第三話 戦うウェイトレス
「世にも珍しい、亜人種を捕まえたってよ!」
街の会話が聞こえてくる。関係ないなとため息をついた。
余計な時間を食った。早く済ませて、次の町へ向かわないと。
「なんでも、獣人の娘だってよ!」
――余計なことに首を突っ込みたくない。
それは心の底からの本音だ。
長く旅していれば、色々な厄介ごとが降りかかる。その中で生きていくための、 処世術だ。
「あ―クソ……。明日の寝覚めは悪いな、これ」
頭を掻きむしって、立ち止まった。振り返って、再び歩き出した。
「明日の寝覚めが悪いしな」
酒場に戻ると、先ほどよりも多くの人だかりができていた。
無理もないか。珍しいものがいれば誰だって集まってくるものだ。
かき分け酒場に入ると、ウェイトレスたちが集まってくる人を追い出していた。
彼女のそばには、怯えるユーディットの姿があった。
よく見ると、集まった人々の手には武器が握られている。
何に使うかは、明白だ。
「はいはい、散った散った散ってくださーい! 見世物じゃないからね! 私のスマイルを見たいなら、また明日来ればいいでんだよー?」
「うっせぇ! 俺たちの狙いはそいつだ!」
先頭の男が剣先でユーディットを刺した。
やっぱりだ……。
亜人、獣人種。絶滅危惧種に指定された彼らは、それはそれは好事家には高く売れるだろう。
そんな獣人があんな公で姿をばらせばこうなる。
「うっさいっていうのはこっちのせりふだってーの! そんな駄々をこねると、私のスペシャル暗殺術でみんなあいたっ!!」
「うるさいのはフィリちゃんもだよぉ」
「店長~! 私はお仕事の邪魔になると……あいたたたた! ちょっと、耳引っ張らないで!」
「煽ってちゃぁ、去ってくれるものも去ってくれないでしょぉ?」
「分かりました! 分かりましたから! 勘弁してくださいぃ~!」
出てきた店長は散々部下をひぃーひぃー泣かせた後、騒いでる男たちのもとへと歩み寄る。
「それでぇ。君たちはこのままここでずっと騒いでるつもりですかぁ? 明日からはこの店どころか満足に外に出ることもままならない姿になるって覚悟があるんですねぇ?」
「ぐ……クソ! せっかくいい金になると思ったのによぉ!」
男たちがグチグチと零しながら去っていく。
楽しい酒場が一転、客のいなくなった酒場。あれだけの騒ぎがすっかり静かになってしまった。
「おや? 君は?」
オレのことに気づいたのは、ウェイトレスの女の子だ。
「レギさん!」
ユーディットが気付いて、ウェイトレスから離れて近寄ってきた。
「やっぱり、やっぱり来てくれたんですね!」
きつく抱き着いてくる。あまりの力に腕の骨がめりめり言ってる。
「来なかったほうがよかったと、今まさに思ったよ……」
ため息をついて、彼女のことを引きはがした。
「やぁやぁ! 君はこの子の保護者だったね」
「保護者じゃねぇ!?」
「およよ……?」
なんでそんな、何言ってんのあなたみたいな顔するの?
