爛漫に笑っていた。

 今度は僕に近寄ると、ツキバナを差し出してきた、「レオナド様。どうか、私とお付き合いください、「メリー嬢、女性に恥をかかせるのは、紳士の作法じゃないけど、友達としてならこれからもお付き合いしてください。僕はキミにはふさわしくない男だった」僕は断った。破門されるのが怖かったからじゃなく、彼女にはふさわしくないと思ったからだ。それを見たジェルが僕に近寄ってきて、手を取るとメリーのもとって、三人でツキバナとウララドリの羽を空にかかげた。「僕らはずっと友達さ。それは永遠に変わらない」

 僕とメリーはそれを受け止めて誓った、「友達としての永遠の愛、悪くないです」、メリー顔を見ると涙をこらえていて、今にも泣きそうだった。「僕らはこの日をもって永遠の親友になります。マリアナの女神に誓って――黙祷」僕はそういったそこにいた者は全員黙とうをした。

 三分間の黙祷の末、父が僕らに近寄ってきて、「お腹がすいただろう。食卓にいって朝食を取ろう」、そういわれて、沼沢に行きみんなで、テーブルを囲んだ。冷めたローストチキンに冷めたスープ、それはとってもおいしく感じた。

 家族・親友と囲む食卓はとても楽しいものだ――

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貴族の食卓 ――恋と友情の地平線―― 伊藤正博(イトウマサヒロ) @ifuji-masa-0

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