第2話

 僕の妻は吸血鬼である。吸血鬼ながら、平日はキリスト教系の幼稚園で保母をやぅている。少子化の昨今、唯一取れた内定がそこだったらしい。とはいえ結構楽しそうにやっている様だ。最近はロザリオのアクセサリーを夫婦で買った。

 そんな妻だが、一応は吸血鬼である。三日に一度の頻度で、旦那である僕の血を吸う。今夜も寝る前に〝かぷっ〟とやられた。


「あっ、ヤバっ! ダンナ君! ちょっとこれヤバイって!」

「君、人様の肩に噛みついておいて、その発言は失礼なんじゃないか」


 噛み付いて血を吸う。という行為の是非はひとまずおいておき、とりあえず注意した。


「だって、意外に合うよコレ。新発見だよー」

「そんなにお気に召したのかい」

「召しちゃったよ。ダンナ君の血に、七味唐辛子は実に合うね! 玄人好みの味って感じ!」

「そうかい。あえて言わせてもらうけど、まったく嬉しくないな」

「えー」

「そろそろ、血を吸う際に味付けをするのはやめたまえ」


 褒めたのになんで、という顔をされても困る。とはいえ、現状の発端となった〝血を吸う際に醤油をかけてみた〟を許容した僕にも責任はある。


「――あっ、割とイケるかも」


 醤油味の血を啜りつつ、ぽつりと放った時に、強く戒めておくべきだった。

 あれから三日後、僕の血を吸いながら「やっぱりダンナ君の血が一番美味しいよー」と言った時もそうだ。かつお昆布ダシの粉末を舐めていた時に止めておくべきだったのだ。


「まぁ、これで夫婦間の仲が保たれるなら……」


 そんな風に、安易な方向へと流れてしまったのがいけない。反省している。


「次はねー、抹茶の粉末と、生クリームを添えて、ぷちラテ風を目指そうと思ってるんだよー」

「夫の首筋をなんだと思っているのかね、けしからん」

「確かに、ちょっとアブノーマルではあるよね」

「吸血行為自体がアブノーマルなんだよ。もはや君のやろうとしている事は、クレイジーだ」


 怒っておく。行為が進行すると、いつか首筋にパフェなんかが出来かねない。想像して思った。なにそれ怖い。


「でもダンナ君、私に血を吸われるの、好きでしょ?」

「夫を変態みたいに言わないでくれ」

「でもでも、私が血の味にちょっと飽きたって言ったら、すごく悲しそうな顔したよね?」

「……そんなはず、ないだろう」

「間があったね」


 目をそらす。愉快そうな眼差しが追いかけてくる。


「ククク。下賎なる卑しき人間のオスよ。観念して、高貴なる妻の吸血グルメの虜になるが良い」

「吸血グルメで浮かぶ発想が、醤油だの、焼肉のタレだの、おろしポン酢だのの庶民派に言われても困るな」

「なによー、だったらダンナ君以外の男の血ぃ、吸っちゃうぞー。フカヒレとか、キャビアとか、トリュフとか乗せちゃう!」

「…………」


 また、不意に言葉につまってしまう。とりあえず、


「僕で我慢しておきなさい」


 それだけを、口にした。

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