拾捌(じゅうはち)の章 最終戦(急)
楓は後ろに飛び、再び草薙剣を斜に構える。
「私を愚弄したな、小娘。許さぬ」
晴信の妖気が濃くなる。楓はキリッと歯を食いしばった。
「まだ妖気に頼るか、晴信殿!? 真に我が小野宗家を滅ぼすおつもりならば、黄泉路古神道に頼る限り叶わぬ夢ですぞ!」
楓は大声で言い放った。
「ほざくな! 私をいきり立たせる魂胆であろうが、その手には乗らぬ!」
晴信は目を血走らせ、怒鳴り返す。
「策を弄しているつもりはありませぬ。黄泉路古神道は、どこまで極めようとも、姫巫女流の邪流に過ぎませぬ。邪流が本流を超えた試しはありませぬぞ」
楓は負けずに言い返した。
「なるほど。道理であるな」
晴信はニヤリとした。そして、
「だが、これは黄泉路古神道にあらず。陰陽道と黄泉路古神道の合わせ技。さすれば、本流である姫巫女流をも凌駕しようぞ!」
「く……」
楓は言葉を失った。晴信は、新たな呪術を生み出そうとしているのだ。
『陰陽道は敵にしてはならぬ。光と闇を束ねる呪術故、争えば、姫巫女流でも勝てぬ』
楓は、かつて父栄斎が兄達に説いていた事を思い出した。
『但し、今そこまでの高みに達した術者はおらぬ。これは儂の取越苦労に過ぎぬであろう』
三人の兄達があまりに深刻な顔になったため、栄斎が慌てて言い繕ったのを楓は覚えていた。
(晴信殿が、その高みに届こうとしている……)
楓の額に汗が伝った。
「楓様……」
楓の様子が変わった事に気づいた耀斎は、また心配になり始めた。
「臨兵闘者皆陣列前行!」
晴信は九字を切った。すると闇のように黒い五芒星が少し明るくなって来た夜空にボウッと浮かび上がった。
「これぞ新たなる呪術よ。死ね、小娘!」
晴信が叫ぶと同時に、漆黒の五芒星が回転しながら楓に襲いかかった。
「く!」
楓は飛び退き、五芒星を回避する。
「逃げるばかりでは私を倒す事はできぬぞ!」
晴信はニヤリとして叫んだ。楓は晴信を悔しそうに睨む。彼女の目は涙で潤んでいた。
「はあ!」
気合と共に楓は五芒星を一刀両断した。
「まだ終わってはおらぬぞ、小娘」
晴信の言葉通り、五芒星は再生してしまった。楓は唖然とした。するとその五芒星に向かって黄金色の五芒星が飛翔して来た。黄金色の五芒星は漆黒の五芒星を取り込むようにして消滅した。
「もうやめよ、晴信」
晴栄の声がした。晴信はギクッとして声が聞こえた方を見る。そこには、亮斎と晴栄が立っていた。
「晴栄様……」
凶悪だった晴信の顔が一瞬穏やかになったが、
「例え宗家のお言葉でも、私はやめませぬ」
と再び妖気を放出した。
「晴信……」
晴栄は悲しみに満ちた目で晴信を見た。
「滅びよ、小野一門!」
楓は晴信の後ろで嘲笑う建内宿禰を見た気がした。
『大儀であったぞ、土御門晴信』
建内宿禰の声が聞こえた。晴信ばかりでなく、そこにいる一同がハッとした。
「ぬあああ!」
晴信の妖気が、潮が引くように消えて行く。
『我が黄泉路古神道と陰陽道の力が合わさる。まさに我の望んだ事』
その言葉に楓がキッとした。
「させぬ!」
彼女はバッと跳躍し、晴信の後方を剣で一閃した。しかし、手応えはなかった。
『無駄よ、小娘。その妖気は晴信を通じて我に流れておる。止めたくば晴信を殺めよ』
建内宿禰の声が高笑いをする。楓はもがき苦しむ晴信を見た。
「楓様、晴信をお斬り下され。それより他に手立てはござらぬ」
晴栄が真剣な顔で楓に言った。しかし、楓は首を横に振った。
「斬りませぬ。姫巫女流の奥義、ご覧下され、晴栄様」
楓は晴信から離れ、耀斎と亮斎を見た。
「
耀斎と亮斎は顔を見合わせてから、
「はい」
と楓に答えた。晴栄は、
「よみどのおおかみ?」
と眉をひそめた。
『何をしても無駄よ、小娘。我を止める事は叶わぬ』
建内宿禰の声がした。楓は懐から榊を取り出し、
「無駄ではない。姫巫女流は闇には負けぬ!」
と言うと、地面に刺した。それに
「姫巫女流古神道奥義、黄泉戸大神!」
楓と耀斎と亮斎が柏手を二回打ち、叫んだ。すると、榊から光の筋が走り、晴信の身体を縛るように駆け上がる。
『ぬう!』
建内宿禰の声が呻いた。
『おのれ、何をした?』
妖気の流れは遮断され、晴信の苦しみは治まった。
『おのれ、小野一門め……』
やがて、建内宿禰の気配は消えた。しかし、新たな問題が起こる。
「はあ!」
晴信の力が復活し、彼は光の筋を振り払ってしまった。
「邪魔者を退けてくれて、
晴信がニヤリとする。楓達はギョッとした。
「まだ続けるのか、晴信?」
晴栄が進み出て尋ねた。晴信は高笑いをしてから晴栄を見て、
「無論。もはや私を邪魔する者はいなくなりました。妖気は失ったが、私は不老不死。あなた方に勝ち目はありませぬぞ」
「晴信……」
晴栄は悲しそうに呟いてから、キッと晴信を睨む。
「ならば、土御門宗家の当主として、お前を封じねばならぬ」
晴栄の気が爆発的に高まるのを感じ、楓は仰天した。
(さすが土御門宗家。あのお歳で、このお力とは……)
耀斎と亮斎は声を失っている。
「ほう。私を封じると仰せですか、晴栄様?」
晴信はまだ余裕の面持ちだ。
「すでに始まっておるのだ、晴信」
晴栄は無表情な顔で言った。
「何と!」
晴信の身体は、巨大な黄金色に輝く五個の五芒星で囲まれていた。
「これが宗家のお力ですか。素晴らしい。何と素晴らしいお力!」
晴信は五芒星を見渡して狂喜している。
「急急如律令!」
五芒星が、晴栄の呪文で晴信に迫る。
「ぬおお!」
晴信は笑うのを止め、抵抗を試みる。
「臨兵闘者皆陣列前行!」
しかし、何も起こらない。晴栄の張った結界が晴信の術を封じているのだ。
「晴栄様、私は宗家のためにと事を起こしたのです。それなのにこの仕打ち、悔しゅうございます!」
晴信が叫ぶ。しかし、晴栄は術を止めない。それでも晴信は五芒星を押し留めようと手を伸ばす。だが、それは虚しい抵抗だった。彼は封じられる瞬間、幼い頃の楓を回想した。
「楓ェッ!」
やがて晴信は五芒星に押し潰されるように消えてしまった。晴信の立っていた所は、五芒星の形に地面が抉られていた。楓には、晴信が何故自分の名を呼んだのかわからなかった。
「ここに社を建て、封印を施して下され。晴信を封じましたが、私の力だけでは心もとないので」
晴栄は疲れ切った表情で楓を見た。
「はい」
楓は大きく頷いた。
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