「それじゃぁ、私は裏に行ってるからぉ。フィリちゃん、お仕事の続きお願いねぇ?」
「はいはーい!」
元気な返答。まだ仕事中ってことに気が付いて頭を下げた。
間接的とはいえ、せっかくのお客たちを全部追い払ってしまったわけだから。
「あれー? なんで頭下げるんですか? 私のチャーミングな魅力にひれ伏してしまったんですか?」
こういわれると、なんで頭を下げてんだオレって気分になってくる。
「仕事を邪魔したと思って。ほら、お前も」
あとで説教してから、専門機関に預けよう。
考えてるときだった。
「大丈夫。もっと金回りのいい仕事が回ってきたからさ」
「……!」
「レギさん!」
飛び散る鋼の破片。見つめてオレは、小さく息を吐いた。
「だから嫌だったんだよ。面倒なことになるってわかってたから……」
「およ? 私のナイフが折られちった」
ウェイトレスの手には、ナイフが握られていた。刀身は粉々に砕け散っている。折ったのは当然、オレだ。
ユーディットを左手に抱えて、ウェイトレスから守るように構える。
「まさか、指で破壊されるとは……。勝負を仕掛ける相手を間違えたかなぁ? なんて!」
クルリとスカートを翻した。右手に持っていた使い物にならないナイフを捨てて、左手で新たなナイフをスカートの下から抜き出した。
ナイフの刃が風切る音が鳴った。ユーディットを巻き込むようにしてオレは体を縮める。髪の毛数本が引きちぎれた。だがそれだけだ。
横目でウェイトレスのことを捉える。
「……っ!」
血が飛んだ。それはユーディットのでもオレのものでもなく――
「どういう指してんのよ君は~! おっかいないねぇ、怖いねぇ。私、興奮してぞくぞくしちゃう!」
「おっかないのはどっちだ。この街ではウェイトレスも兵士かなんかなんですか?」
「どっちかって言うと、暗殺者? あは、それってなんかかっこいいね!」
机の上に乗る彼女は、頬から流れる血を舌でぺろりと舐める。
ウェイトレスの目は青く光っていた。青色というわけではなく、文字通り光っているのだ。
「【
「およ? ばれちった?」
にゃはと、ウェイトレスが両頬に人差し指を沿える。
「お前も亜人種だろ。それも珍しい」
膝についた汚れを手で払いながら、オレはゆっくりと立ち上がった。
「同族を狙うって、穏やかじゃねぇな」
「同族? 何が? 私とその娘が? あはは、何それ面白い!」
本当におかしかったのか、腹を抱えて彼女は笑う。目じりに溜まった涙を、拭っていた。
「私が珍しい種族。だから、他のものを捕まえて売らない。そんな常識、だれがきめたのぉ? 私は自分が楽しくおいしく、幸せに暮らしていればそれでいいんだよ!」
「はん、まったくその通りだ……」
「およ? 同調してくれんの? だったら、手を出さないほうがよかったんじゃない? 私は保護者の君には用はないのだよ?」
「保護者じゃねぇ! たく、あぁその通りだよ、今でも後悔してるさ。でも、知り合っちまったんだから、このまま放っておいたら寝覚めが悪いんだよ!」
「なになに? 安眠のために死にに来たの? 何それ面白ーい!」
こっちはまったく面白くない。
「それに、死にに来たつもりもない」
「私が【夜光族】って知ってもなお、その態度?」
「それがどうした」
「へぇ~……」
今までの彼女の笑顔と、種類が違う。
「ユーディット。下がれ」
「……え? でも」
「いいから下がれ。お前を守りながら、あいつと戦う自信はない」
「わ、わかりました……」
オレとの勝負をつけるまで、彼女はユーディットには手を出さない。ほかの連中も、【夜光族】が暴れ狂う中を割り込みたいとは思わないだろう。
問題は店長だが――
奥で腕を組んで見つめる女店長は、傍観しているだけで戦闘に参加する気はない様子だ。
彼女の強さに信頼を寄せているのか、オレを侮ってるのか。
トントントン、と軽い音が聞こえた。ウェイトレスがウォーミングアップするかのように数回飛んで、机の上に着地する靴の音だ。
「もう……いい……かい!」
乗ってた机が翻った。宙に浮かぶそれは、彼女の姿を隠す。
右か左か。瞳を動かして、オレは真ん中を選んだ。
「へぇ……」
机に右手の指を立てる。あっさりと粉々に砕け散り、彼女の姿が露わになった。
ウェイトレスは指の間に三本のナイフを挟んで構えていた。腕を引き、投げる構えだ。
もちろん、投げるのを止めることはできない。攻撃を防ぐために空いた左手を突き出す。
ナイフの刃先はすべて手のひらに当たった。けどそれだけだ。
手の皮一枚、切ることさえない。
「あっはー。すごいね、その手……どう鍛えたら、そんなありえないことになんの?」
「さぁな!」
彼女の首を取ろうと、右手を振るう。踏み込んだ攻撃は、上体を後方にそらされて避けられてしまった。
動きづらそうな服をしてる割には、すばしっこい。
「おーおー、おっかない! 怖いよ、その気迫!」
「だったら! もっと! 怖そうにしてから! 言えよ!!」
「うーん? 怖いよ? 私ひとりの時だったら怖さでちびってたかも」
独特の光。右手から!
「私、一人の時ならね」
気づいた時には、左のわき腹が抉られていた。痛みが全身を駆け巡り、しびれが手足を襲う。
「あれぇ~? 致命傷を与えたつもりなのにぃ~」
おっとり豊満ウェイトレス……っ!
彼女の目もまた、青色に光っていた。
「レギさん……!」
床を汚した血が自分のものだと気が付いたのは、意識が落ちた時だった。
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