第二話 酒場と狐と

「いらっしゃーい!!」

 元気な声へ導かれるように酒場に入った。

 出迎えてくれたのは、癖のある赤毛の女の子。エプロンドレスを着て、両手にはジョッキを持っている。

 ジョッキをそこらの机に置くと、彼女はくるくる回ってスカートを翻す。

 立ち止まると目元にピースを置いて実に奇妙なポーズとともに、ふふふと意味ありげな笑いを浮かべていた。


「お兄さん初めて? ふふふ、ようこそ終焉の酒場あいた――すっ!」

 元気な女の子は、後ろからやってきたお姉さんに後ろからトレイで殴られる。

「はい、フィリちゃーん。ちゃんとお仕事してくださいねぇ?」

「てんちょーう……。決めポーズしてるのに、邪魔しないでくださいよぉ……」

「毎回毎回、初見さんに向かって奇妙なお出迎えはやめてちょうだいって、私言ってないかしらぁ?」

「奇妙じゃないです! これは私なりのアピールで、客をぐっと掴むアピール――うわわわわ! 襟首を引っ張らないでくださいよぉ!」


 散々暴れた酒場の娘は、店長らしき女の人に置くに引きずられていく。残された者は当然あっけに取られるしかない。


「なんか、嵐のような人ですね」

 お前が言うな。

「……て、なんでまだついてきてるんだ!?」

「…………はい?」

 そんな、何を当たり前のことを言ってるんですか? みたいな顔をされても。

 追い払う方法。本格的に考えないとやばいかもな。


「ご案内しますねぇ~」

 先ほどの赤毛の女の子と変わって、別の少女が席まで案内してくれる。

 銀色のしなやかの髪と豊満な胸は、彼女が歩くたびに揺れていた。

「こちらへどうぞぉ~」

 案内されたのは角の席。賑わう店内をすべて見渡せる場所だった。


 まだ昼間だというのに、酒場は満員御礼。

 聞こえてくる会話は、今日は大量だったやらこれから大物を捕まえてやるぜなどの狩りの報告。

「ご注文決まった場合は、手を上げて呼んでくださいねぇ~」

 営業スマイルとともに、彼女は去っていく。


「ふ、ふーん……ふんふん!」

 ユーディットが、鼻唄混じりで席に座る。もちろん、一緒に食べるつもりだろう。

「何も食わせねーぞ?」

「……え?」

 絶望的な顔を見せる。瞳を潤ませて、何かこちらに向けてアピールしてくる。

 おまえはさっき、食い逃げしたのではないのか。


「分かったよ……オレの負けだ」

「やったぁ!」

 ため息をついて、ユーディットの迎えに座った。彼女は嬉しそうにしながら木でできた料理メニューを見ている。

 彼女を見ながら、頬杖を突いた。

 かわいい少女だ。汚れてさえいなければ、きっと美少女と呼ばれる部類だろう。

 小さい子には興味はないが、この子にはどことなく魅力を感じる。


「えっと……あの、その」

 彼女が困っているのを見て、まだ名乗っていないことを思い出した。

「レギナルト・リット」

「レギナル……?」

「レギナルト・リット! そんな覚えにくい名前でもないだろ……」

「じゃぁ、レギで良いですか?」

 良いですかじゃない。懐いているなら、人の名前を覚えるもんだろ普通。

 言ったところで、訂正しないだろう。ため息を吐くしかない。


「それで、何か聞きたい事あるんじゃないか?」

 追い払うまでの間適当に相手していれば、困らせるようなことは起こらないだろう。そう思い、彼女が何かをしでかす前に話題を作る。

「この、ビアーってなんですか? 飲み物っていうのは分かるんですが、おいしいんですか?」

「それはお酒。子どもが飲むものじゃないの」

「じゃあ、大丈夫ですね。私、子どもじゃないですし」

「なぜそうなる……」


 彼女の体はどこからどう見ても子どもだ。

 ない胸に小さな体。くびれのない腰回り。

「む……。レギ―さん。失礼なことを考えてません?」

「考えてない。オレンでいいよな?」

「いやです! 私は、ビアーを飲むんです!」

「はいはい、オレンな」

「むぐぐ……」


 悔しそうにしている彼女を尻目に、手を上げた。

 店員さんはすぐにやってくる。

「呼ばれて飛びててフィリちゃんでーす!」

