吸血鬼の妻が、僕の首に醤油をぬってくる件について。
秋雨あきら
第1話
僕の妻は吸血鬼である。彼女は今年、大学を卒業して教育免許を取り、キリスト教系の幼稚園で働いている。
べつに日光を浴びても灰にはならないし、最近は「十字架もオシャレでいいね」とか言う。焼肉屋に入れば鉄板の上で焼かれるものは大体食うし、たまにラーメン屋に入れば「トンコツラーメンニンニクマシマシで」という呪文を唱える。
現代の日本はひとまず平和と呼べる環境にあり、夫婦ケンカが世紀末を迎えない限り、銀の弾丸が昼間から飛び交うこともないだろう。
――妻よ。君は本当に吸血鬼なのか?
最近冗談で「そっくりさんじゃないのかね」と聞いたら、すねて三日間、口をきいてもらえなかった。一応、吸血鬼だというプライドはあるらしい。面倒な。
ともかく、吸血鬼というからには血を吸う。頻度は三日に一度といったところで、出会った頃から吸われていた。僕としては「献血みたいなものかな」ぐらいに捉えていて、結婚後も吸血行動をとがめた事はなかったのだが、
「ねぇ、ダンナ君、首んとこに醤油かけていい?」
さすがに「待った」をかけた。
「ちょっと何を言っているか分からないだが」
「いやー、なんか最近さぁ、ダンナ君の血に、ちょっと飽きてきちゃって」
夜中、自宅で焼きギョーザを食いながら妻が言った。すぐ側には空になったビールも置いてあり、てっきり酔っているのだと思ったが、違った。
「ねー、一回でいいから。試しに醤油かけさせてよ。ワサビやカラシよりはいいでしょ?」
「そういう問題じゃないだろう。だいたい吸血行為に、一味加えたがる吸血鬼なんて聞いたことがない」
「わらわこそが始祖ぞ。吸血行為に醤油を加えた者として、グルメ界に名を刻み」
「やっぱり酔ってるな」
「酔ってないしー、素面だしー。ダンナ君、血ぃ吸わせろぉー」
「歯を磨いてからな」
「うるさーい、今すぐ私の贄となれー」
妻が席を立ちあがり、回り込んでくる。シャツの首元に触れて、首筋を狙う。白くほっそりとした手には、魚の形をした醤油さしを握っていた。
「いただきまーす」
かぷり。薄く皮膚を貫かれたその先には、いつもと違って、そっとべつの液体を垂らされる感触があった。
「――あっ、割とイケるかも」
その日から、妻の悪癖が始まってしまった。
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