第六話 種族という錘

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 生まれというのは非常に重要だ。散々言い聞かされてきた言葉だが、フィリーネ・クレマースはそうは思わない。

 生まれが不幸というなら、自分の生き方で幸福にすればいい。それがフィリの座右の銘だ。


「いやぁ参った参った。ちょぉーっと目立った行動すると、これだもんなぁー……」

「フィリちゃん~。あまり調子乗ってると、店長さんにどやされるよぉ~」

「あぁ、それだけは勘弁勘弁だよぉ。ハイパー天才のフィリちゃんでも、あの店長だけは怖い……まじやばい」

「昨日のあの男にも、ちびっちゃいそうとかいってなかったぁ~?」

「あはは、気のせい気のせい」


 彼女たちは明るくガールズトークをするノリで会話している。はたから見ても、楽しそうだなくらいの感想しか漏れないだろう。

 これが周囲に数人の死体が転がっていない場所で、彼女たちが血まみれでなければだが。


 クルクルと、ナイフを手の中でフィリは回す。


「それで、あの獣の位置は掴んでるの? カロちゃん」

「もちろんだよぉ~。が横流ししてくれましたぁ~」

「人類を守る騎士だとぅ。良いねぇ良いねぇそういう如何にもな臭い偽善。私大好きだよ?」


 手の中にあったナイフを、宙へと飛ばす。クルクルと回転しながら最高点に達し、そのままフィリに向かって落ちてくる。

 彼女は人さし指を出した。指先で柄が止まり、絶妙なバランスでナイフが立つ。

 再び宙に投げると、楽しそうに何回もそれを繰り返した。


 瞳を輝かせ血に濡れた少女の姿は、きっと常人から見たら狂人と言われるだろう。しかし、彼女に言えば一笑に付されるだろう。


“本当に狂った人間は、こんなものではない”


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ユーディットとの生活は、退屈きわまりないものだ。

 朝一早く起き、水浴びをして、庭を駆け回り、ごはんをたべて、昼遊んで、夜眠る。

 三日ほど続けば、飽きもやってくる。


 漏れた感想は子どもだの一言だった。


「にひゃく…………よんじゅう。にひゃく…………よんじゅう…………いち」

 今日も今日とて、同じように時間が回り出す。日課の片手人さし指の、腹筋運動。涼しい季節だが、体の節々から汗が出る。


「レギさんって、元騎士様なんですよね?」

「…………誰に…………訊いた?」

 いや、大体見当はつく。相変わらず、臭い野郎だ。


「それで…………なんの…………ようだ?」

「その、騎士様じゃないのに、なんで体を鍛えているのですか?」

「…………癖だ」

 そうとしか言いようがない。


 毎日のこの日課をしているおかげで、今の筋肉を維持している。体を張るくらいしか、能がないからな。


「ふーん…………」

ユーディットは、興味があるようなないような生返事をしてから、脇腹をつつく。


「――ッ!!」

 痛みが広がり、のたうち回った。


「ばか、そこ、致命傷!」

「そんなに痛いなら、休んでたら良いのですよ」

「一体、誰のせいで…………!」


 いつ襲われるか分からない状況。体を温めておかなければ、もしものときに対応ができない。

 最も、それを言ったとしても彼女は理解しないだろうけど。


「分かってるんですよ」


少し間を開けて、彼女はつまらなそうに言った。


「私が、周りに迷惑をかけてることくらい」

 頭から生える耳が、悲しそうにピコピコと揺れた。


「でも、生まれは選べないじゃないですか。弱いものは頼るしかないじゃないですか」

「だったら、懐く奴を選ぶんだな。お前が選んだのはどうしようもなく怠惰なくそったれな現実から逃げたどうしようもない男だよ」

「…………助けてくれたのは、レギさんだけですから」


 俯き、何か言いたそうに顔を上げてから、再び俯いた。


「まぁ、でも。そんな男でも自分の命がかかってるなら、本気出すしかねぇだろ」

「…………え?」

「オレは、自分の命を守るために本気を出す。その過程で誰が助かろうが死のうが知ったことじゃねぇ。今も昔もそれだけは変わらねぇ」

「えらく、自分勝手ですね…………」

 お前が言うセリフではないが、見逃してやろう。


「あぁ、そんな自分勝手な奴を自分勝手に巻き込んだんだお前は。今更落ち込むな、落ち込むにはもう遅すぎるんだよ」

「本音…………見え見えです」

「建前を連ねてなんになる? それこそ、騎士様のように『あなたを地獄の底までお守りします』っていうのか? 気持ち悪い」

「…………」


しかめ面を作るユーディットの頬を、オレは勢いよく両手で挟んだ。


「い、いはい! いきなりなにふるんでふか!?」

 文句を言ってるのを無視して、彼女の口の端を無理矢理吊り上げた。

 歪な笑みに吹き出しそうになる。


「良いから笑え。巻き込んだ奴の義務だ。これから先何があっても笑い続けろ。しょげるな、泣くな、悲しむな」

 レギの攻撃から、体をよじって逃げる。頬の調子を確かめながら、ユーディットは彼を睨んだ。

「ずいぶんと、難しい注文するんですね」

「いや、簡単な注文だ――」


一拍おいて、レギは続ける。


「お前は何も考えず、へらへら笑ってるのがお似合いなんだよ」



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狐と剣は要注意 三月幹 @mituki_miki

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