終の章 先の世への悪しき遺産

 明治維新が切欠となった土御門晴信の乱は、小野一門と土御門宗家の力で何とか防ぎ切った。

「ご迷惑をおかけ致しました」

 疲れた表情で、土御門宗家の当主である晴栄は言った。彼は楓達に深々と頭を下げた。

「いえ、そのような事は……。晴栄様がいらっしゃったからこそ、晴信殿を封じられたのです」

 楓は晴信が消えた後に残った五芒星の痕を見ながら言った。

「しかし、これは一時凌ぎにございます。晴信の気は消え去った訳ではありませぬ」

 晴栄の顔が厳しいものとなる。楓もそれに応じて頷いた。亮斎と耀斎は、思わず顔を見合わせる。

「あの時、晴信を斬り捨てれば、晴信は倒せたでありましょうが、それをなさば、晴信の力が闇に吸い取られました」

 晴栄は五芒星の痕に近づき、跪いた。楓も晴栄に近づき、

「はい。建内宿禰を倒さぬ限り、晴信殿の弔いはできませぬ」

と悲しそうに言った。


 他の神社で燃え盛っていた火も、晴信が封じられた事で消滅した。しかし、晴信の執念なのか、宮司と禰宜、そして巫女はいなくなっていたと言う。生死不明のままである。

 楓は末吉ら使用人達を呼び戻し、晴信を封じた場所に社を建てる事を話した。勿論、末吉達は二つ返事で応じた。


 数日後、晴栄が京都に帰る事になった。

「いろいろとお世話になりました」

 晴栄は、ようやく笑顔を見せるようになった。楓は彼の笑顔を見てホッとした。

「この新しき世は、我らには僥倖とはなりますまい。しかし、逆らうは愚かな事。身を任せる事に致します」

「そうですか」

 楓は晴栄の心を知り、何か言いたかったが、それをグッと呑み込んだ。

「晴信は、楓様に会っていたのですよ」

 不意に晴栄が話し始めた。楓はキョトンとして、耀斎と亮斎を見た。耀斎と亮斎も首を傾げている。

「覚えておられませぬか?」

 晴栄が微笑んで楓を見上げた。楓は小首を傾げて、

「父上について土御門家に行った覚えはありまするが、詳細はその……」

 その恥ずかしそうな楓を見て、耀斎は鼓動が高鳴る。

(お美しい……)

「私も、父上から聞いた事ですので、はっきりした事は申せませぬが、晴信が何度か、貴女の事を父上に尋ねた事があると」

 楓はビクッとした。

「では、あの時楓様の名を呼んだのは……?」

 耀斎が顔色を変えて口を挟んだ。晴栄は耀斎を見上げ、

「恐らく」

とだけ言った。耀斎は心配そうに楓を見た。楓は、宗家で止めを刺そうとした晴信が退いたのを思い出していた。

(あれは、そういう事……)

 晴信は自分を好いていた。それがわかり、楓は悲しみが深くなった。

「では、これにて」

 晴栄はもう一度頭を下げ、小野宗家を去った。三人は晴栄が供の者と落ち合い、見えなくなるまで見送った。

何故なにゆえ晴栄様は、あのような事を……」

 楓と許婚の関係である耀斎は、晴信が楓を好いていた事が気に食わないのだ。

「晴信殿を恨まないで欲しかったのでしょう。晴栄様のお気持ち、わかります」

 楓は宗家に戻りながら言った。耀斎はまたギクッとした。

「私達も気をつけないといけませぬ。身内の揉め事は、決して他人事ではありませぬ故」

 楓の言葉に、耀斎と亮斎は、源斎の乱を思い起こし、顔を見合わせた。


 千八百七十二年(明治五年)に天社禁止令が発せられ、陰陽道は迷信であるとして民間に対してもその流布が禁止された。こうして、土御門家は陰陽道の頂点の座を追われ、その力は失われて行く。


 明治維新と言う急速な時代の流れに置き去りにされ、尚もそれに抗おうとした土御門晴信の乱は終わった。

 しかし、全てが終わった訳ではない。晴信は封じられたが、消滅した訳ではない。建内宿禰も源斎も、いつ仕掛けて来るかわからないのだ。楓は心が休まらなかったが、そればかり考えていては、ずっと自分を待っていてくれた耀斎に申し訳ないと考え、騒乱が落ち着いた明治五年末、出雲の小野第一分家に嫁いだ。耀斎は長年の宿願を実らせ、楓と夫婦になれたのである。

 また、亮斎とその弟である享斎は、楓が耀斎に嫁ぐと同時に正式に宗家と京都小野家の当主となった。その中で、享斎は、

「陰陽道と事を構えてはならぬ」

という祖父栄斎の教えを日記に書き記した。それがやがて平成の世で騒乱を呼び起こすとは思いもせずに。


 そして、時は流れる。


 to be continued 「ヒメミコ伝 鬼の復活」

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ヒメミコ伝異聞譚その弐 名門の悪鬼 神村律子 @rittannbakkonn

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