狐と剣は要注意

三月幹

偽りの騎士

第一話 少女には要注意 

 人間たちは魔王に支配された。数年前の頂上決戦に負けて、世界は滅んでしまった。

 だからと言って、人間たちが滅んだわけではない。


「こら待て、クソガキ!」

「いてまわしたろか、あああん!?」


 むしろ、元気になっているような気がする。

 オレ――レギナルト・リットは、少女を追いかけていたなんかこういかにも悪人ですとでも主張したようなモヒカン頭野郎を見ながらげんなりする。

 別に女の子を追いかけていようがそれは関係ない。一人一人の事情があるわけだし? 悪いことすれば天罰ってものが下るわけだし? 放っておいたところで、来るべき報いがあるわけだから。

 だけど、なぜだろうその少女はオレを盾にするように背中に隠れて、悪人たちはオレに睨みをきかされているのだろうか。


「まぁまぁ君たち。彼女怖がってるみたいだからさ」

「ああんこら、やるのかこら!?」

「ああんこら!?」


 これが俗にいう、言葉が通じないというやつでしょうか。

 今すぐにでも少女を差し出して逃げたい。ここからいなくなりたい。

 振り返り彼女を見ると、青色の瞳うるうるとこちらを見ていた。あぁ、これは逃げ

 られないなと自然と微笑みがもれてきた。


「周りの人間が困ってるからさ」

 主にオレが。

「それ以上君たちの醜い顔も見たくないだろうからさ」

 主にオレが。

「その辺にしときなよ」

「上等じゃねぇか! やったろうじゃねぇか! ああん!」


 今まさに悪人たちの怒りはメーターを振り切りました。剣を抜き、臨戦態勢です。

 周りの人間たちはきゃぁきゃぁと叫びながら逃げちゃってます。

 あぁ、長旅で疲れて休みに来た街中で、どうしてこんな目に合わないといけないのだろうか。


「人が優しく言ってるうちに、引き下がったほうが身のためだと思いますが?」

「関係ねぇ! やれ!」

 あぁ、巻き込まれて数分で剣を振り下ろされる。本当についてない。

「……!」

 もちろん、やられるオレではないけどな。

 振り下ろされた剣は、手で受け止めた。当然、痛くないわけはないのだがそれだけだ。

 奴らの力では手を切断するどころか、指を切り飛ばすことさえ不可能だ。


「もう一回いうけどさ? 人が優しく言ってるうちに、引き下がったほうがいいぞ?」

「う、うっせぇ……!」

 指に力を入れると、剣が粉々に砕け散った。おぉ、なんてもろい剣なのだろうか。

「もう一回いうけどさ?」


 言い終わる前に、悲鳴を上げて彼らは逃げ去っていく。

 素直に最初からそうしていればよかったものを……。

 ため息をついて振り返ると、少女はこちらを見ていた。青色の瞳をキラキラと輝かせて。

 これは……まずいことになった。非常に。



「私は崇高なる種族の末裔なのです! 助けたことは、称賛に値します!」

 帽子を深くかぶり直してそう高らかに宣言したのは、先ほど助けた少女だった。名前はユーディット・フロイツというらしい。


 肩までのぼさぼさの金髪。白い肌は汚れており、服もつぎはぎだらけ彼女が貧乏な暮らしをしているのがまるわかりだ。

 とりあえず彼女の話を聞き流す。

 しかし、彼女は懐いてしまったのか自分の自己紹介を延々と繰り返しながらオレのあとをついてくる。

 あぁ、無闇に人助けをするものではないな。いや、好きでしたわけではないが。


「んで……どうしてそんな崇高な種族が、男二人に追いかけられてたんだ?」

「分かりません」

 笑顔で応えた。

「ご飯くれるっていうのでついていったら、お金払えっていきなり怒ってきました」

 それはそれは清々しいほどの笑顔で。

「お前のせいじゃねぇか!」


 あれ、おかしいな。これもしかしたら、助けたオレが悪いんじゃないか?

 気のせいか、警備兵らしき人たちをつれた先ほどの男たちがいる。

 街に入って一時間も経たないうちに、御用とか洒落にならないぞ。


「どこ行きやがった!」

「探せ!」


 彼らの視界から隠れるように、樽の陰に隠れた。なぜかうれしそうなこの少女はあとで殴ってもいいだろうか?

「わくわくしますね! こういうの!」

 一体誰のせいでこうなったと思ってるんだろうか。泣いていいよね! 今すぐに!


「静かにしろ。見つかるだろ!」

 建前だけはいい人を演じるのは、きっとオレの悲しい習性なのだろう。

 息を殺して見守っていると、彼らは目の前を通過していった。

 あぁ、これは明日にでも手配書が貼られてそうな勢いだな……。どうしてこうなったのか、問うまでもないか。


「ちくしょう……」

 頭を抱えて、項垂れる。

 いつまでもくよくよしてはいてられない……。思い、立ち上がった。

 とりあえずは寝るところだ。これからのことはそれから考えよう


「それで、どこいくんですか?」

「その質問はあれか? どこまでもついていく的な流れのあれか?」

「はい!」

 元気よく答えやがったよちくしょう。


「助けたのは流れだ。ありがとうそれじゃあですむべきことだ。お礼は別にいらないから」

「そうですか」

 ニコニコと彼女の笑顔は固定されたまま。本当にわかっているんでしょうか?


 歩き出すと、少女は懲りずについてくる。本当、なんでオレに懐いてしまってるんですかね?

 いい加減にしてくれと、叫びだすこともできない。あぁ、ちくしょうと頭を掻きむしった。

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