第五話 争いはいつも陰鬱に始まる
「ふーんふんふん♪ ふんふんふーん♪」
鼻唄混じりに歩くユーディットは、自分の立場をわかっているのだろうか。
「鎖の契約ね……」
まぶしい太陽を恨めし気ににらんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「獣人には不思議な力が宿っていると言うのは、もちろん知ってますね?」
檻の前はエドヴァルトそう切り出した。
「獣人に限らず、どの亜人にも宿ってるだろ」
あの【夜光族】の身体能力しかりだ。
「獣人は特別ですよ。だから、あんな値段が高いわけですが、まぁそれはいいでしょう。で、獣人の特性の一つに、鎖の契約があるわけですが」
人さし指を立てて、足を組み替えた。
「自分を贄として、一人を守る契約……ねぇ」
ため息混じりにオレは応える。
獣人たちの国があったときは、神獣として称えている国もあったそうだ。供物をささげ、自分たちを守ってくれる神として。
実際、獣人は自分の気に入ったものを命尽き果てるまで守るという契約が存在する。それが鎖の契約。効果はそんな優れたものではなかったようだが。
「運命共同体。実にくそったれな話だよ」
「おや? 暴れださないのですか? もっと、暴れると思いましたが」
「今すぐにでも檻をぶち壊して、お前の顔を殴りたいくらいには怒ってるさ」
「やめてください。いくら僕と言えど、君に殴られたら死にます」
とても皮肉めいたことを皮肉めいた表情で言ってくる。
だれだ、この騎士と結婚したい人ナンバーワンに輝かせたのは。非常に不愉快だ。
「つまり、話をまとめるとだ。お前たち騎士は、獣人を保護するために彼女を探していた。警護する役をオレに全部投げつけるために」
「色々と語弊がありますが、そういうことになりますね」
「却下だ……」
「おや断れないっていうのは、もうわかってるものだと思っていましたが?」
「……ぐ」
嫌な話、先ほどの鎖の契約が、彼女とオレで交わされてしまったらしい。死にかけた時、助けたいというユーディットの気持ちが引き金になったそうだ。
つくづく、面倒ごとには首を突っ込むべきではないと良い教訓になった。
「僕たちとしては好都合。元騎士様に問題ごとを投げつけられて、万々歳ってところです」
「だろうな。元騎士なら、亜人の保護なんぞ人間にとって不利益になることを気にせず任せられるもんな。栄誉ある騎士様」
「それも褒め言葉として受け取っておきます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
皮肉なことに、元々オレとユーディットは運命という者でつながれていたらしい。
「余計なことを……」
「何か言いましたか?」
「なんもねぇよ」
彼女を守る代わりに与えられたのは、命の保護だった。言い換えれば、監視だ。
用意された家からは出られないし、食べ物もすべて向こうが決める。ここまでやっておいて、彼らは緊急時に何もしないのだという。
実際、探知されないように情報はかく乱されているし結界も張られているが、それも群衆の目につかない程度だ。あてにはならない。
「なぁ、お前。なんで今頃になって出てきたんだよ」
「何がですか?」
「獣人はしばらく、音沙汰すらなかった。絶滅したかと言われてたくらいだ」
だからあれだけの騒ぎになっていた。いや、むしろあれだけの騒ぎで助かったところだろうか。
今頃街は、大変な騒ぎになってるだろうよ。
「分かりません」
笑顔で彼女が応える。
「そうか、お前に訊いたオレがバカだったよ」
はぁーと深くため息をついて、椅子に深くもたれかかった。顔を上げて、背後の景色を眺める。
上下反対になった景色には、大きな屋敷が見える。城ほどには金はかかっていないだろうが、とてもただの町人が住めそうにない大きさだ。
騎士たちは何を考えているのか。オレには当然分からなかった。
大きな家。大きな庭。大きな敷地。まるで、町から隔離するために用意されたかのような。
いや実際そうだ。これは用意されたものだ。
「見てください、リグマがいました! 冬眠から、起きてきたんですかね?」
小動物を手に収め愛でている彼女の姿を見ると、考えることすらバカらしくなってくる。
「はぁ、陰鬱だ」
どれだけため息をついても、嫌な予感は払しょくされなかった。
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