第四話 鎖の契約

「……痛い」


 最初に蘇った感覚は、それだった。続いて、やっぱり余計なことに首を突っ込むべきではないという後悔だ。

 灰色の天井を眺めて、まだ生きてるとオレはため息をついた。


 あれからどうなった? ユーディットはどうなった?

 逃げられなかったんだろうなと、ため息をついた。

 

 オレと彼女の関係は、あって数時間だ。別にどうなったからと言って泣くようなことではない。ただ、気がかりではある。


「起きましたか」

 声が聞こえて、体を起こした。

「……っ」

 わき腹から痛みが発生し、顔をしかめる。


「あんまり急激に動くと、傷が開きますよ。レギナルト・リット

「相変わらず、面倒くさいやつだな。エドヴァルト・キロッサ」

「褒め言葉としてお受け取り致します」


 オレがいたのは、一言で現せば牢獄。四方五メートルの部屋に壁も天井も灰色の部屋。部屋の中にはトイレと簡素なベッドしかない。

 一応窓はあるが、鉄格子で塞がれてしまっている。


 一面は格子になっており、外には足を組んだ男が椅子に座って本を読んでいた。


 流麗な顔は、女性服を着ていても違和感はないだろう。しかし、彼の右目から右頬にかけての傷が、美しいというよりかっこいいを主張している。

 金色の短髪は、光の粒子が散っているように見える。青色の双眸は、美しくきっと見ている者を引き付けるだろう。

 着ているのは青く輝いた騎士服。布地には、ペガサスと剣の紋章が描かれていた。

 

「結局、一命をとりとめたか……」

「死んでましたよ。普通ならですが」


 パタリ、と本を閉じて格子越しに差し出した。

「中々どうして、おもしろいですよ。読みます?」

 タイトルは『人間帝国』。笑えない。


「にしても、君はトラブルを招く才能でもあるのですか? 街について数時間で死ぬほどの大けが、続いて牢の中。そこらの悪人でさえ、もっと節操はありますよ」

「褒め言葉として受け取ってくよ。それで、オレはなんで生きてたんだ? それに、あいつはどうなった?」

「あいつというのは、獣人の娘ですか?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も、ここにいますよ」

「……は?」


 エドヴァルトの言っていることはすぐにわかった。


「レギさん……!」

 ガシャンと、檻が揺れた。ユーディットが心配そうに見つめていた。

「ちょっと君!」

 追いかけてきた守衛が、彼女を抑えようとする。エドヴァルトはそれを制した。


「お前、どうして……」

 あの状態から逃げ切れるとは、とても思えなかった。

「僕が駆け付けたからですよ。詳しく言うなら、食い逃げ犯を捕まえよという命令……でしたけどね」

「……なるほどな。騎士様が食い逃げ犯取り締まりとは、これまた随分と平和だな」

 エドヴァルトは肩を竦めるだけだった。


「レギさん大丈夫ですか! 心配したんですよ!」

「……おい、そんなに心配される筋合いはないだろ?」

「何でですか! 私のために戦ってくれたんですから、心配するのは当たり前じゃないですか! けがは大丈夫ですか!? 見せてください!」


 もとはと言えば彼女のせいだ。もちろんそのことは、口に出さないでおいた。

 とりあえず大丈夫だということを簡素に伝える。

 彼女はオレが檻から出れるまでここに残ると言った。しかし、エドヴァルトがまだ話があると、彼女を守衛に下げさせた。


 ユーディットの叫び声が聞こえなくなったところで、改めて話があると彼が向き直る。


「君をここに呼んだ理由と、君が死ななかった理由。そして、わざわざ騎士である僕が、食い逃げ犯を追った理由ですが。聞きたいですか?」

「……どうせ、そんなことだろうと思ったよ」

 檻に入れられてるのは、きっとオレが暴れだすのを考慮してだろう。


「それではまず『鎖の契約』について、話さないといけませんね」

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