 どうせなら、あの落ちついた店員さんがよかった。


「お客様! ご注文はどうしますか?」

「ビア――むぐっ!」

 勝手に注文しそうになったユーディットの口を塞いで、適当に注文した。

「了解しましたお客様! ただいまお持ちしますね!」

 見事な敬礼をして、ウェイトレスは去っていった。とりあえずあの娘は、働くところは働いているようだ。


「レギさん~……」

「そんな目で見られても、駄目なものはだめだ」

「むぐ~……」

 そもそもご飯をおごってやってるだけでもありがたいと思ってほしい。お酒に酔った幼女を介抱してやる余裕はない。


「……で、お前は何者なんだよ」

 このまま彼女を知らないでいるのもなんだかなって思ったし、話題もないし。とりあえずは、素性程度を訊くことにした。

「……さっきも言ったんですけど」

 しかし、それが間違いだった。彼女の不機嫌度が上がっていく。

「いや、さっきは鬱陶しいなってことくらいしか思ってなかったから」

「本音……隠せてませんよ?」


 彼女は不機嫌そうにばたばたと足を動かす。一通り小さく暴れてから、机にびたーっと顔を付けた。

「私、もしかして邪魔者扱いされてます?」

「ようやく気付いたか」

「本音……隠してください」


 今度は一転して、大きく落ち込んだ。感情がせわしない奴だ。

「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。たとえそれが、無理やりついてきた結果だとしてもな。せっかくだし、お前のこと訊いておいても損はないと思ってな。暇だし」

「所々に本音が見えてますけどわかりました。もう一度言います。さきほどたすけていただき、私はあなたに恋しました」

「…………はい?」

 あっけにとられるのはそれで十分だった。

 おかしいなぁ、お酒入ってないはずなんだけどなぁ? あれれ?


「だから、私をお嫁にもらってください!」

「却下だ!」

「なんでですか!?」

「なんでもくそもないだろ! 見ず知らずの女だし! 薄汚いし! ガキだし!」

「さすがの私も、そこまで言われると本気で泣きますよ?」

「泣くなよ! 怒れよ! あきらめろよ!」


 いくらかわいいからと言って、未成年でお酒を飲もうとしたり食い逃げしたりする女の子とは一緒になれない。

 それに、恋と言うものは一日やそこらで芽生えるもんじゃない。長い日をかけてお互いをわかり合って芽生えるものだ。

 これをこのお子様に言ったところで、わかってくれるかどうかは謎だが。


「私は崇高なる種族なんですよ!? そんな娘に好かれるなんて幸せなことなんですよ!?」

「お前のどこが崇高なる種族なんだよ。食い逃げ犯」

「ぐ……ぐぐぐ。良いでしょう、証拠を見せてやりましょう!」


 立ち上がったユーディットは帽子を外した。見えた姿に、目を見開く。

「悪い……ユーディット。これっきりだ」

「……?」

「オレは、余計なことに首を突っ込みたくない」


 彼女の頭には耳が生えていた。長く金色のきれいな耳。いわゆる、キツネ耳といったところか。

 ユーディットの感情に合わせて、耳がたれる。

 亜人種。それも絶滅危惧種の獣人ってところだろうか。


「それじゃあな。ここの金くらいなら払っといてやるよ」

「……私も」

「ついてくるな!」

 大きな声を出した。周りの人間たちが会話をやめて、こちらへと注目する。ユーディットは、怯えた様子でこっちを見る。


「悪いな。もう一度言うが、オレは余計なことに首を突っ込みたくない」

 これ以上の面倒ごとは、ごめんだ。

 じゃあな。簡素な言葉だけ残して、彼女に背を向けた。


「お客様! ご注文の品お持ちしまし……ありゃりゃ?」

 ウェイトレスの言葉を無視して、酒場を後にした。

 戸が閉まる直前肩越しに振り替える。


 見えたのは、ユーディットの悲しい顔。そして、ウェイトレスの歪な笑みと光る瞳だった。

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