賢
「先生、勝負です!!」
「君がそんなに好戦的なのを、初めて見たよ」
「そうですか。そんなことより、先生、勝負です」
「わかった、それで内容は?」
「しりとりです」
「無謀だな。私にしりとりを挑むとは。君も、私の見聞の深さについては理解しているはずだが」
「ええ。ですが、ただのしりとりではありません。条件は二つです。
一つ。まず僕が答えるのはローマ皇帝の名前だけです。
二つ。先生には僕が答えた人物について二つ、説明を加えてから、続きを答えてください。
説明がなかった場合と、答えられなかった場合、先生の負けです」
「なるほど。ちなみに私に言葉の制限はかけなくていいのか?」
「結構です」
「ふむ。しかし、たいていの勝負事は、挑んだ方に何かしらの勝機があるものだが、今の説明では君が持つ勝機が皆目見当がつかない」
「甘いですね、先生。いくら先生でも、何百人といるローマ時代の先人たちの偉業を答えるなんてできません」
「なるほど、君はそんな私につい最近仕入れた知識で私とやり合おうというわけか」
「ええ」
「いいだろう。なら、折角だ。何かを賭けようではないか」
「いいですね。なら僕が買ったら先生に1日僕の財布になって一緒に秋葉原に行って貰います」
「まて、秋葉原だと。ここから往復どれだけかかると。それにそこへ行って何を買うつもりだ、どうせ訳のわからないガラクタや薄っぺらい本を買うのだろう」
「フィギュアやグッズ、同人誌を馬鹿にするとはいい度胸ですね。まあいいです。それにそんなこと言って、知ってますよ。最近、またガッポリお金入って来てるでしょ」
「なぜ知っている」
「通帳を見ました」
「鬼かね、君は。まあいい、なら私の条件は1日私の言いなりになってもらうというのでどうだ」
「どうせ片付けやら買い出し押し付けるだけでしょう。まあいいです。お互い条件は呑みましたね。なら始めましょうーーアッシェンテ」
「聞き覚えのない言葉だな。
「先生、ほんといつも僕が決めゼリフ吐いたら水を差しますよね」
「どうせまたアニメの影響だろう。それを学校でやらないか心配だ」
「大丈夫です。やる機会ないですから」
「同情はしないぞ。そんなことより、早く始めよう。私から行くぞ。しりとりの”り”からだ。”職業復帰(リワーク)”」
「英語ですか。まあ使われているのでありにしましょう。”クラウディウス”」
「一つ、ローマ帝国第4代皇帝。二つ、クラウディア水道をカリグラの建設を引き継ぎ完成させた。甘いな。”スタウ”」
「何ですかそれ」
「素粒子物理学の超対称性理論から導かれる超対称性粒子のことだ。まあ、文系の君には理解できない代物だよ」
「そうですか。”ウェルギリウス”」
「一つ、ローマ建国叙事詩の『アエイネス』を記した。二つ、『牧歌』を記した。そしてウェルギリウスは皇帝ではない」
「え、嘘ですよね……」
「本当だ。だがまあ、一度だけハンデとして見逃してやろう。私に勝負を挑んだことへの称賛でもある。”寿司鮎(すしあゆ)”」
「何だか納得出来ませんが、いいでしょう。ありがたく受け取ります。”ユリウス・カエサル”」
「おや、”ス”攻めはどうした?」
「一旦休憩です」
「中途半端だな。それに本来ならばガイウスが名頭に必要だが、いいだろう。一つ、第一回三頭政治の一人。二つ、ガリア遠征ののち、『ガリア遠征』を記した。”ルノホート”」
「先生は本当、僕の知らない言葉しか使わないですね。何ですかそれ」
「旧ソ連の自走式月無人探査機、初の月面車だ。一般教養として知っておけ」
「テストで出なさそうなのでいいです」
「現金なやつだな、君は」
「そうですよ。”トラヤヌス”」
「一つ、ダキア戦争にてダキアを征服した。二つ、五賢帝時代の二代目だ、彼の治世期に領土最大だったな。”スカンジナヴィア”」
「地理で習いました。ヨーロッパ北部の半島でしたね。”アウグストゥス”」
「舐めているのか、君は。先ほどから安易な皇帝ばかり。一つ、養父カエサルの後を継いで内乱を勝ち抜き地中海世界を統一し、「元首政(プリンキパトゥス)」を創始した。二つ、「
「ついでに、アウグストゥスってどういう意味か知ってますか?」
「もちろん。ラテン語で「尊厳ある者」の意味だ。アクティウムの海戦でアントニウスを破ったオクタウィアヌスに、元老院が尊厳者(アウグストゥス)の称号を送り、事実上の帝政が開始されたのだ。”蒸気(スチーム)ハンマー”」
「余裕です。”マルクス・アウレリウス・アントニウス”」
「よく言えたな。一つ、五賢帝時代最後の皇帝だ。哲人皇帝と呼ばれた彼の治世で帝国のまとまりが崩れ軍人皇帝の時代になってしまったのだったな。二つ、ストア哲学の学識から己の自己反省を『自省録』にギリシア語で記している」
「完璧です。ちなみに、マルクスは僕が一番好きな皇帝なんですよ。”人間各々の価値は、その人が熱心に追い求める対象の価値に等しい”という名言が好きなんですよ」
「ああ、君はグッズの収集にも手を出していたな。君にピッタリの言葉だ。そういえば、以前私に見せつけていた四肢の細い奈良人形はどうしている?」
「フィギュアです。部屋の棚の中に飾ってありますよ」
「なぜわざわざ棚の中に飾るのだ」
「親にバレない様にですよ」
「君も大変だな。ちなみに、私が一番好きな名言は”静かな一生を送りたいのなら、仕事を減らせ”だ」
「この上なく先生にピッタリな名言ですね」
「昔は座右の銘にしていたよ。”首陀羅(すだら)”」
「何ですか、それ」
「インドの四種姓(ヴァルナ)第四位である最下層。隷属民(シュードラ)だ」
「あ、先生。それ卑怯ですよ」
「何を言う。こうでもしないと終わらないだろう」
「何勝った気でいるんですか。”ラ”ですね。ら……ら……」
「どうした、降参か?」
「いえ、待ってください。ラ、えと……」
「残念だが少年。ラから始まる皇帝は存在しない」
「まだです、えと……。ラ、ラティフンディア」
「意味は?」
「確か……」
「戦争捕虜である奴隷を使った大土地所有制のことだ」
「……その通りです。アルカディアみたいでカッコいいから覚えてたんですけど、”ラ”は本当にいないみたいです。僕の負けです」
「潔くてよろしい。それにしても、カッコいいから、か。少年、アルカディアの意味は?」
「聖なる守り手」
「頭が痛くなるな。アルカディアとはギリシャのペロポネソス半島中央部にある古代からの地域名で、後世に牧人の楽園として伝承され、理想郷の代名詞となったものだ。
ちなみに先ほど私が言ったウェルギリウスの『牧歌』の背景は、コス島とシチリアを基礎とたギリシア文化圏のドーリス方言の発祥地である「アルカディア」になっている」
「完敗です。なかなか頑張ったんですけどね」
「残念だが、少年。君は戦う前から既に負けている」
「どこかで聞いたセリフですね。それで、どうしてですか?」
「思い出してみなさい、私の答えた七つの単語を。そして、その二文字目を順に繋げて見るといい」
「待ってくださいね。え……と」
「”わたしのかちだ”」
「……ははっ。本当ですね……。参りました。何だか、先生とは雲泥の差だと改めて実感しました」
「まあそう悲観するな。あと30年ほど私の元に通えば同じくらいの知識を得られる」
「だといいんですが。それにしても、いつ勝利を確信したんですか?」
「君が条件を提示した時だ。ローマ皇帝縛りとくれば”ス”で攻めるしかない。そこで、スから始まる単語を全て脳内に羅列(リストアップ)し、分類(ソート)した」
「はぁ。もうため息しか出ないです。その知識量と賢さはどこから来てるんですか。それにどうして覚えているんですか」
「天才だからだな。今の時代に五賢帝がいたなら、私を入れて六賢帝と称するだろう」
「笑えません。それに、その賢さの秘訣、先生自身分かってないんですね。まあいいです、また先生の人生について聞かせてください。今日は帰ります」
「そうか。そうだ、少年。君は『自省録』を読んだのか?」
「いいえ。名言を知っていただけです」
「そうか。いやな、つい最近。入手困難と言われていた『自省録』のギリシア語で書かれた原書を輸入するのに成功して手元にあるのだが、貸してやろうか?」
「結構です。帰ります」
「まあ待て、少年。これは私の言うことだ。聞いてもらうぞ」
「何言って……あ」
「”1日私の言いなりになってもらう”。丁度明日は土曜日だ。明朝5時に来るといい。やる事は沢山ある」
「明日は一週間分のアニメを消化する予定です。ゲームのイベントもあります」
「だが、君は
「はあ、分かりました。来ればいいんでしょ、来れば」
「それでいい」
「取り敢えず疲れたので帰りますね」
「いやはや。それにしても、しりとりとは久々だな。今までやったしりとりは、全て退屈だったが、今回はなかなか楽しめた。だがまあ……最後に彼女とやった時が一番楽しかったかな。
……それにしても言いなりか」
「……あの少年に、一度。久々な世界一周旅行の付添い人でも頼もうかな」
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